昔、ある会社でターンアラウンド(事業再生)に取り組んだ時に出会った、忘れられない人がいる。

その女性とのファーストコンタクトは最悪で、

「何しに来たんですか?忙しいんでさっさと出ていって下さい!」

が、初対面の挨拶だった。

 

私はその時、取締役経営企画室長という立場で、事業の状態を可視化し、経営トップを支えて業績の改善をサポートする仕事だった。

だが、カッコよく聞こえるだけで、やることは相当泥臭い。

とにかく現場に足を運び、数字を可視化する手がかりを探っていく。

 

だが、現場から見れば余計な仕事を増やすだけの敵である。

最低限でも、

・新たな業務日報のフォーマット作成を指示され

・そのフォーマットに沿った報告を毎日求められ

・その内容についてもごちゃごちゃ聞いてくるであろう

相当ウザい存在だ。

 

仕事をこなす上で味方になる可能性は0であり、排除にかかるのも無理はない。

その私が初めて工場を訪れて、設計部門の責任者である女性に話しかけた時の初対面の言葉が上述した

「さっさと出て行け」

であった。

 

呆気にとられて言葉を失う私に、彼女はさらに続ける。

「今私達が毎日、どれだけの日報を書いているか知っていますか?」

「いや、知りません。」

「同じような内容のものを3種類ですよ!一つは社長向け、一つは部長向け、一つは工場長向け。しかも内容は似たようなものなのに、フォーマットが違うから全部一から作ってるんです。しかも社長はメールで、部長はFAXで、工場長は紙に出して机に置いておけっていうんですよ。で、あなたのお好みは何なんですか?」

「・・・(あわわわ)」

「偉い人って本当にみんなそう。報告をしろって言うくせに内容は読まないし見ても理解できない。あなたも元々は、証券マンなんですよね?何がわかるんですか?同じように余計な仕事を増やして、また私達にサビ残させるために来たんでしょ?」

 

ファーストコンタクトから、強烈である。

しかも彼女の指摘は、決して的外れではない。たしかに私は、数字を可視化するために社内での情報共有の仕組みをつくることを一義的な仕事の目標にしていた。

しかしシステム投資に新たに使うようなお金はないので、取っ掛かりは報告書のフォーマット整理からになるとも考えていたところだ。

その考えを見透かされた上での、完全な先制カウンターパンチだった。

 

なおその会社は女性比率が80%を超えており、さらにその現場部隊を取りまとめるのが彼女である。

正直、彼女を敵に回せば会社の立て直しどころか、自分が会社から消えることになるだろう。

 

いうなれば、新作のRPGを始めたら、最初の城にいきなりラスボスが現れたようなものだ。

自分はどうするべきか、足りないメモリーをフル回転させて次の一手を必死になって考えた。

 

「いい人」は損をする

話は急に変わるが、世の中で仕事に成功する人は「ギバー(受けとる以上に、人に与えようとするタイプ)」か「テイカー(与えるより多くを受けとろうとするタイプ)」のどちらだと思われるだろうか。

よりわかりやすく言えば、頼まれたことは何でも引き受けてくれる仏のような上司や同僚か。

もしくは何でも人に押し付け、いつも頼み事ばかりしてくる無責任なクレクレ君の上司や同僚か。

そのどちらが出世するだろうか、という問いである。

 

人の心情としては、ギバーである「とても良い人」に出世して欲しいと願いたいところだ。

また私達の価値観が心から、ギバーと共に働き、テイカーとはできる限りお近づきになりたくないと願っている。

 

しかしペンシルバニア大学ウォートン・スクール教授のアダム・グラント氏の調査によると、「成功」という尺度で見た時に最下位にいるのは、どんな職業でもギバーであることが判明したそうだ。

技術者、医学生、営業、いずれの調査でも、ギバーたちはあらゆる尺度で良い結果を出せずに居ることが判明してしまい、アダム・グラント氏自らが、この結果に衝撃を受けたそうである。

 

この調査結果は、「残酷すぎる成功法則」(著:エリックバーカー 訳:橘玲)で述べられている一節だが、ビジネスパーソンであれば誰でも、思い当たるフシがあるのではないだろうか。

「仕事で上司から褒められるのは、いつもうまく立ち回っているアイツだけだ」

「ウチの上司はいつも部下の手柄を横取りして、成績を稼いでいる」

などという世の中にありがちな理不尽さを感じたことがある人であれば、そういう人が結局得をしている身もふたもない現実にも、悲嘆したことがあるかも知れない。

残念ながらそれは一定の真理であり、テイカーは得をしやすいという側面は、私達の生きる世界では否定できない。

 

しかし、この調査には続きがある。

では、最下位の対極、もっとも成功しているのはどういう人たちなのかを分類したところ、こちらもギバーであったそうだ。

そしてテイカーとマッチャー(与えることと受け取ることのバランスを取ろうとするタイプ)は常にその中間であったとのこと。

 

