朝から朝までやりたいことだけやって生きる
以前『NHKスペシャル』でサカナクションの山口一郎さんがうつ病を抱えながら音楽活動を続けているのを見て、色々と心を揺さぶられた。
この年末にはそのドキュメンタリーに、あのすばらしい新曲『怪獣』に関する話が追加されたということで、あらためてはじめから見た。
そして、やっぱり同じところで引っかかるものがあった。
それは、うつ病と診断された山口さんが、自分の現状についての語っている言葉で、正確ではないけれどこんな感じのことだ。
ぼくにとって音楽は趣味…おおげさに言うと人生…
でも今はバンドの他のメンバーには家庭があって、生活があって…
だけど自分は今も変わらず音楽のことばかり考えている…
朝から朝まで…
本当に、ぼくには音楽しかないんですよ…
その時にぼくが感じたモヤモヤは、共感というより、嫉妬だった。
ぼくは若い頃、コピーライターを目指していて、何年もかけてようやくコピーを書く仕事にありついたのに、色んな理由で制作の仕事から離れていき、今はまったく関係のないことをやっている。
ずっとコピーを書き続けられたらそれでいいのに、と思っていた。
いや、もっと言えば、コピーでなくてもいい。
山口さんと同じように、朝から朝まで仕事のことばかり考えていられたらいいのに、と今でもふと思う。
ないものねだりだということは十分すぎるほどわかっている。
そんな徹底した生き方を貫いてきたからこそ、山口さんはうつ病と付き合わざるを得なくなったのである。
だけど、やっぱりうらやましい。
朝から朝まで、好きなことだけをやる人生…。
ぼくが見てきた「朝から朝までやりたいことをやる」人たち
ただまあ、ぼくが見てきた、本当に「好きなことだけをやる人生」を送っている人たちの生き方というのは、とてもマネできないなと思うものばかりだ。
ぼくの制作の師匠は、違うと思うことならクライアントからの要請があっても決して首を縦には振らない人だった。
ぼくは直接見たことはないが、ある制作現場でクライアントの態度を本気で叱ったこともあるらしい(色々な事情があったようだが)。
仕上げについてもなかなかウンと言わない。
周りはクライアントも含めて全員OKだと思っていても、何度も見直して、いや、ちょっと違うな…と首をかしげている。
そして、平気で何段階も戻ってやり直しはじめる。
しかしそんな彼のことをみんな信頼しているので、早く帰りたいのを我慢してまた何時間も付き合うのである。
師匠以外でも、そうだ。
ぼくがまだマーケティング部門にいた頃に、他社のクリエイティブチームと仕事をする機会があったのだが、彼らは本当に朝から朝まで企画会議を続けていた。
それでも最終企画が決まらない。
ぼくらは今か今かと待ち続けていたが、プレゼンテーション当日の朝になっても連絡が来ない。
出発時間になってもまだ現れないので、ぼくらのチームが先にプレゼンテーションの会場に出かけ、ぼくはしかたなく担当している部分について話しはじめる。
営業の先輩が隣で、あと5分引き延ばせ、とか、やっぱりあと10分、とかそっとメモを見せてくる。
この現状で、入社2年目のぼくが、たいした厚みもない企画書を10分も引き延ばすだって?もう半分以上読み上げてしまったというのに?と激しく動揺しながらも、ぼくは、ええと…このデータにご注目ください、興味深いのはこの点でして…などと道をそれた話をしはじめる。
クリエイティブチームはまだ来ない。
ダメだ、もうどれだけ頑張っても残りは1ページしかない。
「…以上を持ちまして…マーケティング戦略に関するお話を…終え…ます…」
ぼくがそう言い終えて、すべてをあきらめて顔を上げたら、クライアントの責任者と目が合った。
「…どうしましょうね」
その人は困ったような、しかしちょっと楽しんでいるような表情でそう言った。
後ろには十数名のクライアント社員が座っていて、みんなじっと黙っている。
営業の先輩が、すみません…あと少しで到着すると連絡が来てはいるのですが…と答えると、責任者は笑って、じゃあ、もうちょっとだけ待ちましょうか、と言った。
そこから待つこと数分、ようやくクリエイティブディレクターが姿を現して、謝りながらプレゼンテーションをはじめた。
それはとても良いプレゼンだったけど、さすがにこれじゃあ勝てないだろうなと思った。
そもそも有利な条件を持つ競合相手がいて、勝てる見込みの薄い案件だった。
おまけに大遅刻してではさすがにダメだろう…とみんなが思っていたら、なんとこの仕事はぼくらのチームに決定した。
まあ色々な事情はあったようだが、当日ギリギリまで企画を修正していて大遅刻の末のプレゼンテーションで仕事を獲得したことにちがいはない。
朝から朝まで企画をし続けた結果ではある。
ぼくは「朝から朝まで悩み続けている」人になってしまった
昔話になってしまった。
今はそんな大仰なプレゼンテーションの場なんてほとんどなくなったし、そもそも朝から朝まで業務をしてはいけなくなって久しい。
それでも、やろうと思えば一日中、その仕事についてずっと考え続けることはできたはずだ。
しかし、ぼくは仕事と子育ての両立に苦戦しているうちに、そして色々な部門を転々としているうちに、そんなことはすっかり忘れてしまって、その代わりに「オレはこんなことをするためだけに生きているんだっけ」というモヤモヤとした時間ばかりをすごすようになってしまった。
なので、山口さんが朝から朝まで音楽について考えている、と言っているのを聞いて、うらやましいな、と思ってしまったのだ。
コピーのことについてずっと考え続けている人生、企画についてずっと悩み続けている人生、あるいは他の何かひとつのことについて集中して、生活しているあいだじゅうずっとそれがそばにある人生。
さて、ぼくはこのモヤモヤについて、30代後半の頃、一度結論づけたことがある。
