唐突で申し訳ないんですが、ちょっと漫画の話をさせてください。
皆さん、高橋留美子先生の漫画って好きですか?
漫画業界、複数作ヒットさせるのはおろか、一作ヒットさせることすら途轍もない難事だというのに、「めぞん一刻」「うる星やつら」「らんま1/2」「犬夜叉」「境界のRINNNE」と、錚々たるヒットシリーズを複数抱えている高橋先生、本当にもの凄いですよね。
たまにビッグコミックに載る読み切りも面白い。あと個人的には、人魚シリーズとか大好きなんですが。
高橋先生は勿論非常に多芸多才な方であって、格闘ものから伝奇もの、冒険活劇からホームドラマまで、なんでも高いレベルでこなしてしまわれる訳ですが、その最大の武器がラブコメであることは議論を俟たないでしょう。
めぞん一刻やうる星やつらはもとより、活劇に寄った犬夜叉ですら、随所随所にラブコメ要素が顔を出し、作品の重要な味の一つになっています。高橋先生のお家芸と言っていいと思います。
ところでここに「1ポンドの福音」という漫画があります。
減量嫌いのプロボクサー、畑中耕作を主人公とした、ボクシングを中心に展開するラブコメです。
掲載誌が今はなきヤングサンデーだということもあり、サンデー連載の各シリーズに比べると若干知名度が落ちるような気もするんですが、実は私、高橋先生の作品で一番好きなのって1ポンドの福音なんですよ。
サイトの方向性から盛大に乖離しているような気がして大変申し訳ないんですが、今日は皆さんに、1ポンドの福音のどこがどう面白いのかを説明させていただこうと思います。
*
「1ポンドの福音」は、上記した通り、ボクシングを主要なテーマにしたラブコメです。
主人公の畑中耕作は、一発強打の才能を持ちながらも、食欲旺盛で減量が苦手、ちょくちょく減量の失敗に伴うコンディションの問題で敗北しているいい加減なボクサー。
そんな耕作は、近所の修道院でシスターをしている、シスター・アンジェラにやや一方的な思いを寄せています。
物語は、耕作とシスター・アンジェラを主軸にしたラブコメ展開と、耕作を見込みながらもそのいい加減さに苦労する向田ボクシングジムの会長、ジムの面々を中心にしたボクシング展開を並行しながら進むことになります。
この漫画、ただ単にボクシング漫画として見ても、すごーーく面白いんです。
耕作は生来のハードパンチャーであって、綺麗に決まれば一発で相手をダウンする程の破壊力を秘めたパンチを持っています。
ただ、元来のいい加減さと旺盛な食欲のせいで、普段はその実力を発揮し切れません。耕作の資質を知っている向田ジム以外の周囲の目から見れば、基本的には「毎回減量失敗しているダメボクサー」と見なされている訳で、噛ませ犬的な扱いをされてしまうこともあります。
畑中の試合は、どの回も大体「耕作が実力を発揮出来るかどうか」「実力を発揮した耕作が逆転できるかどうか」という勝負になります。
私、漫画について書く時、ちょくちょく「まさかのカタルシス」と「流石のカタルシス」っていう言葉を使うんです。
つまり、「まさか」と周囲、あるいは読者に思わせるような逆転が発生した時の気持ち良さと、元々の評価、実力を裏書きする「流石」と思わせるような展開が発生した時の気持ち良さ。
その二つの気持ち良さの使い方が上手い漫画は面白いことが多い、と思っているんですね。
「1ポンドの福音」のボクシングは、基本「まさか」のカタルシスを伴った展開が多いです。
耕作を甘くみていた対戦相手、耕作を低評価していた周囲の視線が、耕作の一発強打で「まさか」というものに変わるのは、それだけでも非常に気持ち良いものがあります。
一方、読者視点から見れば、耕作が本来のハードパンチャーとしての資質を発揮するのは、「流石」という気持ち良さでもあります。
とはいえそこは高橋先生のすごさであって、漫画的展開であっても耕作が負ける時は負けます。
実力を発揮出来なかった時は勿論、実力をきちんと発揮しながらも負けてしまうことはあるわけで、読者はハラハラしながら先を読み進めることになります。
対戦相手も一癖二癖ある連中ばかりであって、凶悪な強面であるのに実は極めて弱気な来栖やら、変則フォームと思わせて実は胃痛に耐えている夜叉丸やら、読んでいて「そうくるか」と思わせる選手ばかりです。
ボクシングの描写自体非常に丁寧で、高橋先生の漫画的画力が高いこともあって、どの試合も読みごたえ抜群。
まず、「ボクシング漫画」としてみた時の1ポンドの福音が、十分スポーツ漫画として面白いものだ、ということは保証します。
*
ところで、ラブコメとしてみた時の1ポンドの福音は、高橋留美子作品としてはちょっと特殊な形態をしています。
歴代の高橋留美子作品をお読みの方であれば、(人魚シリーズは別として)るーみっくラブコメの歴代主人公が、ある種のモラトリアムを強くもっていることはご存知かと思います。
