『二度寝とは、遠くにありて想うもの』(津村記久子著/講談社文庫)という、芥川賞作家・津村記久子さんのエッセイ集で、こんな文章を読みました。

必死に「やりがい」を求めて、エントリーシート提出のための説明会も含めると四回もの試験を受けて何とか潜り込んだ会社は、九ヵ月でやめることになった。

 

大学を卒業して、会社に使われるようになって強く思うことは、仕事はとにかく生業だということである。

もう少しつっこんだことを言うなら、仕事を見つけるという行為は、食べていくために毎日こなさなければいけないことと、そのことで受け取る金額と、自分の適性の間に、自分が耐えうる妥協点を見いだすことであると思う。

 

社会人をうん十年やっている、という人たちからしたら、本当におかしなことかもしれないけれども、1999年当時の新卒の就職活動で、このことを強調された機会はほとんどなかった。

セミナーにやってくる人たちの話を鵜呑みにしていたわけではないけれども、わたしやその友人のほとんどは「興味のある業種に関わる、やりがいのありそうな仕事」を探していた。

そんな幸運にありつけるのは、すべての就職活動をしている大学生のうちのほんの一握りだ、という当たり前のことは、誰一人としてはっきり言わなかった。

 

言う必要なんかないだろう、自分でわかれよ、とおっしゃる方もいらっしゃるだろうけれども、生まれて初めての就職活動をしてる、22歳やそこらの若者に、とてもではないけれどもそこまで考える余裕は残されていない。

わたしもわたしの友人たちも、最終的には、自分が選んだ、それなりに入りたかった会社から内定をもらったと思う。けれどもほぼ全員が、三年以内に仕事をやめている。

 

それぞれに深刻な理由はあるけれども、一口に言うと、会社を志望する時点で、自分自身が妥協できるラインを見誤ったからだと言えると思う。

会社には、入ってみないとわからないことは山のようにあるけれども、「とにかく明日食べるために」と中途採用で入った会社でそれなりに続いていることを考えると、新卒採用の時点で、何か方向を間違えていたのではないか、と訝るのである。

いまから20年前というのは、バブル経済が崩壊し、就職が厳しくなった時代でもあります。

もうずいぶん昔の話、ではあるけれど、「就職についての理想と現実」というのは、あまり変わっていないのではないか、と僕はこれを読みながら考えていたのです。

 

現在、2019年は「仕事」「就職」というものへの考え方がかなり柔軟になってきており、ネットで活躍している「インフルエンサー」と呼ばれる人たちは「好きなことを仕事にする」あるいは「会社勤めをしないで生きていく」ことを推奨しています。

僕は半世紀くらい生きてきて、四半世紀くらい仕事をしてきたのですが、実感としては「やりがい重視で仕事を選び、それを続けている人」というのは、10人に1人か2人くらいではないか、と思います。もっと少ないかもしれない。

 

世の中には、「好きなこと」をやって生きていける人もいます。

それは厳然たる事実だし、20年前よりは、それができる人の数は増えたのではないでしょうか。

 

でも、ほとんどの人の「夢」や「興味」は、「経済的な困難」や「体力や精神力の限界」に負けてしまう。

いまのネットでのインフルエンサーたちをみていると「好きなことをして生きる」ためには、よく言えば「ファン」、悪く言えば「信者」や「奴隷」が必要に見えます。

 

医者という仕事を25年くらいやっていると、同業者とこれまでを振り返って「なぜ、仕事をやめなかったのか?」という話をすることもあるんですよ。

体力的にも精神的にもきついし、休日に呼び出されたり、夜中に電話が鳴って起こされたりして、つらいことはたくさんあるのに。

そこで、多くの人が言うのは、「きついけど、他にできる仕事もないし、それなりに稼げるからなあ」ということなのです。

 

一部の先進的な研究者は「やりがい」を感じているのかもしれないけれど、なんのかんの言っても、「稼げる」ことは、「仕事を続けること」の強いモチベーションになっているのです。

もちろん、どんなに高給でも、身体的・精神的な限界はあって、それを超えてしまったがためにリタイアする人はいるのですが。

 

これを読んでいて、僕は数年前に医局をやめて、新しい職場を探したときのことを思い出しました。

最終的に候補に残った病院が2つあって、ひとつは最先端のIT医療を取り入れていて、施設も新しいけれど、週に週休1日、半休1日という病院。

もうひとつは、長期療養している患者さんが多く、検査や治療はほとんどできないけれど、週休2日と半休1日の、のんびりしている病院。

給料は、ほとんど同じ。

 

