経営者や部下を持つ管理職の方々から、

「もっと変わってほしいんですよねー。社員(部下)たちに。」

という話を聞くことがある。

 

例えばどんなふうにですか?と聞くと、大体、「もっと勉強してほしい」とか「ロジカルシンキングを身に着けてほしい」のような、能力の話から始まる。

そして、「気が利くようになってほしい」とか、「積極性がほしい」といった性質の話。

そして最後は「整理整頓ができるように」や「時間厳守に」「レスポンスを早く」といった、新人教育で行っているような習慣の話になる。

 

もう100億回くらい同じような話を聞いたので、つくづく、人間は他人に対して多くを要求するのだなあ、と思う。

 

でも残念ながら、私はそういった話には懐疑的である。

今まで本当に多くの組織を見てきたが「他者を変えようとする試み」は大半が失敗する

得られるものは殆どない。

 

もちろん、誤解のないように言っておくと、人間は変わることが出来る。

知力、体力、集中力などの能力も訓練で向上できる。

可能性は、いつでも追求することができる。

「無限の可能性がある(=分岐がある)」は、嘘ではない。

 

だが、先週の「「収入/睡眠時間」を犠牲にしてまで、「夢/やりがい」を追求できる人は少ない。」という記事のように、なにかを追求するのは、大きな苦労が伴う。

だから「人が変わる」のは「その人が、自発的に決意をし、それを持続できた時」だけだ。

「人は変われない」「自分はこんなもんだ」と嘆く人の気持ちは、よく分かる。

 

自分で自分を変えるのですら、大きな苦労が伴うのだから、まして「他者を変えられる」なんてのは、幻想に過ぎない。傲慢もいいところである。

ドラッカーは「人を変える試みは、受け手の全面降伏を要求する」と述べている。

『聖書』によれば、キリストさえ、迫害者サウロを使徒パウロとするには、サウロを一度盲目にする必要があった。

受け手の心を転向させることを目的とするコミュニケーションは、受け手の全面降伏を要求する。

社員たちがよほど経営者や上司に心酔していたり、洗脳されていれば別かもしれない。

実際、「洗脳」まがいの研修は、寝不足にさせたり、ひたすら大声を出させたり、反抗的な態度を徹底して潰したりすることもあると聞く。

 

だが、受け手を恐怖と恫喝で屈服させ、全面降伏させるようなコミュニケーション(≒洗脳)の実行は、倫理的に許されざることだ。

だから「社員が変わる!」などの謳い文句を標榜する研修会社などを、私は信用しない。

 

したがって、マネジメントは「人間の本性は簡単には変わらない」という前提で行うほうが、遥かに実効性が高い

「人間の本質が変化しなくても、成果が出るようにしたほうがいいんじゃないですかね。」が真だ。

 

では「人を変えず」に、「成果をあげてもらう」ことは、どうしたら可能なのだろうか?

 

 

それについて、つい先日「未来を変えるプロジェクト」の編集長の三石さんと話した。

最近「タニモク(他人に目標を立ててもらう)」などの活動で、忙しそうなので、近況を聞いたところ、人材会社の人らしく、研修の話をしてくれた。

 

三石さんは、開口一番、

「人を変えるといえば、企業研修のスタイルも、だいぶ変わってきていますね。」

という。

 

「どういうことですか?」

「今までは企業の研修って、管理職になりたての人と、新卒へのニーズがほとんどでした。でも肝心の研修の効果というと……、効果が微妙だったですよね。」

 

「たしかに、新人さんは、実務を経験してないですもんね。」

「そうです。まあ要するに「弱点を補強する」という意味合いの研修です。でも当たり前ですけど、本来、現場でバリバリやっている人に、実務を強化するような研修をするほうが、効果は高いですよね。」

 

「ええ、まあ。」

「本質的には、パフォーマンスの高い人をさらに強化したほうが、パフォーマンスの低い人を強化するよりも、遥かに費用対効果が高いんです。最近はそれに皆気づきはじめて、企業内研修は明らかににそちらの方向に向かっています。」

という。

 

なるほど。

よく出来ることを、更に強化したほうが、成果を出しやすい……。

 

その話を聞いて、私はドラッカーの「努力しても並にしかなれない分野に無駄な時間を使わない」という話を思い出した。

努力しても並にしかなれない分野に無駄な時間を使わないことである。

強みに集中すべきである。

無能を並の水準にするには、一流を超一流にするよりも、はるかに多くのエネルギーを必要とする。しかるに、多くの人達、組織、そして学校の先生方が、無能を並にすることに懸命になっている。