結局同著では、その他の調査結果とも併せて、10のうち8まで人を信頼する人がもっとも「成功のパフォーマンス」が高く、9以上の無分別なギバーはテイカーに食い物にされるだけであるとする。

そして「平均すると、嫌なヤツはうまくやる」が、長い目で見るとその効果は低減していくと結論づけている。

当たり前すぎる結論かもしれないが、ビジネスである以上、度が過ぎたギバーはやはり自分の仕事すらこなせなくなる事態に陥るということのようだ。

 

テイカーに搾取され続けた人たちの場合

話を戻そう。

追いつめられた私は、それでも何とか冷静さを装いながら、

「わかりました。それでは一度、今皆さんが毎日書いている3種類の日報を、私にみせてもらえませんか?」

と答えた。

 

そして投げつけるように差し出された内容を見ると、確かに悲惨なものであった。

デタラメで見苦しい罫線に色使い。

にも関わらず、3人の聞いていることは結局同じような内容で、A4用紙一枚に統一してもまだ余白がある程度である。

なおかつ彼女たちは、このデータを毎日業務システムの画面を目視しながら、手入力で打ち込んで3枚のフォーマットに入力し、1時間以上のサービス残業で仕上げてから帰宅するのが日課になっていた。

 

ここまで明らかな無駄だとわかっている仕事を毎日、しかもサービス残業で強制されていれば、ストレスを感じるのは当たり前ではないか。

そして彼女たちにとって私は、新たなムダを増やす、4人目のテイカーとしか映らなかったのも当然である。

 

当時は、ギバーやテイカーなどという小じゃれた分類など聞いたこともなかったが、ただただ、この状況で4枚目の日報を求めようとしていた自分に背筋が寒くなる思いがした。

本当に、よく抗議してくれたと感謝しか無い。

 

状況は理解できたので、新たな統一フォーマットを作成し日報の元になるデータをシステムからCSVで吐き出すと、CSVから日報にボタン一つで転写するマクロを組んだ。

そして改めて彼女やその部下を集めると、

「これからは、CSVデータを吐き出した後にこのエクセルを立ち上げて、このボタンをクリックするだけでOKです。後はファイルを添付して、新たに作ったこのメアド一つに送信すれば、社長、部長、工場長、私にメールが届きますので、そうして下さい。」

と説明し、実演してみせた。

 

当然、マクロが実行する作業なので、彼女たちが1時間以上かけてサビ残でしていた仕事が10秒で終わる。

その呆気なさに彼女たちは驚き、

「ちょっと、何これ魔法やん!」

「嘘やろ、私達今まで何してたんよ・・・」

と、自分たちがストレスから解放されることを実感すると、目を輝かせて喜んでくれた。

そして件の怖い女性責任者は、

「みんなよく聞き!この人は使えるわ。この人には業務時間中でも時間を割いて、協力してもええで!」

と、口は悪いが最高の賛辞を受けることができた。そしてそれ以降、彼女とは長い付き合いになり、大きな仕事をいくつも成し遂げるサポートをしてもらえることになった。

 

正直に言って、エクセルでマクロを組むことなど大した技術ではなく、ちょっと調べれば誰でもできる。

フォーマットを統一して彼女たちの負担を軽減することも、エクセルが触れたら誰でもできることだ。

しかし、それまでの「偉い人」たちは、誰もそれをやろうとしなかった。私がやったことは、本当にただその程度のことだ。

 

それでも、「テイカー」から理不尽な搾取を受け続けていた彼女たちには待望の、「信頼できる偉い人」に映ったのだろう。

実物以上の評価にやや戸惑いがなかったわけではないが、素直にそのイメージに乗らせて頂いた。

 

この出来事からは、新たに人と何らかの関係を築く時には、まずはギバーであるべきだという当たり前だが大事なことを教えてもらった。

相手の役に立つことを、まずは自分から証明してみせる。

相手が部下でも上司でも、取引先でも同じことだ。

自分の力で相手のニーズやウォンツにどう役に立ち、あるいは貢献できるのか。

そこに先回りし適切なギバーになれれば、成功は後から必ずついてくる。

 

そんなことを教えてくれた彼女には、今もとても感謝している。

 

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【著者プロフィール】

桃野泰徳

大学卒業後、大和證券に勤務。中堅メーカーなどでCFOを歴任し独立。

妻と結婚し、最初に驚いたカルチャーショックは、「寄せ鍋にソーセージを入れること」でした。以来機会があれば、「鍋にソーセージはアリかナシか」を色んな人に聞きますが、半々なんですよね。。

なお今では、鍋にソーセージが入っていないと物足りません。

(Photo:Mark Norman Francis