1990年代初頭。

まだパソコンも普及しておらず、スマホなどネジひとつも存在しなかった頃、私は小学生だった。ゲーム雑誌を読む習慣もなく、情報の大半は友達から友達へと伝聞で広がっていった。

だからあの頃は、ファミコンに関する知識が権力の源泉となっていた。知っているだけで尊敬される。となると、”アニキ”のいるやつが権力を握ることになる。アニキを通してさまざまな情報が入ってくるからだ。

タカマツ君という友達がいた。この男はみんなから「ファミコン王」と呼ばれていた。ファミコンに詳しかったからだ。ただそれだけのことで王になれるのだ。

私は嫉妬していた。冗談でも何でもない、シニカルな要素の一切ない、真正面からの嫉妬だった。私もファミコン王になりたかった。しかし当時の自分はゲーム機すら買ってもらえなかった。

そこには、明確なピラミッドがあった。アニキがいるうえにゲームもたくさん持っているやつが頂点に立つ。それなりにゲームを持っているものが次にくる。親の教育方針でゲーム機を買ってもらえない人間は一番下にくる。

私は王どころか平民もいいところだった。ひれふすしかない。

だからあの頃、私はよく寝る前に妄想していた。タカマツ君が何かの拍子に倒れ、自分に王位を継承するのである。

瀕死のタカマツ君が私の手をにぎり、とぎれとぎれの言葉で、「つぎの……ファミコン王は……おまえだ……」と言い残し、息を引き取るのだ。

本当に、王になりたいだけで友達を殺すなよと思うが、それだけ「ファミコン王」という肩書きが魅力的だったんだろう。

あの頃のファミコンの価値は、親にはまったく理解されなかった。小学生の人間関係においてファミコンが占める割合を大人たちは見誤っていた。私はゲーム機のない日々に悶々としながら、王位にあこがれていた。

 

ドラクエ4の不良品をつかまされた

数年後、私はファミコンを手に入れた。

買ってもらったのではない。いとこから送られてきたのである。すでに家にあるのに、新たに懸賞で手に入ったのだという。私はすこしだけファミコン王に近づいた。

そして買ったのが中古のドラクエ4だった。しかしこれが妙なものだった。カセットの裏面に貼られたシール、その注意書きの文字が深緑色だったのである。普通は黒の文字なのに。

これに関しては、いまだに詳細は謎のままだ。中古ゲーム屋で、「なんでこんな変な色なんだろう」と不安に思いつつ、安かったので購入した。もちろん、不安は的中した。

毎回、セーブが消えるのである。ドラクエ4は五章形式のRPGだが、いつも一章の途中で消えた。ホイミンを仲間にしたあたりで一日が終わり、続きは翌日とセーブして、一晩寝ると消えていた。教会でおいのりしたのに、神父と約束したのに、消えていた。バカ神父。

何度プレイしても同じだった。私はいっこうに二章に進むことができなかった。神なんていないんだと思った。神の前でちかったのに、神父にちかったのに、毎回消える。もう街の教会なんて信じられない。

そこには、無責任な神父と、健忘症の神がいるだけだ。

 

私はこうしてデマを流した

結局、親に泣きついた。購入したゲーム屋に行き、不良品だということで交換してもらった(と思う。記憶が曖昧だ。もしかしたら新たに金を払ったのかもしれない)。

とにかく、私は別のドラクエ4を手に入れた。今度の神父は信頼できる男だった。しっかりとセーブしてくれる。神はいた!

そして私はドラクエ4をクリアした。しかし、私より先にクリアしている友人はいくらでもいた。とっくの昔にクリアしたよ、という反応だった。

その時だった。ファミコン王への憧れでおかしくなっていた私は、とっさに嘘をついた。隠しボスを捏造したのである。具体的には、「リピートイルカ」というボスがいると嘘をついた。

最後の世界まで進んだとき、船で海を進んでいると孤島に小さなほこらがあり、そこにイルカがいるという、けっこう凝った嘘だった。「俺はそれを倒した!」と宣言した。「かなり強かった……」とも付け足した。

当時はネットも何もないから、このイルカの存在は、真偽を確認されずに友人たちのあいだを伝わっていった。私は、ファミコン王に一歩だけ近づいた気になっていた。

 

そして二十歳をすぎた頃に

この話には余談がある。

二十歳を過ぎたとき、幼なじみと話していた。そいつはそいつでゲームを買ってもらえない側の人間だったが、攻略本やゲーム雑誌を熱心に立ち読みすることで、「ゲーム機がないのにゲームに詳しい」という独特の地位を手に入れた男だった。事実、ゲームで分からないことがあればそいつに聞けばいい、という空気はできあがっていた。

しかし、そいつが友達に聞かれて唯一答えられなかった質問、それが「ドラクエ4の隠しボスでイルカみたいなやついるらしいけど知ってる?」だったという。

あれには笑った。私の流したデマがまわりまわって真実のようになり、「ゲーム機がないのにゲームに詳しい」という称号を持つ男の牙城を揺るがしていたのだ。

本当に悪いことをした。「なんだ、たいしたことないじゃん」みたいな反応をされたという。「結局、攻略本を読んでるだけだな」みたいに。

努力したのだ。家にゲーム機がないという圧倒的不利な状況で、彼は努力した。なのに、私が悔しまぎれのデマを流したばっかりに、死に物狂いで獲得した地位からあっさり転げ落ちている。

こんなものは、王になれない者同士の足の引っ張りあいじゃないか。

二十年後の今、記しておきたい。ドラクエ4にリピートイルカなんていう隠しボスはいない。あんなものは、ファミコン王という肩書に魅せられた男のついた、バカな嘘だ。

ちなみに、「リピート」というのは当時覚えたばかりの英単語だった。ほんとバカ。

 

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著者名:上田 啓太

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