つまり彼らは、大体の場合、女性関係に対して非常に優柔不断、ないし奥手であって、関係を主体的に発展させられない、ないし自分の思いを素直に表現出来ない、という特徴をもたされているんですね。
これは勿論、ラブコメ作品として必要なものでもあるのだろうと思うんですが。
当初から響子さんに対する思いを周囲に隠していなかった「めぞん一刻」の五代ですら、こずえ関係の色々は優柔不断の塊のような展開が常であって、これ本当に大丈夫なのかと読者をやきもきさせること大でした。ソープランドの下りも色々とアレです。
元々が女好きという設定であるうる星やつらの諸星あたるについても、女性に対する態度自体がちゃらんぽらんであるということに加え、物語上のヒロインであるラムとの関係に関しては、(しのぶの存在もあり)かなりの長期間主体的に向き合おうとしませんでした。
らんま1/2のらんまは奥手 + 優柔不断というような属性でして、物語の終盤まで、茜に対する自分の思いをストレートに口に出すことはほぼ出来ませんでしたし、シャンプーや右京のような他ヒロインとの関係もふらふらしていました。犬夜叉は勿論、かごめと桔梗との関係については優柔不断を絵に描いたような性格です。
早い話、高橋留美子先生のラブコメ作品における男性主人公は、その多くが「女性に対するスタンス」という点で「成長しなさ」「モラトリアム」を抱えているんですね。
バトル漫画の主人公でもあるらんまや犬夜叉が、物語途中で大きくパワーアップしたのに対して、彼らの女性に対するスタンスは極めて遅々とした発展しかしません。
一方、1ポンドの福音の畑中耕作はと言えば。
彼、女性との関係構築については極めて主体的であって、しかもまっとうな成長すらします。
物語序盤から彼の思いは真っすぐであって、アンジェラにも積極的に自分の思いを伝えます。
当初はやや一方的なところもありましたが、それについても作中どんどん成長していき、物語中盤以降はアンジェラの事情を様々に考えたり、アンジェラの境遇を慮ったりするところも見せるのです。
他の女性に興味を示す場面も基本的になく、例えば夜叉丸の恋人である可菜がその場の勢いで迫ってきた時も、殆どなびく様子を見せません。
つまり耕作は、高橋留美子作品でも極めて例外的な、「優柔不断でもなく、女性に対して主体的で、しかもちゃんとまっとうに成長する」男性主人公なのです。
これだけでも、「1ポンドの福音」の高橋作品における特殊性を感じて頂けることと思います。
彼のモラトリアムはむしろ「ボクシングに対するスタンス」の方に表れており、耕作の「ボクシングの実力向上」については、実は最初から最後まで殆ど描写されません。減量嫌いも不真面目さも、最後の最後までそのままです。
彼は物語の最序盤から一貫して「本気を出せば実力者」という描写をされていて、劇中その実力が大きく上がったりはしません。
恐らく、1巻と4巻を比べても、「強くなった」という描写は殆どないのではないでしょうか。これも、格闘漫画としてはかなり例外的だと思います。
ということで、「ボクシングについてはちゃらんぽらんだが、女性に対するスタンスは実はまっとう」という、畑中耕作というキャラクターに対する好感が、「1ポンドの福音」の重要な要素の一つである、と私は思うのです。
ラブコメとしては、むしろシスター・アンジェラの方が、自分の立場と思いの板挟みになり、なかなか決断をすることが出来ない立ち位置にいます。
修道院にあって男性との恋愛が出来ないという事情、別の男性との結婚話が持ち上がることもあり、ゆらゆら揺れ動く彼女の気持ちは、一面少女漫画的でもあるかも知れません。
*
ということで、長々書いて参りました。私が言いたいのは
「1ポンドの福音超面白いし、4巻完結と手ごろな長さなんで読んでない人は読むといいですよ!」
ということだけであって、他に言いたいことは特にありません。よろしくお願いします。
夜叉丸さんの胃痛回復を強く祈念しております。
今日書きたいことはそれくらいです。
AUTOMAGICは、webブラウザ上で商品情報を入力するだけで、
・ターゲット分析
・キャッチコピー
・ネーミング
・キャンペーン企画案
・商品紹介LPの文章
を自動で出力します。
登録すると月間40,000トークン(約2記事程度)までは無料でご利用できます。
↓
無料登録は
こちら(AUTOMAGICサイト)へ
詳しい説明や資料が欲しい方は下記フォームからお問合わせください。
↓
AUTOMAGIC お問合せ・資料ダウンロードフォーム
【プロフィール】
著者名:しんざき
SE、ケーナ奏者、キャベツ太郎ソムリエ。三児の父。
レトロゲームブログ「不倒城」を2004年に開設。以下、レトロゲーム、漫画、駄菓子、育児、ダライアス外伝などについて書き綴る日々を送る。好きな敵ボスはシャコ。
ブログ:不倒城
(Photo:angus mcdiarmid)