人間関係は「コミュニケーション力」によって良好な関係が保たれる、と思う方がいるかもしれない。たしかにそういった面もある。
人につかう言葉を選んだり、傾聴したり、コミュニケーションを良好に保つために語られることは数多い。
しかし、大人にとって、長く人間関係を良好に保つための本質は、「コミュニケーション力」なのかと言えば、実際はそうとも言い切れない。
コミュニケーション力を鍛えれば人間関係が良くなる、は幻想であり、むしろ場合によっては「上っ面は良いけど、あの人は腹の中が読めないよね」であったり、「あの人とは上辺だけの付き合いだよね」と言われたりする。

 

真のコミュニケーションと、上辺のコミュニケーション、何が異なるのだろうか。
一昔前、私はあるシステム開発の会社にお邪魔したことがある。その会社はひとことで言うと「人間関係が良好」であった。何がそう思わせたのかといえば、その議論の様子だ。
彼らの会議は常に本音で物事が語られる。なぜかといえば、その会社では「本音で語ることが義務」とされているからだ。
「上辺だけ取り繕っても、時間の無駄ですから」と経営者は言う。
経営者の言うとおり、彼らの会議は短い。一般社員であっても上司、時に経営者にまで遠慮のない物言いがなされる。当然、少数ではあるが感情的になる方も中にはいるのだが、会議が終わると皆ケロっとして、一緒に昼食を採りに行く。
「激しくやりあっているように見えたのですが、皆さん良い関係なのですね」と経営者に言うと、
「安達さん、ちがいますよ。関係が良いから、激しくケンカできるんです。」とその経営者は返した。
「上辺だけの関係であったら、決して本気で語ることはできません。そのまま決別してしまいますよ。」
確かに一理ある。私はその経営者に尋ねた。
「このようにきちんと議論できる人間関係をどのように作るのですか?やはり皆さん、コミュニケーション力が高い方ばかりを採用しているのでしょうか?」
その経営者は即答した。
「コミュニケーション力が高い人が好まれる、というのは恐らく最近の悪しき風潮でしょう。私はそれとは反対の立場を取ります。」
私は予想外の返答に驚いた。経営者は続ける。
「単純です。敬意をベースに人間関係ができていれば、配慮のある使うべき言葉は自然と生まれます。上辺だけのコミュニケーション力をベースとした人間関係は逆です。一言一言は軽く表面的であり、そこに真の連帯はありません。いわば、学生の時の「面白い人が人気がある」という程度のものでしょう。」
「敬意、ですか?」
「そうです。良好な人間関係を保つためにもっとも重要なのは、敬意です。むしろ、真のコミュニケーション力の源泉は、「敬意」と言ってよいでしょう。これなくして、いかなるコミュニケーションも本質を伴わず、疲れるだけの空虚なものとなります。」
「なるほど…」
「夫婦でも、友人関係でも、長く続く人間関係は「敬意」をベースに成り立ちます。そして、私達の会社の経営も同様に敬意をベースにしています。上辺のコミュニケーション力ではありません。
必要なのは、その人に何かしらの強みを見ることができるか、目の前の誰かを敬うということを、自然とできるかです。
私たちは「どのような振る舞いをする人物に敬意を持ちますか?」という質問を必ず面接で応募者に聞きます。
その理由を聞き、採用の可否を決めることも多いです。人に対して敬意を持てない人物は、要するに未熟なのですよ。」
「未熟ですか…」
「そうです。未熟な人物と議論はできない。そこにあるのは権利の要求と、認められたいという欲望だけです。また、敬意は好き嫌いとは関係がない。嫌いでも敬意があれば、対話できる。これは多様性を持ったチームを作るためには不可欠です。」
これは、私が「敬意」に関して深く考えるとても良い機会になった。
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