「上司が間違っていると思ったら、僕は絶対に言うことは聞きません。生意気かもしれませんが、反論するか、無視しますね。」

 

とその友人は言った。

彼は六本木ヒルズに入っているIT企業の若手営業社員。人当たりも良く、地頭も良い。営業としてはお客さんに好かれ、成果もきっちり出すタイプだ。

とはいえ、転職してまだ1年経っていない。私はなぜ彼がそんなに強気で上司に立ち向かえるのか不思議に思った。

 

「だってロジックが間違ってますもん。言ってることが破綻してる。」

彼は引き続きかなり強い語気で、そう言い放った。

 

確かに、上司は理不尽な振る舞いをする生き物だ。言動と行動が矛盾していたり、この前発言していた内容と、今日言っていることが180度違うなんてことはしょっちゅうある。

ただそんな理不尽な出来事が起きても、たいてい本人の前ではグッとこらえて、アフターファイブに酒の勢いを借りて居酒屋で愚痴るのが常識だと思っていた。せいぜい反論チックな抵抗はできても、結局は上司の意見に従うのが会社員だと。

 

「よくそんなこと出来るね。」

私は羨ましいと思った。権力に屈せず言いたいことをハッキリ言えることへの羨ましさというより、何か信念を持っていることへの羨ましさだ。

自分も結構物事をズケズケと言う方だけど、権力云々の前に、苦手な人に対しては自分の言い分を飲み込んでしまうところがある。でもその行いがプロフェッショナルじゃないことはわかっている。

 

自分の感情を挟まず議論ができる彼は、きっと何かの信念のもとにそのような行動に出ているにちがいない。何が彼をそこまで駆り立てるんだろう…。そんなことをグルグルと考えていると、私の思惑を察したのか、友人はこんなことを口走った。

 

「戦術の失敗は戦略でカバーできても、戦略の失敗は戦術でカバーできないですからね。」

 

「戦術の失敗は戦略でカバーできても、戦略の失敗は戦術でカバーできない…。」

私は彼の言わんとすることを理解しようと、そのフレーズを声に出して繰り返した。

 

要はこういうことだ。

戦術については絶対に現場の私たちの方がよくわかっている。というより、わかっていなきゃいけない。

お客さんの声を直接聞いて見ているのは現場の自分たち。商品を紹介した時は「これいいですね」と嬉しそうに言っていた担当者が、クロージングをかけた瞬間に一瞬表情が曇った。そうした細かいニュアンスは、いくら文字で報告しても、その場にいない人にはわからない。

だから、営業の細かいやり方-例えば商談での話し方やアフターフォローの仕方-などの「戦術」は、私たち現場の人間が日々改善していかなければならない。

 

一方でどの市場でどう戦うのか「戦略」を決めるのは、経営層の仕事。どんなに営業のやり方を改善しても、商品自体のライフサイクルが終わっていれば事業はうまくいかない。一流の営業パーソンでも、この時代にガラパコス携帯を売るのは難しい。

 

友人の口走る「戦術の失敗は戦略でカバーできても、戦略の失敗は戦術でカバーできない」とは、そんなようなことを言いたかったんだと思う。

 

では自分たちの戦略は正しいのか、間違っているのか。どうやって判断すればいいのだろう。

その判断材料の一つが現場の声だ。

 

でもここで、現場と上司(というより事業責任者)の間に衝突が起きる。

上司は基本的に自分の商品を信じているし、売れると思っている。だから、現場の「簡単には売れませんよ」と言う悪い情報は嬉々として受け入れたがらない。

「そんなことはない!俺の時代は飛ぶように売れたんだ!」と檄を飛ばして営業のやり方改善に励む。必死にガラパゴス携帯の売り方を部下に押し付けているとは気付かずに…。

 

真正面から現場の声を届けても、商品やビジネスモデルの改善には繋がらない。

友人はそんなことは百も承知で、それでも現場の声を届け続けなければいけないと信じている。会社が間違った方向に進まないために、上司と激論を交わしているのだ。

 

「こんな部下、嫌ですよね。俺がもし上司だったら、ムカついて仕方ない。でも、僕しか言う人いないんですよ。他の人は何も言わずに、みんな1年持たずに辞めちゃいました。」

 

私はこの話を聞いて「事件は会議室で起きているんじゃない。現場で起きているんだ!」という、ある映画の有名なセリフを思い出した。きっと多くの人が現場の意見をもっと聞いて欲しいと思っている。でも、なかなか言えない、届かない。

