物語というのは実に不思議なものだ。

 

それを読んだからといって、現実世界でなにかの役に立つようなものでもない。

人生コスパ論者なら、物語を読むことなど人生の無駄だというかもしれない。

そんなものを読む暇があったら、学問でも収めた方が遥かに為になる、と。

 

まあ一理ある意見ではある。

しかし僕もそうだけど、非常に多くの人間が良き物語を愛しているし、それを好んで摂取している。

 

いったい私達は物語のどこに惹かれるのだろうか。今日はそれについて書いていこうかと思う。

 

全ての神話は同系反復

アメリカ合衆国の神話学者で、ジョーゼフ・キャンベルという方がいる。彼は膨大な数の古今東西の英雄伝や神話を読み解き、全ての物語に一定のルールがあるという事を突き止めることに成功した学者だ。

彼に影響を受けた人間は非常に多く、あのスティーブン・スピルバーグのスターウォーズやロードオブザリングも、キャンベルの神話論を元に作られたと言われている。

<参考文献 神話の力>

 

彼いわく、全ての神話は

(1)主人公は非日常世界への旅に出て

(2)そこである種のイニシエーションを経験し

(3)元の世界に帰還する

という共通の構造を持っているのだという。

つまり「英雄は旅立ち、困難に打ち勝って成長し、生還する」というのである。

 

例えば西遊記なんかだと、三蔵法師が

(1)天竺へ向かい

(2)そこで3人の従者を従えて

(3)最終的には天竺から巻物を獲得して帰還する。

 

桃太郎伝説では

(1)桃太郎が鬼ヶ島に向かい

(2)3人の従者を付き従えて鬼ヶ島の鬼をとっちめて

(3)宝を持って地元に帰還する。

 

あなたの知っている様々な物語を上の型で分析してみて欲しい。たぶん、ほぼ全ての物語が、この構図に収まるはずである。

 

現代最強の神話・ワンピース

恐らく現代日本における最強の神話は、週刊少年ジャンプで絶賛連載中であるワンピースだ。

主人公とその仲間であるルフィー海賊団は 

(1)様々な島にでかけ

(2)そこで強敵とぶつかりあい、成長し

(3)そして船に帰還する

 

という作業を延々と続けている。

ワンピースが連載を開始したのが1997722日だそうだから、なんとこの神話は21年も続いていることになる。

 

累計発行部数は20187月時点で44000万部を突破しているのだという。

日本国民の約4倍もの数のワンピースが刷られているのは、ちょっと尋常ではない。作者である尾田栄一郎氏は、さながら神話をつむぐ大神官といえるだろう。

 

紫式部が源氏物語を書いたり、琵琶法師が平家物語を吟じたり、はたまた深い森の奥で霊媒師が村人に古くからの伝承を伝えたり。

時代がいくら進歩したとしても、人間という生き物は飽きもせず、様々な手法で物語を紡ぎ続けている。

 

こうして、今も昔も私達は物語を愛し続けているのである。ワンピース44000万部は伊達ではない。やはり物語は私達に不可欠な何かを提供していると考えるのが妥当だろう。

では果たして私達は、物語を通じて何を摂取しているのだろうか?

 

私達が物語を愛する理由

僕も昔から今に至るまで、漫画とゲームを通じて物語を大量に消費している。

あなたも多分、小説とか映画のような様々なコンテンツ通じて物語を消費しているだろう。

 

それらを消費するに至った動機は、退屈だったりとか、単純に面白かったりだとか、まあ人によって理由は様々だろうけど、そこからもう少し踏み込んで考えてみよう。

 

なんで私達は、物語の消費をこんなにも愛するのだろうか?