僕はけっこう悩んだんですよ。

40代半ばというのは、まだ身体も動くし、これまで自分が学んできた治療や専門的な知識を活かしたい、それに、最先端の病院のほうが、カッコいい気がする。

僕は前者に惹かれていたのです。

 

ところが、ずっと面倒をみてくれていた転職コンサルタントの人は、僕にこう言ったのです。

「先生、これまでの仕事のきつさから少し解放されて、自分や周りの人のための時間をつくりたい、ということだったら、中途半端に頑張ろうとするより、休みの多さとか、定時に帰りやすいとか、夜中の呼び出しや救急が無いとか、生活の質にかかわる条件を重視したほうが良いのではないでしょうか。でないと、思い切って転職する意味がないですよ」

 

正直、そのときは半信半疑ながらも(僕は堕落するのか、みたいなことも思いました)、そのときの自分の体力、精神力に自信がなかったこともあり、後者の病院を選ぶことにしたのです。

 

結果的に、それは正解だったと思います。

もともと教授になったり、最先端の医療をやりたい、という野心があったりしたわけでもないのに、「他者から少しでもカッコよくみえるように」という見栄にとらわれていたら、そこでもまた「やっぱり限界を感じて、続けられなかった」かもしれません。

「やりがい」に関しては、僕なりに「今の仕事も、結局は誰かがやらなければならない仕事だし、僕がこれをやることによって、優秀な医者の手が少しでも空くのであれば、それもまた世の中の役に立っているはずだ」と割り切っています。

それも、「そこそこお金も稼げているから」ではあるんですよね。

 

それでも、「なんか僕の仕事が多くないか?」と苛立ったりすることもあるから、人間というのはタチが悪い。

ここでいちばん忙しい日でも、前の病院のいちばん暇な日よりも、ずっと余裕があるのに。

 

「若い時の苦労は買ってでもしろ」とは言うけれど、少なくとも途中で仕事や職場を変えるときには、「やりがい」や「自分で思い込んでいる適性」よりも「条件」を重視したほうが、うまくいきやすいのではなかろうか。

 

津村さんも僕も、前の職場でうまくいかなかった経験があって、次の職場では「期待」よりも「覚悟」のほうが大きかったから、というのもあるのでしょうけど。

そういうことを言われても、はじめて就職活動をする人は「自分は仕事にやりがいを求めたい」と思うものですよね、きっと。

 

それでも、いつか、現実に打ちのめされそうになったとき、この話を思い出してほしい。

「夢」や「やりがい」が、「収入」や「睡眠時間」より大事な生活を長く続けられる人は、ごく一握りでしかありません。

そして、「普通の人」の言葉は、なかなか表には出てこない。

あなたが興味を持っていた分野の知識は、他の仕事での付加価値としては、けっこう希少なものかもしれないし。

 

津村さんは、この文章のあとで、就職活動の際に聞いた印象的な言葉を紹介しています。

わたしがよく通っていた合同説明会の主催団体の、チラシ配りをやっているような下っ端の兄ちゃんだけが、すごく現実的なことを言っていたなあと思い出す。

兄ちゃんによると、「選り好みせんと、ぜんぜん知らない業界の面接に行ってみたらよろしい。とにかく今は会社に入るということにこだわったほうがええと思いますよ」とのことだった。かなり当たっている。

ただ、ここまで大局的に開き直ったことを述べた人は、この人しかいなかった。就職をしなさい、と勧める側にも、何か考えあぐねる部分はあったのかもしれないと思う。

ほとんどの人にとって、自分の「適性」とか「本当に必要としているものは何か」って、ある程度試行錯誤してみないとわからないのではないか、とも思うんですよ。

 

日本も「新卒至上主義」が薄れれば、もう少し、普通の人たちも働きやすく、生きやすくなりそうな気がします。

 

あと、あくまでも僕の経験ですが、「やりたいことができる」よりも、「やりたくないことをやらずにすむ」ほうが、仕事を長く続けるためには重要でした。

 

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(2019/10/15更新)

 

 

【著者プロフィール】

著者:fujipon

読書感想ブログ『琥珀色の戯言』、瞑想・迷走しつづけている雑記『いつか電池がきれるまで』を書きつづけている、「人生の折り返し点を過ぎたことにようやく気づいてしまった」ネット中毒の40代内科医です。

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