飲み会から帰ってみると、自宅の冷蔵庫にコーヒー牛乳が入っていた。奥様は、私のコーヒー牛乳好きを知っていて、たまにコーヒー牛乳を仕入れておいてくれることがある。

最近、コーヒー牛乳を飲む度に考えることがある。雪印のヤツだ。あの茶色いパッケージのヤツだ。1Lのパックのヤツだ。

コーヒー牛乳のパックを開けて、マグカップにどぼどぼと注いで、ごっくごっくと飲む。

あの絶妙な甘みと、牛乳由来のまろやかさが、素早く喉を潜り抜ける。そのスピード感を味わいながら考える。

 

めっちゃ美味いなコーヒー牛乳、と。

これ最初に考えついたヤツかなりの天才だよな、と。

「コーヒーにはミルクを入れるんだから、ミルクにコーヒーを入れても美味いんじゃね?」っていう発想だよな、と。

 

簡単なようで、そういう発想の転換は誰にでも出来ることではない。

そしてその上で、こういう疑問に突き当たるのだ。

「もしかして俺、酒よりもコーヒー牛乳の方が好きなんじゃねえか?」

 

私は周囲から酒好きだと目されており、自分でもそう考えてきた。

それは何故かというと、飲み会の時にウイスキーをがぶがぶ飲み、飲み放題メニューにハイボールしかなければ

「これのソーダ抜きって出来ます?」

と店員さんと交渉すらしてウイスキーをロックにしたがるからだ。

 

酒好きのつもりだった。「酒好き」というのは、言ってみれば自分に対するラベリングであり、大げさに言えばアイデンティティの一つだった。

しんざき家は構成員全員隈なく酒好きの家系であって、しかも家族全員好きな酒が違う。父はビール好き。母は焼酎・ワイン好き。兄は極端な日本酒偏飲派で、基本的には日本酒以外の酒を口にしない。

 

そして私が、ウイスキーだ。特にマッカランが好きだが、ウイスキーでありさえすればそれ程こだわりはない。

角でも、山崎でも、フォアローゼスでも、ボウモアでも、なんでも美味しくいただく。そのつもりだったのだ。

 

 

以前から、少し違和感を感じることがあった。

たまに実家に帰省する時、私の子どもや私の両親含めて食事をしに行くことがある。その時、外での食事というとやはり両親はビールを飲みたいらしく、大体私が運転手を引き受ける。その時、両親は妙に恐縮するのだ。

つまり、折角の外食なのに、お酒が飲めないのはかわいそうだ、不憫だ、と。別にバスやタクシーで行ってもいいんだぞ、と。

 

それをまるで、ひもじい異国の少年に一片のパンを分けてあげられない時のような、切実な調子で語るのだ。

私は基本晩酌というものをせず、酒を口にするのは飲み会の時だけだ。だから、「折角の外食なのに飲めない」という感覚はよく分からない。

飲めないなら飲めないでいい。何の問題もない。別に無理してそう言っている訳ではなく、本当に1ミリの残念さすら感じないのだ。

 

だから、いちいち「別に気にせんでいいよそんなこと」と言っているのだが、そういう会話の度に、アイデンティティを何かが一撫でしていく。

俺は本当に酒好きなのか?

 

両親が、あるいは世間の酒好きが酒に感じているような愛好感を、欲求を、俺は感じていないんじゃないか?

いや、もしかするとそもそも、俺は酒を「美味い」とすら感じていないんじゃないか?

俺はウイスキーが好きだ。マッカランが、角が、山崎が、ボウモアが好きだ。その筈なんだ。

ただ、それは本当にウイスキーが好きなのか。酒として、飲み物として好きなのか。ウイスキーの味が好きなのか。

 

もしかすると俺は、「ウイスキーを飲んでいる自分」「ウイスキーを飲めている自分」が好きなだけなんじゃないのか。

たまたましんざき家において空いていた、「ウイスキー好き」という席に飛び込んだだけなんじゃないのか。

 

ビールは、苦い。正直言って苦いと、今でも思う。

ただ、いつからか、飲み会で飲むビールは美味いような気になっていた。唐揚げやら餃子と一緒に口に流し込むビールは、確かに美味い。それはそう感じていた。

ただ、冷静に、よくよく味わってビールを飲むと、それは私にとっては単なる「苦い飲み物」なのだ。

 

それは、魔法が解ける瞬間に似ている。あれ、さっきまでは美味いと思っていたのに、冷静に考えるとこれ苦くねーか?と気づいてしまう。

ビールうめーーっ!という感覚が、「あれ、これ苦い炭酸だな…」という気分に化けてしまう。

 

 

ここにビールとコーヒー牛乳が並べておいてあるとしよう。どちらを飲んでもいいとしよう。

その時、お前はビールを選ぶのか。コーヒー牛乳を選ぶのか。

つまみ?いやいい、なんならビールに合うつまみをテーブルにずらっと並べてもいい。軟骨の唐揚げを、フライドポテトを、ビーフジャーキーを、昔グリコが作っていたビアプリッツを用意してもいい。

 

その時お前はどっちを手に取るんだ。ビールか、コーヒー牛乳か。

魔法を解く為には、通常王子様のキスが必要だ。私にとって、コーヒー牛乳は王子様のキスだった。つまり、私にとって、「お酒美味しい」「お酒好き」という魔法を解いてしまうトリガーが、コーヒー牛乳だったのだ。

 

今の私は、「コーヒー牛乳よりも酒の方が好き」とは言えないでいる。これは私にとって、一つのアイデンティティの崩壊だ。

私は酒好きを名乗るべきではないのではないか。コーヒー牛乳好き、と名乗るべきなのではないか。

 

あなたに聞きたい。

あなたはお酒は好きですか?コーヒー牛乳は好きですか?

お酒はコーヒー牛乳よりも好きですか?コーヒー牛乳よりもおいしいですか?

たった一杯のコーヒー牛乳が、自分のアイデンティティを崩壊させることがある。

 

そんな雪印の恐ろしさを、俺は思い知ったのだ。気を付けてくれ。コーヒー牛乳を甘く見ないでくれ。甘いけど。

けど大丈夫、キャベツ太郎は飲み物だから。今年のキャベツ太郎もとても美味しい。

皆安心してキャベツ太郎にアイデンティティを仮託して欲しい。30袋入りで600円という、恐ろしい高コストパフォーマンスで販売されているから。

 

 

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(文責-ティネクト株式会社 取締役 倉増京平)

 

 

【プロフィール】

著者名:しんざき

SE、ケーナ奏者、キャベツ太郎ソムリエ。三児の父。

レトロゲームブログ「不倒城」を2004年に開設。以下、レトロゲーム、漫画、駄菓子、育児、ダライアス外伝などについて書き綴る日々を送る。好きな敵ボスはシャコ。

ブログ:不倒城

 

(Photo:Eric Verhaeghe