ぼくもPCも壊れました
とりあえずめちゃくちゃ暑い。
外出するだけで、ものすごく疲れるので、やらなければいけないことが手につかない。
それどころか、やりたいこともやる気になれない。ついでに家庭もごたごたしていて、それに対応するだけでどっと疲れる。
なので、会議とか、急ぎの作業とか、最低限の家事とかだけやって、あとはひたすらダラダラしている。
普通に調子が悪い。
こういうことは時々あるので、また時間が経てば回復するだろうと思っていた。
ところが、悪いことは続くもので、ずっと痛いのを我慢していた左ひじが本格的に痛くなってきて、重い物を左手で持つのが辛くなってきた。
PCのキーボードを打つのも辛くて、そのせいで余計に仕事をする気になれないし、ちょっとした文章を書くのも面倒になってきた。
ぼくの場合、何か文章を書いていないと色んなリズムが崩れてくる。
案の定、それで余計に調子が狂ってしまって、土日もほとんど寝て過ごしていた。
翌週、それでも仕事はしなければいけないので、しかたなくPCを触っていたら、急にフリーズしてしまい、いくら再起動させても数分でまた固まってしまう。
どうやらPCも限界のようだ。
ああ、もうダメだ。
同時に、どこかでほっとしている自分もいた。
やる気もない、体も痛い、PCも動かない。もう、どうにもならない。
つまり、どうにかしようとしなくていい。
そういう変な解放感があった。
「AIひじ」を罹患しました
さて、動かなくなったPCを机の隅に安置させて、しばらくぼーっとする。
そもそもPCがないと何もできないというのも変な話だ。
以前は、PCは作業のための道具だった。企画書を書いたり、調査データを分析したり、コピーを書いたりするための道具。
今は、そういった作業の一部はAIがやってくれるようになってきた。
なのに、ぼくはこれまでよりももっと長い時間、PCの前にいる気がする。
オンライン会議、色んな人たちからのチャットへの反応、メールへの返信、そしてAIへの指示。
そんなバカなと思われるかもしれないけど、左ひじに痛みを感じるようになったのは半年前で、それはAIとたくさん話していた時期からしばらく経った頃である。
ぼくはAIと話すときだけでなく、文章を書く時に、かなりたくさんの改行をする。
ブログや寄稿では一文ごとに改行している。
AIと話すときもそのクセで改行をしまくっているのだが、そのたびに「Shift+Enter」を押さないといけない。
この2つのキーは左右、一番遠い距離にあり、Shiftは左手の小指、Enterは右手の小指を使う。
常に両方の小指に変な力が加わり続けている。
左ひじを痛めたのは、これのせいなんじゃないのかと思ったりする。
ちなみに、あまりに痛いので、医師をしている友人にすすめてもらったクリニックに行ったところ、いわゆる「テニスひじ」という症状だと診断された。
手首をそらす筋肉を使いすぎていると起きやすいらしい。
今後は「AIひじ」と呼ばれるようになるのではないだろうか。
今さら音声入力に目覚めはじめました。
さて、「AIひじ」に二ヵ所の注射を打っていただき、専用のサポーターもつけたら、いよいよ何もする気が起きなくなった。
ひたすらゴロゴロしている。
ゴロゴロしているあいだにもスマホにメールやらチャットやらは飛んでくる。
しかたなくスマホを手に取ってごちゃごちゃと返事を書いていて、ふと気づく。
スマホに文字を入力するのは右手だが、その間、スマホが動かないようにと、左手でガッチリと握りしめているのである。
なんなら左手のほうが余分に仕事をしている。
「AIひじ」であり「スマホひじ」でもあったわけだ。
そう思うとスマホを触るのもイヤになってきた。
そこでちょっと思いついて、音声入力をしてみた。
これがかなりいい。
以前から、妻がよくやっているのを見ているのでそんなに抵抗はない。
漢字を間違えたり、多少の聞き間違えはあるが、チャットのやりとりで困るほどのミスでもない。
どうしても気になるところだけは自分で直せばいい。
面白くなってきて、noteに投稿する文章の下書きも音声入力だけでやってみた。
ところどころ修正が必要だったが、それを加味しても、普段より短い時間で書き終えることができた。
楽しくなってきた。
ただ、入力しているあいだじゅう、ずっとしゃべっているので、一人の時しかやりにくい、というのが弱点だ。
あと、これは音声入力したものを修正しているときに気づいたことだが、ぼくは普段、文章を書きながら、常に細かく書き直しをしている。
あ、この単語の順番は逆だなとか、ここで読点を打ったほうが読みやすいなとか、ここにもう一度主語を入れたほうが理解しやすいなとか、そういう細かい修正である。
その修正の中には、もちろん必要なものもたくさんあると思うけれど、実は自分だけのこだわりにすぎなくて、読む人にとっては大して問題のないものも多い気がしてきた。
世の中には、この手のことが多い気がする。
自分はああでもないこうでもないと細かくこだわっているのだけれども、そんなことにこだわっているヒマがあったら少しでもたくさん数をこなして上手くなった方が手っ取り早い、ということ。