資源にしても、時間にしても、強みをもとに、スターを生むために使うべきである。

無能を並の水準にしても、なにも生まない。

これが、ドラッカーの「マネジメント」の考え方の中核の一つだ。

つまり「みんなに平等に研修」には、ほとんど意味がない。

 

だが、そう言うと「無能は見捨てろってことですか?」と怒る人がいる。

これは、完全な誤解である。

 

ドラッカーは「無能」を固定されたものと考えてはいない。

「状況次第で、人は有能にも、無能にもなる」と考えているだけだ。

 

むしろ、彼が着目しているのは、ある人が「無能になってしまう領域」「不得意な仕事の仕方」「苦手なこと」である。

例えば、

仕事の環境について。 緊張感や不安があったほうが仕事ができるか、安定した環境のほうが仕事ができるか。

仕事の場所として。 大きな組織で歯車として働いたほうが仕事ができるか、小さな組織のほうが仕事ができるか。

仕事上の地位として。 意思決定者、補佐役のどちらが成果を出せるか。

 

それを見極めて、環境を変えてやるのが、彼の言う「マネジメント」である。

 

ドラッカーはまた「今更、自分を変えようとしてはならない。うまくいくわけがない。」という。

今更自分を変えようとしてはならない。うまくいくわけがない。それよりも、自らの得意とする仕事の仕方を向上させていくべきである。不得意な仕方で仕事を行おうとしてはならない。

実は、成果を出すのに、わざわざ何かを変える必要はない。

得意なこと、得意なやり方を強化するだけでよいのだ

 

 

そんな話を三石さんにしたところ、彼は「40歳以上で、出世街道からはずれた人」にも、実は、社内で多くの活躍の機会があると言う。

 

「出席しているだけで、会議の雰囲気が良くなる人っているじゃないですか。彼らをどう評価してあげるか、は結構重要なんですよね。」

「ほー。」

「あるいは、「馬鹿な質問を平然とできる年配者」。こういう人がいると、若手が発言しやすくなるんですよね。」

「ほうほう」

「それから、リーダーではなく、補佐役として黙々とルールの策定を進める人。」

「なるほど。」

 

私はまた、前職のことを思い出した。

 

メンバーの一人に「どうしても遅刻がなおらない人」がいた。

彼は、大事な会議や重要なクライアントとの打ち合わせ時に、時々遅刻した。

それによって上司に凄まじく叱責されても、評価が著しく落ちても、減給されても、遅刻はなおらなかった。

 

もちろんん、彼の上司は、「遅刻を直させよう」と、あらゆる努力をしていた。

意識改革せよという説教、出世できないぞという脅し、睡眠へのアドバイス、目覚まし時計の選び方まで、彼の上司は遅刻を直させるために努力していた。

 

そしてついに、上司の努力は実り、彼の遅刻は減った。

よろこばしいことだ。

 

ただ、私はふと思う。

「遅刻を直させるための、上司のすさまじい努力」にかけた時間を、別のことに使ったら、もっとチームは強化されたのではないかと。

「たかが遅刻」を直させることに、これほどの労力は、割に合わない。

 

部下の長所である「営業力の強化」につかったほうが良かったのではないか。

あるいは、セミナー資料の改訂、新卒の営業同行、いや、もっと言えば上司の休暇に使っても良かったのではないか。

 

我々は「弱点」ではなく「長所」を見なければならなかった。

苦手なことを克服させるのは、本人も周りも疲弊するばかりだ。

 

 

いままでは、「どれもまんべんなくできる人」会社内で評価されていた。

でも、これからは違う。

 

一律に

「弱点がない状態」

「とりあえず一通り出来る状態」

「欠陥を抱えた人がいない状態」

を目指すことには、大した意味はないのではないだろうか、と私は思う。

 

そう考えると、「変わらなきゃダメだ」とか「もっと勉強しろ」とか言う前に、皆の「ちょっとした得意なこと」を発見することこそ、経営者やマネジャーたちがやらなければならない仕事なのだろう。

 

それが現代の経営における「人を変えず」に、「成果をあげてもらう」ことの真髄なのだ。

 

 

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(2024/12/6更新)

 

 

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