つい先日、コンサルティング会社時代の同僚が東京に来た。
彼は地方で経営者向けのコンサルティング会社を立ち上げて、もう10年。
社員も増えて、商売はうまく行っているという。
近況を聞くうちに、「商売」の話になり、お客さんの話になった。
「どんなサービスをやってるの?」
と聞くと、彼が言った。
「二代目社長って、尊敬されないんですよね。そういう後継者の人たちの心の支えをやってる。」
ああ……
と思った。たしかに、私がコンサルティングをやっていたときも、後継者たちは、同じようなことを悩んでいた。
「まじめな人たちなんですよ。車は普通、服も普通、夜遊びもしない。賢くて、性格も学歴もいい。人畜無害。」
「うん。」
「で、会社を継いで、がんばって、待遇とかは先代社長のときよりも良くしてる。オフィスとかもきれいになって。」
「うん。」
「でも、尊敬されないんだよね……、なんなら「大して働いてないし、なんで社長なのアイツ?」って、社員から思われてる。」
「なるほど……、よく会社が回ってるね」
「大した競合もいないし、一度商売が出来上がってしまったら、まあ安定だよ。とんでもなく金を溜め込んでるから、潰れることもない。」
「そんなもんか。」
「そう。あと、実際に会社を回しているのは、社長じゃなくて、先代の腹心だったような人。その人はだいたい人望があって、「そのひとのためなら」みたいな感じで仕事が回ってる。」
「ふーん。」
「二代目、三代目も、それがわかってる、でも、こう思ってる。」
「何?」
「「どうしたら人望が得られるのかなあ。」って。まあ、後継者ってだいたい、人望がないんだよね。だから心の支えが必要なの。」
まあ、そうだよな、と思う。
「先代の子どもだった」っていう理由で、経営者になったのだから。
自分で会社を作ったこともなく、経営もしたことがなく、業界経験も古参に及ばない。現場では常に気を使われて、特別扱い。
自分を認めてほしくて、新しいことを始めるが、大抵は失敗する。
知人の言うことは、もっともだ。
そして、彼は最後に言った。
「で、最近良く考える。たしかに彼らの言う通り、「人望」って、どうしたら得られるのかってね。」
『人望』とはなにか。
そもそも、「人望」とは何なのだろう。
辞書で調べると
「ある人に対して、世間の人が尊敬や信頼や期待の気持ちを寄せること」
とある。
信頼や期待、尊敬など、「何となくそうだよな」とイメージはするが、さりとて「どうしたら人望が得られるか」という問いに対しては、この定義だけでは不十分な気がする。
そういえば、ピーター・ドラッカーが次のように「人望のある人物」の表現をしていた。
事実 、うまくいっている組織には 、必ず一人は 、手をとって助けもせず 、人づきあいもよくないボスがいる 。
この種のボスは 、とっつきにくく気難しく 、わがままなくせに 、しばしば誰よりも多くの人を育てる 。好かれている者よりも尊敬を集める 。一流の仕事を要求し 、自らにも要求する 。基準を高く定め 、それを守ることを期待する 。何が正しいかだけを考え 、誰が正しいかを考えない 。真摯さよりも知的な能力を評価したりはしない 。
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これは「人気」と「人望」の差を表す、最も良い言語化だと思う。
真に人望ある人とは、「優しくて好かれる人」ではない。
「厳しいが、よく人を育て、自らも一流であることを自分に課している人」
が、長期的には、人望をあつめる。
例えとして適切かわからないが、世界で最も人望のある人物は誰?と聞かれれば、
まず「キリスト」や「ブッダ」などの、伝統的な宗教的指導者を挙げるだろう。
まさに、
・しばしば誰よりも多くの人を育てる
・好かれている者よりも尊敬を集める
・一流の仕事を要求し 、自らにも要求する
・基準を高く定め 、それを守ることを期待する
・何が正しいかだけを考え 、誰が正しいかを考えない
このような振る舞いこそが、「人望」の源泉となる。
そして、彼らの行動原理、ドラッカーが基準と呼ぶところの、「誓約」あるいは「律」とも呼ぶべき、厳しい基準。
彼らの守る律・基準が「我々を、ひとつ高みに押し上げてくれる」
と、感じること。
これが「人望」の正体なのである。
曹洞宗の総本山である、福井県の永平寺には、曹洞宗の開祖である、道元が残した厳しい戒律が書面で残されており、僧たちはそれに黙々と従う。
宗教的な指導者の多くに人望があったのは、戒律を作り、率先してそれを守り、規範となったからである。
そう考えると、人望の主体は、「個人」というよりも、「律」や「規範」の部分にあると考えてもよいのかもしれない。
もちろん、宗教指導者ばかりではない。
高度な技を持つ職人、偉大なスポーツ選手、文豪、カリスマ政治家などが同じような能力を発揮することがある。
そう考えていくと、
「待遇を改善した」
「オフィスをきれいにした」
「社員のことを考えて経営している」
程度では、人望は得られない。
まして、「たまたま経営者になった」人が、社員に対してなんの規範も示さず、単に社員に好かれたいから、という程度の理由で実行した施策など、社員は見透かしている。
「その程度の人なんだよな」と。
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3. サイバーセキュリティは「利益を生む投資」である
・直接利益を生まないと誤解されがちだが、売上に貢献する要素は多数(例:広告、ブランディング)
・大企業・行政との取引には「セキュリティ対策」が必須
・リスク管理の観点からも、「保険」よりも遥かにコストパフォーマンスが良い
・経営者のマインドセットとして、投資=成長のための手段
・サイバーセキュリティ対策は攻守ともに利益を生む手段と考えよう
【登壇者紹介】
安達 裕哉(あだち・ゆうや)
ティネクト株式会社 代表取締役/ワークワンダース株式会社 代表取締役CEO
Deloitteにてコンサルティング業務に従事後、監査法人トーマツの中小企業向けコンサル部門立ち上げに参画。大阪・東京支社長を経て、2013年にティネクト株式会社を設立。
ビジネスメディア「Books&Apps」運営。2023年には生成AIコンサルティングの「ワークワンダース株式会社」も設立。
著書『頭のいい人が話す前に考えていること』(ダイヤモンド社)は累計82万部突破。2023年・2024年と2年連続で“日本一売れたビジネス書”に(トーハン/日販調べ)。
日時:
2025/7/14(月) 16:30-18:00
参加費:無料
Zoomビデオ会議(ログイン不要)を介してストリーミング配信となります。
お申込み・詳細
お申し込みはこちら東京都令和7年度中小企業サイバーセキュリティ啓発事業「経営者向け特別セミナー兼事業説明会フォーム」よりお申込みください
(2025/6/2更新)
【著者プロフィール】
安達裕哉
生成AI活用支援のワークワンダースCEO(https://workwonders.jp)|元Deloitteのコンサルタント|オウンドメディア支援のティネクト代表(http://tinect.jp)|著書「頭のいい人が話す前に考えていること」82万部(https://amzn.to/49Tivyi)|
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Photo:Milada Vigerova