要は、何かについて朝から朝まで考え続ける人生はもちろん素敵だが、妻がいて、子どもがいて、会社の仕事があって、こんなどうでもいいことについてモヤモヤと悩んでいられる人生というのも十分に幸せな人生なのだということである。
ある人から、そう言われたのである。
そして、そんなモヤモヤしている時間があったら、少しでも納得できる人生のために、手を動かして、夢中になれることを自分でつくっていったらいいじゃないか、と結論づけたわけである。
それから10年近く経った。
10年のあいだに、夢中になれることをつくることができたか?と言われると、半分はイエスで半分はノーだ。
イエスだと言えるのは、こうやってモヤモヤと考えること自体に対して、会社の仕事として堂々と向き合えるようになったこと。
同じようにモヤモヤを抱えながら働く人のキャリア支援や、地域で暮らす人々の幸福度向上支援といった取り組みをはじめたから。
ノーだと思うのは、とはいえ会社員なので会社の都合であっちこっちに振り回されている時間が多かったなということ。
あるいは家庭と仕事の両立について苦労し続けてきたなということ。
そして、今でもモヤモヤする時間自体はそこまで減っていないと感じるから。
…書いていて気づいたけど、結局、これまでのぼくの人生を振り返ってみて、ぼくは一体どういう人間になったのかといえば、コピーライターでもなく、コンサルタントでもなく、事業開発者でもなく、いわば「ずっとモヤモヤし続けている人」になったのだと思う。
なんなら、最近は終わりのない「問い続ける」修行をはじめたため、余計にそうなってしまっている気がする。
そして、他の誰でもない、ぼくがその道を選んでいるのである。
そういえば最近、ある人と話していて、ぼくが自分の話をしていたら「あんまり悩み続けるのはよくないですよ。ほんと、やめたほうがいい」と心配されたので、ぼくは笑ってこう答えたのである。
「大丈夫です、悩み続けるのは、ぼくの趣味なんですよ。ぼくね、プロの悩みストなんです」
そう言ったら、その人は大笑いして、あ、プロならしかたないですよね、プロなんですね、と納得してくれた。
ぼくも自分でそう言ってから、そうか、オレは悩むことのプロなのかもしれない、と気づいたのである。
「悩みスト」の3か条
さて、「悩むプロ」、あるいは「悩みスト」とはどんな職業なのか。
まずは自分の人生自体についてずっと悩み続けていなければいけない。
本当にこんな生き方をしていていいのだろうか、他にもっとマシな選択肢があるのではないだろうか、あるいはわき目もふらずにこの道をまっすぐ行くべきなのではないだろうか。
そんな感じでモヤモヤと悩み続けていることが重要である。
何かスッキリとするような結論が出た場合は怪しんだほうがよろしい。
そんなことでは一生悩み続けることができない。
プロたる者、簡単にスッキリしてはいけないのである。
次に、他人に対して悩みをオープンにすることが肝要である。
ぼくは、よくある「なんだかエラそうな人や立場が上の人に、下々が相談する場」というのがとっても苦手である。
ただでも自分のほうが立場が弱いのに、そのうえ何かを相談しないといけない。
もう、何か偉そうなことを言われて、けちょんけちょんにされて、しょんぼりして帰っていく姿しか想像できない。
自分の弱みは何も見せずに、さあ悩みを話してごらんなさいと言われて、はいそうですかと本当の悩みを差し出すほどぼくらは優しい世界には暮らしていない。
お互いに、いやあもうねえ、いやんなっちゃいますよねえ…と悩みを見せあいっこしてはじめて相談というのは始まるのである。
「悩みスト」たるもの、自分からどんどん悩みを見てもらって、面白がってもらわなければいけない。
もちろん、バカにされることなど恐れてはいけない。
そして三つめ。
ここが最も重要なポイントである。
「悩みスト」はあくまでプロ、職業的な存在なのである。
それを忘れてはいけない。
本来のぼくは非常にいいかげんで、だらしなくて、自分が関心のないことについては驚くほど鈍感である(だからこそ、ちゃんとできなくて悩むのであるが)。
何もかもが不安で眠れない、ということも最近はほとんどない。
それは、ぼくが普段から「悩みスト」として、周りに自分の悩みについてばかり話したり、書いたりしているからだと思う。
色んな人たちに対して、自分の悩みをオープンにして、たくさん聞いてもらっているので、その時点でわりとスッキリしているのである。
ぼくにとって「悩むこと」は、本当にやりたいことではない。
もっとダラダラと毎日をすごし、楽しいことだけやって、面倒なことから逃げまわって、自堕落な日々を送りたいのである。
だけどそれでは食べていけないし、周りも許してくれない。
なのでしかたなく、ちゃんとした人間を演じようとしている。
そう、いつも人生に悩み、本当にこれでいいのかと逡巡し続けている人間として…。
…だって、仕事ってそんなもんじゃないですか、実際。
そんなわけで、ぼくはこれからも全力で、人生に、仕事に、家庭に、趣味に、そして世の中のなんだかよくわからないできごとたちに対して、ああでもないこうでもないと悩み続けていこうと思うのである。
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(2026/2/9更新)
【著者プロフィール】
著者:いぬじん
プロフィールを書こうとして手が止まった。
元コピーライター、関西在住、サラリーマンをしながら、法人の運営や経営者の顧問をしたり…などと書こうと思ったのだが、そういうことにとらわれずに自由に生きるというのが、今ぼくが一番大事にしたいことなのかもしれない。
だけど「自由人」とか書くと、かなり違うような気もして。
プロフィールって、むずかしい。
ブログ:犬だって言いたいことがあるのだ。
Photo by:Matthew Osborn










