中学生時代までは自分はそこまで馬鹿ではないだろうと漠然と思っていた。

 

その幻想は高校入学とともに砕け去った。高校の授業は中学のそれと比較して、自分にはあまりにも難解すぎたのである。数列・・・なにそれおいしいの?

教師の教え方が悪いのかと思い周りの人に尋ねると、みんなして普通に理解できていた。単に僕が馬鹿だったのである。そうして徐々に授業は頑張って取り組むものから、聞き流すものへとなった。立派な劣等生の誕生である。

 

劣等生、ブックオフで漫画とライトノベルと自己啓発に狂う

普通なら高校生というと部活や友人との遊びに明け暮れるのかもしれないけど、自分はなんとなく高校に馴染めなかった事もあって授業が終わると直帰していた。

 

とはいえ家に直帰しても何もすることがないので、様々な駅に降りては暇を潰していた。定期券は素晴らしい。どこに降りようがタダなのだ。

 

ある時、ふと黄色いあのブックオフの看板に吸い込まれた自分は、そこで天国を見た。

ま、漫画が全部タダで立ち読みし放題だと!?!?

これは当時お金のない高校生だった自分にはまさに夢のような環境であった。

 

そうして僕は気が狂ったかのようにかたっぱしから駅という駅にあるブックオフをめぐり、店舗にある面白そうな漫画を全て読破していく事となった。

なにせ時間は無駄に沢山あったのだ。暇も潰れて一石二鳥であった。

 

初めは比較的簡単な内容のものしか読めなかったけれど、そのうち手塚治虫の火の鳥のようなやや難解なものも読めるようになっていった。

この過程で自分の能力の成長を感じ取れたのが凄く嬉しかったのを今でも覚えている。

 

そうして一通り漫画を読み尽くした自分は、漫画のとなりに何やら可愛げのある挿絵の入った文庫本がある事に気がついた。いわゆるライトノベルという奴である。漫画と同じようなノリで楽しめるその手軽さに僕はすっかりハマってしまった。

 

さすがにライトノベルは立ち読みだと少しキツかったので、買って帰って自宅で読みふけっていた。思えばこの行為が机に座って長時間本を読むという事を自分が生まれて初めて行えた瞬間だったと思う。

その後も自己啓発本やミステリー等々と自分の読書の旅は続いていった。本を読むのは純粋に楽しかった。初めは文字を見るのすら辛かった自分だけど、徐々に難しいものも読めるようになっていった。

 

ドラクエでは勇者は初めの街でスライムやドラキーを倒してレベルアップして強くなっていくけど、僕にとってのブックオフでの漫画やライトノベルとのふれあいは正にそれに相当したといえるだろう。

文字を読むと頭が痛くなっていたかつての自分は、簡単なものならば文字はそこまで苦ではなくなっていた。レベル1から5ぐらいにはなっていたんじゃないだろうか。

 

そうこうしているうちに高校3年生になり、嫌でも受験を意識するようになった。

3年もの間ブックオフに通って本を読み続けた自分は、まるでかつての劣等生っぷりが嘘のように勉強ができるようになっていた・・・という都合のよい話は当然あるはずもなく、やっぱり劣等生のままであった。

 

ちなみに一番初めに受けた模擬試験での自分の偏差値は37である。普通に考えるて大学に行かないほうがマシなんじゃないかというようなレベルだ。よくこんな状態で医学部に行こうと思ったものである。われながら呆れ果ててモノがいえない。

 

このように、僕は高校入学時と比べて相変わらず劣等生ではあったけど、かつてと違って一つだけわかっていた事があった。

簡単な事から少しづつ頑張りさえすれば、自分は高いところにたどり着けるというリアルだ。

かつてと比較して成長できたという実感は、自分の小さな成功体験であった。

 

成功体験は人を強くする。そのあと気が狂ったように勉強に打ち込み、浪人して本当にギリのギリで医学部に引っかかった自分は、今では高校生の頃に自分よりも遥かに優秀だった人達と何ら遜色なく机を並べて仕事をしている。

こうして振り返ってみると不思議なものである。かつては漫画すら読むのに苦労していた自分が、今はさしたる苦労もなしに英語で論文を書いたり読んだりしているのである。

 

一体誰が僕がそんなふうになれるだなって予想できただろうか。人生とは不思議の塊である。

 

逃げる場所の大切さ

最近になって少年サンデーで連載されている「銀の匙」を読み、そこで描かれている主人公の像が自分とあまりにも結びつきすぎて死にそうになった。

 

知らない人もいるかもしれないので銀の匙の話を凄く簡単に説明すると、進学校で勉強に行き詰まって劣等生となった主人公である八軒君が、教師の勧めで勉強から離れ帯広にある農業高校に進学し、そこで自分の存在意義を見出していく話である。

作中で主人公である八軒君が受験に失敗した後、他の場所で心機一転して自分のアイデンティティを確立する作業に比較的すみやかに移行できたのは読んでいて非常に心地よいものがある。きっとあの後もグズグズ受験勉強を継続していたら、心を病んでしまっていたんじゃないかと思うからだ。

 

逃げても負けじゃない

逃げるのは負けだと思っている人もいるかもしれないが、それは違う。人生という舞台は結局のところ最後に全力で笑顔でいられさえすれば、それでよいのである。

そのための一時の撤退は何ら恥ではなく、むしろ様々な付加価値を私達に与えてくれたりもする。

 

銀の匙でも八軒君は札幌の進学校から帯広の農業学校に行った事で自分の人生を回復させる事に成功した。

物語開始直後はなんとも頼りなかった彼だけど、今では立派ないい顔をしている。おまけにかわいい彼女すらできているのである。ふざけんなって位の人生大逆転だろう。

 

まあこんな感じで、逃げた先にだっていろんな大切なものが転がってたりするんですよね。

僕もこんな感じでモノを書いたりしてるわけですが、たぶんこのモノを書くという技能は、かつて自分がブックオフに逃げたからこその恩恵も一部にあるんじゃないかと思っている。

 

銀の匙のように進学校から農業高校に進むような大規模は人生転換は普通の人はやれないけど、かつての自分にとってのブックオフに相当する、何も持ってない人が気負わずに気軽に逃げられる場所が社会にもっとできるといいなーなんて思っているのですよね。

 

お金なんてほとんどない無価値だった高校生の頃の自分は、たくさんの漫画を無償で立ち読みさせてくれたブックオフという逃げ場があったからこそ、こうして笑ってられてるわけですし。

 

繰り返しますけど、いったん逃げるのは負けでもなんでもないのですよ。キツかったら一度戦線離脱して、ゆっくりできる場所を見つけだし、そこでなんとかやってれば巡りまわって思いもよらない良いものが自分の中で蓄積されたりする事もあるんですね。

まあ若い人は、僕みたいな事例もあったんだよっていうのを頭の片隅にでも置いてもらえればなと思います。

 

意外と人生、なんとかなるもんですよ。

 

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高須賀

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(Photo:Shinya Suzuki)