彼のように、そしてあの映画の主人公のように、信念を持って現場の声を伝えていったほうがかっこいいな。そんなことを考えさせられる出来事だった。

 

【お知らせ】
ティネクト(Books&Apps運営会社)提供オンラインラジオ第6回目のお知らせ。


<本音オンラインラジオ MASSYS’S BAR>

第6回 地方創生×事業再生

再生現場のリアルから見えた、“経営企画”の本質とは

【日時】 2025年7月30日(水曜日)19:00–21:00
【ご視聴方法】
ティネクト本音オンラインラジオ会員登録ページよりご登録ください。ご登録後に視聴リンクをお送りいたします。
当日はzoomによる動画視聴もしくは音声のみでも楽しめる内容となっております。

【今回のトーク概要】
  • 0. オープニング(5分)
    自己紹介とテーマ提示:「地方創生 × 事業再生」=「実行できる経営企画」
  • 1. 事業再生の現場から(20分)
    保育事業再生のリアル/行政交渉/人材難/資金繰り/制度整備の具体例
  • 2. 地方創生と事業再生(10分)
    再生支援は地方創生の基礎。経営の“仕組み”の欠如が疲弊を生む
  • 3. 一般論としての「経営企画」とは(5分)
    経営戦略・KPI設計・IRなど中小企業とのギャップを解説
  • 4. 中小企業における経営企画の翻訳(10分)
    「当たり前を実行可能な形に翻訳する」方法論
  • 5. 経営企画の三原則(5分)
    数字を見える化/仕組みで回す/翻訳して実行する
  • 6. まとめ(5分)
    経営企画は中小企業の“未来をつくる技術”

【ゲスト】
鍵政 達也(かぎまさ たつや)氏
ExePro Partner代表 経営コンサルタント
兵庫県神戸市出身。慶應義塾大学経済学部卒業。3児の父。
高校三年生まで「理系」として過ごすも、自身の理系としての将来に魅力を感じなくなり、好きだった数学で受験が可能な経済学部に進学。大学生活では飲食業のアルバイトで「商売」の面白さに気付き調理師免許を取得するまでのめり込む。
卒業後、株式会社船井総合研究所にて中小企業の経営コンサルティング業務(メインクライアントは飲食業、保育サービス業など)に従事。日本全国への出張や上海子会社でのプロジェクトマネジメントなど1年で休みが数日という日々を過ごす。
株式会社日本総合研究所(三井住友FG)に転職し、スタートアップ支援、新規事業開発支援、業務改革支援、ビジネスデューデリジェンスなどの中堅~大企業向けコンサルティング業務に従事。
その後、事業承継・再生案件において保育所運営会社の代表取締役に就任し、事業再生を行う。賞与未払いの倒産寸前の状況から4年で売上2倍・黒字化を達成。
現在は、再建企業の取締役として経営企画業務を担当する傍ら、経営コンサルタント×経営者の経験を活かして、経営の「見える化」と「やるべきごとの言語化」と実行の伴走支援を行うコンサルタントとして活動している。

【パーソナリティ】
倉増 京平(くらまし きょうへい)
ティネクト株式会社 取締役 / 株式会社ライフ&ワーク 代表取締役 / 一般社団法人インディペンデント・プロデューサーズ・ギルド 代表理事
顧客企業のデジタル領域におけるマーケティングサポートを長く手掛ける。新たなビジネスモデルの創出と事業展開に注力し、コンテンツマーケティングの分野で深い知見と経験を積む。
コロナ以降、地方企業のマーケティング支援を数多く手掛け、デジタル・トランスフォーメーションを促進する役割を果たす。2023年以降、生成AIをマーケティングの現場で実践的に活用する機会を増やし、AIとマーケティングの融合による新たな価値創造に挑戦している。
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(2025/7/14更新)

 

−筆者−

大島里絵(Rie Oshima):経営コンサルティング会社へ新卒で入社。その後シンガポールに渡星し、現地で採用業務に携わる。日本人の海外就職斡旋や、アジアの若者の日本就職支援に携わったのち独立。現在はフリーランスとして活動しながら、Books&Appsの編集にも携わる。

筆者Facebookアカウント http://www.facebook.com/rie.oshima.520

個人ブログ:U to GO