そろそろ50歳になる。
変なこだわりを手放してみる、いい機会な気がしている。
色々と手放していきたい
それじゃ他に「手放してもよさそうな変なこだわり」って、なんだろうか。
ひとつは、そもそもPCなりなんなりで「作業をしなければ」という思いこみかもしれない。
誰でもできる作業ならAIにやってもらうこともできる。
それ以上に、「自分にしかできない作業がある」と思いこんでいるところから、手放してみてもいいかもしれない。
冷静に考えれば、50歳の人間にしかできない作業なんて、たぶんほとんどない。
熟練の技術を持っている職人なら違うかもしれないが、残念ながらぼくにはそんな専門技術はない。
だったら、さっさとあきらめたほうがいいのかもしれない。
実際にそうしてみて、どうしても困るようなら元に戻せばいいだけの話だ。
もうひとつは、「未来に対して過剰に期待すること」かもしれない。
もう50歳である。
これから先、できることは減っていく一方だ。
ここから飛躍的に成長したり、収入が増えたりする見込みはかなり低い。
40代では、それでも未来に期待して、がむしゃらに進んでいった。
それはそれで楽しかったし、得たものもたくさんある。
だからこそ、10年近くの時間をかけてみて、そうか、これぐらいのことができるようになるんだ、とか、逆にこういうことができなくなるんだ、とかいうことが見えてきた。
そこで思うのは、これ以上「未来に向けて今を犠牲にする」という生き方をしたところで、あまりいいことがなさそうだ、ということだ。
「未来に向けてがんばる」というのは、なんというか、標語のようなものだ。
なんとなくそういう共通認識があったほうがお互いに意見もまとまるし、そんなものかなと自分自身も納得する。
でも実際に40代を振り返ってみると、そういうがんばり方をしてみてよかったな、という感覚はほとんどない。
むしろ、もっと一瞬一瞬を楽しんだほうがよかったな、と感じる。
コロナ禍の頃、子どもたちと一緒に自宅での時間割を作ってすごしたのは楽しかったな、ということ。
外出できるようになってからは、とにかく色んなところに出張したな、ということ。
あるいは、新たに知り合った人、一緒に何かをやる人が増えたなということ。
そして、あらためて文章を書く楽しさを思い出したということ。
まあ、どれもスキルアップとも年収アップとも何の関係もないことだ。
だけどそういうことが自分にとっては大切なことなのだろう。
だからこそ、それ以外の「過剰な期待」をさっさと手放してしまいたいなと感じている。
あとは、それとちょっと似ているけど、「過剰に不安に思うこと」というのも手放せたらなあとも思う。
40代は、わりと「このプロジェクトがうまくいかなかったらどうしよう」とか「子どもの中学受験がうまくいかなかったらどうしよう」とか「収入が増えなかったらどうしよう」とか、色々と不安を抱え続けていたように思う。
で、その結果、うまくいかなったプロジェクトもあるし、中学受験もまあ微妙な結果だし、収入はむしろ減っている。
だから何だというのだ。
まだ生きている。
そして、こうやって書きたい文章を書いている。
そう考えると、あれこれずっと不安に思ってきた時間が無駄だとは言わないが、そんな暇があるなら、もっとやりたいことをどんどんやったほうがよかったのではないかと感じる。
おまけに、どうせぼくの仕事なんて、なくても誰も困るようなものではない。
もっとたくさん遊んで、楽しんで、どんどんアイデアの引き出しを増やしていけばよかったと思う。
そんなわけで、これからは積極的に「過剰な不安」を手放していきたいなと思っている。
…とまあ、手放すことについてばかり書いたが、これは決して「やることを減らす」という意味ではない。
むしろ、もっと積極的に色んなものを手放すためにどんどん新しいことを試していきたい。
そういえば、AIと話すときに、いちいち「Shift+Enter」を押して改行しなければいけない、という問題について。
ちょっと調べたらGoogle Chromeの拡張機能で、Enterだけで改行できるようにするものがあった。
あるいは、そもそもEnterキーの真下にもShiftキーがあることにも気づいたので、それを右手で同時に押すという解決方法もありそうだ。
知っている人が聞けば、しょうもな、ということだが、まあそうやって「いまここ」を快適にするための工夫は色々とやっていきたい。
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(2026/8/17更新)
【著者プロフィール】
著者:いぬじん
ブロガー/エッセイスト。
広告会社でコピーライターの仕事をしていたが、態度が悪すぎて左遷されたのをきっかけに、2012年からブログを書きはじめる。人生についてあれこれ悩み続けるのが趣味。WEBメディアや書籍への寄稿も行っている。その後も、態度は特に良くなっていない。
ブログ:犬だって言いたいことがあるのだ。
Photo by:Sasun Bughdaryan






