「慎重に検討致しました結果、誠に遺憾ではありますが、御希望に添う事が難しいとの見解に達しました。就職活動を通じてお会いできたことを大変嬉しく思うと同時に今後の御健勝をお祈り申し上げます。」

 

「またお祈りか……。」

着信したメールを見て、彼はため息をついた。今回こそはいける、と確信した面接だったが、なぜか結果はお祈りだった。最終選考で落とされるのは正直キツい。

 

このために2つほどの面接をキャンセルし、最終選考の日程を確保したがこの結果とあっては、面接キャンセルがむしろ悔やまれる。

彼は選考にまだ残っている会社の数を調べた。

1…2……あと3社か。

マズいな、もう少し受けておくべきだったかな。

第一志望、第二志望の会社からはとうの昔に祈られ、現在は友人の付き合いで受けた会社が1社、後の2社はエントリーシートを出したばかりで全く予想もつかない状況だ。

 

「就活って、難しいんだな」と彼は思う。

友人たちが50社受けた、60社受けたと言っているのを尻目に「自分は特別」と過信していたツケが回ってきているのだ。

中には1部上場の大手起業から内定を2つ、3つも貰ったという奴もいて、それを羨ましく、そして腹立たしく思う自分もいる。出口の全く見えない状況で、彼は疲れていた。

 

午後からは、友人の付き合いで受けた会社の面接だ。事前に履歴書をメールで送るように言われたが、どんな選考があるのか全く連絡を受けていない。

折り返し来たメールには、

「4月3日、14時に弊社オフィスまでお越しください」

とだけ書かれていた。

 

ホームページをチェックすると、どうやらwebマーケティングなどを仕事としているらしい。従業員の人数などは書いていない。

「まあ、とりあえず行ってみよう。」

彼は指定された住所のオフィスに向かった。

 

 

指定されたオフィスは、半蔵門の雑居ビルの一室にあった。受付に設置されている電話を取り、「採用」と書かれた番号にダイヤルする。

「はい受付です」と、女性の声。

「あの、面接に来たのですが……。」

「面接ですか?」

「はい。」

「少々お待ちください。」

 

電話から保留音がなる。こういう待たされている時間って、嫌だよな…と、彼は思う。まるで、病院に行って、診断が出るまで待っている患者のような気持ちだ。

「もしもし」保留音が途絶え、また女性の声がする。

「はい。」

「受話器を置いて、しばらくお待ち下さい。担当が迎えに行きます。」

「わかりました。」

近くのソファに腰掛けて、室内の装飾を眺める。壁にある会社のロゴに、スポットライトが当たっている。脇に花が活けてあるが、造花には見えない。なんとなく手持ち無沙汰なので、彼は携帯電話を取り出そうとした。

 

すると奥のドアが開き、PCを小脇に抱えた男性が出てきた。青いジャケットを着て、チェックのシャツを着ている。歳は40ぐらいであろうか、髪は短く整えられ、フレームの細いメガネをかけている。

「こんにちは。」

「あ、はい。」

 

思わず「はい」と言ってしまった。「こんにちは」だろう。

男性はそれを気にする素振りもなく、彼を案内した。

「じゃ、こっちの会議室で。」

「は、はい。」

奥の方にはいくつかの会議室があり、「Fe」「Au」「Ag」などの名前がついている。男性は「Cu」という部屋に入り彼に着席するように求めた。

 

「じゃ、今日はよろしく。」

「はい。よろしくお願い致します。」

「友人から聞いてるよ、部活、頑張ってるそうだね。」

「最後の大会はなんとしても上位に食い込みたくて。」

「それは羨ましい。打ち込めることがあるのは、本当にいいことだよね。」

彼は「面接」が始まると思っていたのだが、雑談が始まってしまった。予想外の展開だ。

 

「すいません、今日は面接と聞いてきたんですが…」

「あ、そうだったね。いつも雑談がすぎるって、部下からも言われるんだ。ごめんごめん。」

男性は屈託なく笑う。

 

「じゃ、面接しようか。うちの会社のページは見た?」

「はい、見ました。」

「見て、どう思いました?」

彼は困った。住所を確認するために、サラリと見ただけだ。正直「どうも感じなかった」のだが言って良いのかどうか迷う。彼はとりあえず、無難に答えることにした。

 

