繰り返し述べているが、最近感じるのは、「会社のビジョン」に対する過度の信奉である。
実際、ビジョンは経営の万能薬でもなければ、社員の心を1つにもまとめることのできる魔法の杖ではない。
そう、「ビジョナリー・カンパニー」は統計的には存在しない。
まず最初に、ビジョンがあるから会社がまとまる、というのはかなり嘘が入っている。
「理念やビジョンがあるから会社がまとまる、なんて大嘘」というコンサルタントの話。
コンサルタントは言った。
「あのね、社長。経営理念を作ったからって、社員がまとまるわけないじゃない。私もね、いろんな企業、大企業から零細まで行ったけど、ひとつとして社員が経営理念やビジョンでまとまっている会社なんて無かったよ。」
「……。」
「社内を見渡してみてくださいよ、理念やビジョンががあるから会社がまとまる、なんて大嘘だよ。ビジョンや理念は、会社をまとめるために作るわけじゃないんだから。」
社長は意外だ、という顔をしている。
「で、では何なんのでしょう」
「理念ってのはね、社長。経営者を縛る制約なんですよ。理念は、あなたのためにあるんです。」
このコンサルタントの言うことはある程度正しい。
社員がビジョンに共感して一丸となって働きました。めでたしめでたし、という美談は話として面白いが、私はそれに与しない。
むしろ、会社のビジョンは「お前はビジョンに共感していないから」と、社員の評価を下げたり、クビにしたりと悪用されるケースのほうが圧倒的に多かった。
このように話すと、大抵「でも、ビジョンがある会社は伸びる」と言っている本や研究があるよ、と反論する方がいる。そして、殆どの方の論拠となるのが「ビジョナリー・カンパニー」という本だ。
ビジョナリー・カンパニー ― 時代を超える生存の原則
- ジム・コリンズ,山岡洋一
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このベストセラーは「ビジョンを持つ会社」とその比較対象として「ビジョンを持たない会社」を用意し、その業績の違いについて述べ、「ビジョンがある会社はエクセレントになり、そうではない会社は没落する」と述べている。
しかし、この本にかかれていることと、私の会社員生活、コンサルティングの現場での実感値とはかなり異なる。果たしてこれは事実なのだろうか?
そう思っていたところ、ノーベル経済学賞を受賞した科学者であるダニエル・カーネマンがその疑問に答えてくれていた。
カーネマンは端的に言えば「ビジョナリー・カンパニーは嘘っぱち」ときっぱり述べている。*1
以下、引用だ。
成功した企業を体系的に検証して経営規範を導き出そうとするビジネス書は世に多いが、こうした本の絶大なる魅力も、ハロー効果と結果バイアスであらかた説明がつく。
この手の本で最も有名なのは、何と言ってもジェームズ・C・コリンズとジェリー・I・ポラスの『ビジョナリー・カンパニー――時代を超える生存の原則』だろう。この本は様々な産業のライバル企業を二社一組で一八組取り上げて分析しており、各ペアでは必ず一方がめざましい成功を収めている。(中略)
多かれ少なかれ成功した企業同士の比較は、要するに、多かれ少なかれ運の良かった企業同士の比較にほかならない。読者は運の重要性を既に知っているのだから、めざましい成功を収めた企業とさほどでない企業とを比較して、ひどく一貫性のあるパターンが現れたときには、眉に唾をつけなければならない。(中略)
運が大きな役割を果たす以上、成功例の分析からリーダーシップや経営手法のクオリティを推定しても、信頼性が高いとはいえない。たとえCEOが素晴らしいビジョンと類まれな能力を持っているとあなたが予め知っていたとしても、その会社が高業績を挙げられるかどうかは、コイン投げ以上の確率で予測することはできないのである。
『ビジョナリー・カンパニー』で調査対象になった卓越した企業とぱっとしない企業との収益性と株式リターンの格差は、大まかに言って調査期間後には縮小し、ほとんどゼロに近づいている。
トム・ピーターズとロバート・ウォーターマンのベストセラー『エクセレント・カンパニー』で取り上げられた企業の平均収益も、短期間のうちに大幅減を記録している。(中略)
あなたはたぶん、これらの結果に原因を見つけようとしただろう。たとえば、成功した企業は自己満足に陥ったからだとか、冴えなかった企業は汚名返上に頑張ったのだとか、だがそれは間違っている。
当初の差はかなりの部分が運によるのであって、運は輝かしい成功にもそれ以外の平凡な業績にも作用していたのだから、この格差は必ず縮小することになる。この統計的事実には、既に私たちは遭遇している――そう、平均への回帰である。
結局のところ、成功譚に私達が惹かれるのは、「因果」が大好きだからであり、私たちの運命は多くが単なる偶然に左右される、という事実を受け入れたくないからに他ならない。
それを考えれば「ビジョンがあったから会社がうまくいきました」と言うのは、多くが思い込みにすぎない。
ではなぜ、薄々真実に気づいていながら、経営者たちはあそこまで「ビジョン」に固執するのであろう。
もちろんそれは、「コントロール」が楽しいからである。
自らが打ち出したビジョンに対して、多くの人がそれに従い、一丸となって組織が運営されているように感じるあの一体感と陶酔感、それはまさに、経営者冥利に尽きる瞬間なのである。
だが、経営者は知らねばならない。
大半の社員は企業が調子の良いときには「ビジョン」に共感する素振りを見せるが、それが傾けば、あっさり企業を見限るものである。もちろんビジョンも含めて。
だから「ビジョンをつくりましょう」というアドバイスよりも、「ビジョンは経営者の胸の中にしまっておいて、手を動かしましょう。成功は運の要素が強いので、試行回数が成功の秘訣です」というほうが、いくらか誠実である。
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