「社員は家族」を標榜する会社は少なからずあるが、私はその発言を、常々不思議に思っていた。
はっきり言えば「いや、社員と家族はぜんぜん違うだろ」と、ずっと思っていた。
法的にも、制度的にも、実際にも。
社員は雇用を通じて「契約」を行っている相手だ。
血縁などの実際的な関係ではなく、その関係性は法人などの概念と同じく、約束事の世界の中に存在する。
さらに、そもそも「家族」は夫婦以外の関係はすべて、強制的だ。
人は親を選べず、子も選べない。
ある日そこに存在し、その関係は本人の意志によらず、存在する。それが「家族」である。
また、「家族」は自由に辞めたりすることもできない。
経営者が「業績不振で」などと言って辞めさせることもできなければ、社員が「新しい家族に移りたい」と、辞めることもできない。
究極の強制的な運命共同体、それが「家族」の本質である。
だから、私は「社員は家族」なんて言っている経営者のことを、永いこと、胡散臭い目で見ていた。
「「試験に合格したから、おまえはうちの子な」なんて言わない。」
「「妻の今年一年のパフォーマンスを測定して、改善をしてもらうように促す」なんて言わない。」
「「長男は今年、家族の成果に貢献してない。」なんて言わない。」
と思っていたのだ。
「社員は家族」という発言は、「社長が、世間体の良い建前を言っている」だけ。
そう思っていた。
*
ところが、である。
最近、ある有名企業の経営層の方から、
「社員は家族」という言葉について、私の従来の価値観と異なる見解を聞かされた。
その方は、こう言った。
「安達さん、私最近「社員は家族と思ったほうがいい」と、思ってきたんですよ。」
私の反応は当然、
「えー……。」
である。
しかしその方は、合理的である。それなりの理由なしにそんな事を言う方ではない。
だから、聞いた。
「なぜですか?」
「まあ、一言で言うと、「家族だとでも思わないと、やってらんない」っていう感じです。」
「やってられない。……?」
私が戸惑っていると、彼は言葉を継いだ。
「例えば、できの悪い社員がいますよね。」
「はい。」
「彼らは、メッチャクチャ丁寧に指導しても、すぐには成果が出ない。で、なんとか彼らのレベルを引き上げようと、こっちも頑張って指導するんですが、頑張れば頑張るほど、溝が深まるわけです。」
気持ちは分かる。
周りの人たちとの差はどんどん開いていくが、できの悪い社員の実力は急には上がらない。
もしかしたら「ずっと成果が出ない」かもしれない。
でも、いくら仕事ができないからって、「お前はできない社員だ」なんて言われて気分の良い人はいないし、成果が出ていないことを本人も自覚しているから、ますます仕事が辛くなる。
結果的に、上司との溝が深まるばかり、というのは、よくある話だ。
私が頷くと、彼は言った。
「でもね。思うんです。」
「はい。」
「そもそも、「期待したとおりに成果を出す社員」ばかりの会社なんてないわけです。そう言う人達に、リターンを求めても、お互い不幸ですよね。」
「そうです。」
「で、思ったんです。これ「家族だ」って思えば、まあ我慢ができるなと。」
「……」
「どんなできの悪い子供であっても、普通の父親だったら見捨てることはない。リターンは求めない。仮に長男の出来が悪くて算数の成績が伸びないときに、「努力しろ、次のテストで80点以上取れなかったら、お前は家族じゃない」なんて言いません。人間は成長に時間がかかるわけです。」
「まあ、たしかにそうですね。」
「逆に、テストのできが悪くても、長男にはいいところ見つけて「ここは頑張ったな」と、褒める。愛情ってそう言うものですよね。」
私は家族を想像した。
まあ、そのとおりだろう。家族に「テストの成績が悪かったら家族じゃない」なんてしたら、お互いに辛くてしょうがない。
彼は言った。
「ま、なので「社員は家族」っていうのも、私としては現実にあっているので、合理的かなと思いました。」
*
私は、この話を聞き、考えを少々改めた。
つまり「社員は家族」は、世間体の良い、社長の建前ではなかったのだ。
当然だ。
「社員は家族」などという建前が、社員のの忠誠を引出すのに有効だなんて、まともな経営者が本気で考えているわけがない。
そうではなく「社員は家族」の本来の意味は、「経営者が自制するための言葉」だった。
経営者は、その性向として社員に常に期待以上を求める。
だからつい、社員に「早く結果を」「早く結果を」と言いたくなる。
その「インスタントにリターンが引き出したい」と思いがちなマインドを鎮めるための言葉として、経営者が自問する。
それなら納得がいく。
だからこれは、社員に恩着せがましく語る言葉ではない。
最近では経営者が「社員は家族」などというと、ブラック企業扱いされることもあるという。
一家主義が生むのは、同調圧力なんですよね。僕が「こうだ」といえば下は従うしかない。同一の価値観です。
大学の研究室にも一家主義的なものがあるし、日本の企業の経営者って、一丸となってやっていかないとダメだ、といった呪縛から離れられないケースが多いですね。
だが「社員は家族と考えざるを得ない」と現実的に考えている経営者は、そのような「ブラック家族主義」とは異なるのかもしれない。
そう思った。
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(2024/12/6更新)
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