「あ、とても興味深く思いました。」

「ありがとう。具体的にはどんな所がそう思いました?」

「webマーケティングの仕事と書いてあったので、新しい仕事ができそうだな、と思いました。会社にとってマーケティングはとても重要なので、そう言った仕事に関われるのは楽しいと思います。」

 

男性は彼の言うことじっと聞いている。

「ただ、私はあまり技術に詳しくないので、これから勉強をしなくちゃいけない、と思います。」

よし、うまく言えた、と彼はこころの中で思った。

 

彼は、目の前の男性の反応を待った。

男性は言った。

「……ふーむ。キミ、内定まだもらってないでしょ。」

「え……?」

「言わなくてもわかるよ。キミみたいな学生は、内定をもらえない。」

 

彼は動揺と言い当てられた恥ずかしさで、まともに喋ることもできなかった。

「そ、そんなこと……。」

「悪いね、僕ははっきり言うタイプなんで。でも図星だったみたいだね。」

「……。」

「まあまあ、そんな怒らずに。でも、なんで僕がそう思ったのか、聞きたくないかい?」

 

彼は男性の無礼な質問に腹を立てたが、僅かな期待もあった。

「……聞かせてください。なぜ、私が内定をもらっていないと思ったのですか。」

「キミが「僕の欲しがりそうな回答」ばかり言うからだよ。webマーケティングは重要だとか、勉強しなくちゃならないとか、そういったいかにも「正解」のようなことばかりだった。」

 

「面接って、そういうものでしょう。」

「違うね。全く違う。それは就活サイトや面接対策本を見過ぎた学生が勝手にそう思っているだけの話だよ。」

 

「では、どういうことですか。」

「採用の面接で我々が知りたいのは「目の前の人は、どんな人間か」なんだよ。ちょっと考えてみればわかるだろう。会社が「うまく質問に答える人」を欲しいわけじゃないってことが。

だいたい、面接官をごまかすことなんてできないよ。人を見る経験値が違いすぎる。」

 

「じゃ、どんな答えならいいんですか?」

「そうやって、すぐに答えを教えてもらおうとする学生を弾くのが、面接の目的なんだよ。」

 

「……」

「ねらった会社に入りたい、この会社はこういう受け答えをする学生がほしいはずだ、だからこんなことを答えよう、そうやって「安易な答え」ばかり求めていると、ますます内定から遠ざかる。」

 

「しかし…。誰でもいい会社に入りたい、と思うのは当然ではないですか?」

「「いい会社」って何よ。有名企業?皆が羨ましがってくれる会社?そんなんくだらない話だよ。今まで就活していて、本当に「いい会社だ」と確信できた社が1社でもあったかい?せいぜい「ここに入ったら自慢できる」程度では?

自分の人生を預ける組織なのに、他の人の評価ばかり気にして、自分の目で見極めようと思わないのかい?だからキミは、内定ゼロなんだよ。」

 

それはそうだが、初対面の人に言われるようなことではない。

「腹が立つかい?会社に入ったら、こんなことだらけだよ。」

 

彼はそう言われて、覚悟を決めた。

「質問してもいいですか?」

「もちろん。」

「会社の説明もなく、いきなり面接などと言われても、御社に入りたいとも思えません。御社について教えてもらえないでしょうか。」

「この後、時間は大丈夫?」

「はい。」

「じゃ、コーヒーでも飲みに行こうか。」

 

 

男性は、会社の経営者だった。彼は2時間ほど経営者と話をし、会社の業務について詳しい話を聞いた。

経営者は「自分が合うと思うならウチに来なよ」と言ってくれた。インターンにも誘われたが、結局彼は「この会社に入ろう」とは思わなかった。

 

だが彼はこの経営者に深く感謝していた。なぜなら「面接の意味」を理解できたからだ。

面接は取り繕ってもダメなのだ。自分がそのテーマについて思うところを述べる場であり、それが自分の能力を示すことになる場だ。

 

彼は面接の方針を変えた。あらゆる物事に「対策」ではなく「熟考」をすることにした。

 

面接で今までに聞かれた質問に自分が行った回答に対し

「それはほんとうに自分の意見か?どこかで聞いたことの受け売りではないか?」

を改めて問い直した。

すると多くの回答が、自分の意見ではなく、「誰かが言っていたこと」「就活の旨い友達のアドバイス」の使い回しすぎないことがわかった。彼は自分で全く考えていなかったことに気がついた。

 

 

彼の就活は、その後ガラリと変化した。

そして彼は、ひと月後、内定を獲得した。

 

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