僕が思うに、自分が好む物語というのは、その人にとって好ましい人生の一形態なのである。

 

私達は

(1)様々な現実を通して

(2)困難に直面し、成長し

(3)新しい現実に立ち向かっている

 

このパターンを経ることで、私達は人間性を効率よく成長させる事ができる。

多くの人が神話的な構造を呈した物語を読むのは、この成功パターンの素振り行為に近いものを物語を通してシュミレーションできるからだろう。だから脳がこの作業を非常に好むのだ。

 

積み重ねが人生という物語を厚くする

人には人それぞれの自分クロニクルがある。

僕には僕の人生の記録が、あなたにはあなたの人生の記録が、それぞれある。

 

このクロニクルに何が書き込まれるかは、時代の流れとあなたの自由意思にかかっている。

あなたはあなたの人生のクロニクルに情熱的な恋愛の物語を書き込むこともできるし、酔っ払って二日酔いで朝を迎えるという風に、ちょっとみっともない物語も書き込むこともできる。

 

別に見事な事ばかりするのがよいという訳でもない。

ちょっとマヌケな人物の方が愛嬌があるものである。自分のお馬鹿な所も、また可愛らしいものである。

 

この自由意志に歴史のスパイスが組み合わさり、誰もみたことがないような不思議な味が醸し出される。

時にはナチスにより強制収容所に入れられたヴィクトール・フランクルのように、歴史や国家といった巨大なものに望まぬ物語を与えられる事もあるかもしれないが、それを含めて、その時その時、自分がどういう意思決定を行ったのかを振り返り人生を眺めるのは実に面白い。これぞ老いの醍醐味である。

 

僕もそこそこ年を重ねるようになってきて思うけど、今まで積み重ねてきたものを通じて現在までの自分の人生を振り返るのは、とても楽しい。

若かった頃は老いが怖かったけど、今では歳を重ねるという事はとても贅沢な事だなと思う。

 

もちろん、たまには自分の人生に疲れるときもあるだろう。小説もゲームも、ずっと同じ作品をやり続けるのは結構しんどいように、自分という人生をずっとプレイし続けるのも、たぶんそれはそれで結構しんどい。

そういうときは、他のフィクションに耽溺してみて、あなたの物語からちょっとだけ離れてみても、いいかもしれない。それが助けになる事もあるだろう。

 

続いて小説が人生の救いになった事例をあげてみよう。

 

小説の効用

前に何かの本で村上春樹さんが小説を読む効用について書いていた。

彼いわく、小説を読むという事は

(1)物語を通じて自分の人生から少しだけ浮遊し

(2)読み終わった後で自分の人生に再度着陸しなおす事であり

(3)再度着陸した時の自分は離陸する前の自分とは、ほんの少しだけ違う存在となっている事を感じ取れる行為

なのだという。

 

なかなか素敵な表現である。

初めてその文章を読んだときは、ふーんぐらいしか思わなかったこの表現だけど、その後村上春樹さんの別のエッセイで、彼の小説を通じてカルト宗教から抜け出すことに成功した人の話を読み、僕は小説の力を過小評価していた事を思い知らされた。

 

カルト宗教にハマっていた彼の報告によると、それにどっぷり浸かっていた時、自分でもよくわからないけど、定期的に世界の終わりとハードボイルドワンダーランドを丹念に読んでいたのだそうだ。

結果的にその行為が幸いして、彼は物語を通じて自分の人生を相対的に見通せるようになり

”自分がカルト宗教にハマっている

という事実を認識し、そこから抜け出すことに成功したのだという。

物語の力というのは実に凄い。もちろん、これ以外にも様々な要因が働いたのだとは思うけど、小説がカルト脱却に一役買ったという事も、間違いなく事実だろう。

 

このように、よい物語は人生を相対化させるのだ。

だからあなたも自分の人生に疲れたら、たまには心を落ち着けて、よい物語に身を任せ自分の人生を外側から眺めてみてはいかがだろうか?

 

ひょっとしたら、あなたもカルトにハマっているのかもしれない。

あるいは、思ったよりも恵まれているのかもしれないし、意外と酷い目にあっているのかもしれない。

 

物語を通じて人生を離陸し、また現実に立ち返り己のクロニクルを刻む。

恐らく、良い人生というのはこれの繰り返しにより形成されていくものなのではないかな、と最近は漠然と考えている。

 

せっかく この世に生まれ落ちたのだから、年を重ねた先で、良い味を出せるようになりたいものである。

 

良き物語を通して、ともに良い人生を書き上げていこうではありませんか。

 

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高須賀

都内で勤務医としてまったり生活中。

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(Photo:Jason Lander