企業が採用において、最も重要視する能力の一つが、「コミュニケーション能力」であることは、議論の余地がないだろう。

 

大阪大学教授の川嶋氏は「産業構造の変化」と「グローバリゼーション」がその根底にあるという。

企業が採用で最重視するコミュ能力 若者の理解とはズレ

経団連による企業アンケートでは、新卒採用で「選考に重視した点」のトップは2017年まで15年連続で「コミュニケーション能力」です。「主体性」や「チャレンジ精神」「協調性」より重視されているのです。

(朝日新聞)

 

しかし、こういった記事をみるにつけ、私はいつも

「コミュニケーション能力とは一体何か?」

と、疑問に思わざるを得ない。

 

上の朝日新聞の記事にもあるが、「コミュニケーション能力」という言葉は、使いやすいが、その定義は難しい。

川嶋氏も「誤解されている」と述べている。

日本では、「コミュ力」という省略語で若者の間で日常用語化し、本来の意味から離れつつあります。

空気をうまく読んだり、雰囲気を巧みになごませたり、テレビ番組のMCのようにうまくその場を仕切って回したりすることができる対人スキル、という理解が広がっているようです。

少なくとも企業が学生に求める能力とは違います。企業が求めるのは相手の話をきちんと聞き、それに対する自分の考えを示しながら論理的に話し合う力だからです。

 

川嶋氏の言うことも最もである。

だが。

本当に若者の言う「コミュ力」はコミュニケーション能力には含まれないのだろうか?

 

実際、空気をうまく読んだり、雰囲気を巧みに和ませたりする力だって、企業は欲しがっている。

それらも含めて、「コミュニケーション能力」というのは特に間違っているようには感じない。

 

そういったことを常日頃、考えていた。

 

 

ところが最近、面白い話を読んだ。

クイーンズランド大の心理学教授、ウィリアム・フォン・ヒッペル氏は著書の中で、上のような「コミュニケーション能力」を「社会的知性」と呼び、要は、

「他者の考えていることを類推する能力」

であるとしている。

 

そして、この能力こそ、人間がサルから進化する時に得た、類人猿と人類を分かつ、強力な能力なのだ。

 

確かに、他者の考えていることを正確に類推することができれば、あらゆる場面で優位に立てる。

・交渉において

・協力を仰ぐ場面で

・人に教える時

・学習する時

もちろん、時として人を思うように操ることすら可能だ。

また、ヒッペル氏によれば、特に「教える」「学習する」に、コミュニケーション能力は不可欠だ。

 

例えば、チンパンジーは子供に物を教えるのがとても苦手だ。

なぜなら、子供がなにを知らないか、わかっていないかが、教師たる母親に、わからないからだ。

そのため、チンパンジーは「石や棒で、木の実を割って食べる」という単純な技術の習得に、10年もかかるという。

子供の側も、「相手がなにを教えたいのか」がわからないので、余計にこのプロセスには時間がかかる。

 

なるほど。

 

そういえば人気の漫画や小説は「頭の良い主人公」が頭を使い、心理戦で勝利するという筋書きが増えた気がする。

古くは「ジョジョの奇妙な冒険」の主人公の一人、ジョセフ・ジョースターは、心理戦で相手を手球に取るのが得意だった。

(ジョジョの奇妙な冒険 第6巻より)

あるいは「デスノート」の主人公も、「知的」であるように見せるには、人の心理を手にとるように理解している表現を用いている。

(デスノート第7巻より)

「ワールドトリガー」も心理戦をストーリーの中核に組み込むことで、物語に奥行きを与えることに成功している。

(ワールドトリガー11巻より)

人間心理や感情には、多くの要因が絡むため、「絶対の正解」が存在しない。

だからこそ、些細な手がかりや状況に応じて、柔軟かつ創造的に動ける人が、「心理戦」を制し、多くの人を動かすことができる。

彼らが「強者」となるのは、必然の帰結だ。

 

企業が採用において、「コミュニケーション能力」を重視したことは、要するに「社会的知性が高い人がほしい」と読み替えれば、妥当性があったのだ。

(もちろん、それが稚拙な面接で判定できるかどうかは、別の話として)

 

 

そして、これらの能力は、実はIQとは関係がない。

例えば、ウィリアム・フォン・ヒッペル氏は、以下のような実験で、それを確認している。

 

・課題に対して、多様な解決策を思いつく(拡散的思考ができる)人のほうが、「ユーモアのセンス」「カリスマ」があるとみなされるが、IQとは関係がない。

・情報を入手してから迅速に処理をする(頭の回転が早い)人のほうが、「カリスマ」があるとみなされるが、これもIQとは関係がない。

 

こういった数多くの事実を踏まえ、同氏は「社会的知性(=コミュニケーション能力)」は、IQよりも幅広い知性を象徴すると述べている。

過去一世紀の研究が教えてくれたのは、IQがわたしたち人間の知的馬力であり、社会的知性はより大きな知的能力の集まりのほんの一部か派生物であるということだった。

しかしながら、ここまで説明してきたような新たな研究の結果は、その反対が事実であることを指し示している

──社会的知性こそがわたしたちの真の知的馬力であり、複雑な問題を解く能力(抽象的思考力をもとに測るIQ)は、進化した社会的能力が偶然生みだしたたんなる派生物なのかもしれない。

 

つまり社会脳仮説が正しいとすれば、IQのほうが社会的知性の副産物であるということになる。

さらに、社会的知性がより幅広い知能を象徴するものだと考えると、IQの高さが必ずしも仕事の成功につながらない理由も明らかになってくる。

私が、「IQ」ではなく「コミュニケーション能力」こそ、真の意味での知的能力なのかもしれないと思ったのは、そのためだ。

 

 

ということは。

この世である程度の成功を掴むためには、誰であっても程度の差こそあれ、常に行われる「心理戦」に勝利しなければならない。

「コミュ障」が生きづらいと嘆くのは、社会的知性が問われる社会で、勝ちにくいからだ。

 

例えば、先日バズっていた、幡野広志氏の記事においても、「状況が手にとるようにわかる幡野広志氏」と「息子が考えていることすらわからないお母さん」の溝が深すぎて泣けてくる。

「実の息子」

「実際に会話している」

「十数年一緒に暮らしている」

という有利な条件にも関わらず、相談者である母親は、息子の気持ちが全く読めていない。

だが、幡野広志氏は、相談者からの断片的内容だけで、相談者の息子の心理を類推することができている。

 

こうして、凄まじいまでの「社会的知性の差異」を目の当たりにすると、社会を有利に渡れる人と、そうでない人の差は思ったよりも大きいのだな、と感じる。

 

 

資本主義社会における成功の王道である「商売での成功」は、サラリーマンだろうが、自営だろうが、「顧客の心理を類推すること」、すなわちコミュニケーション能力があらゆる場面で重要となる。

 

「相手の考えが読める」知性の高い側と、「相手が考えていることがわからない」知性の低い側とでは、こうした勝負は一方的すぎる結果を生む。

これが「格差」の源泉の一つであることは、言うまでもない。

 

 

◯Twitterアカウント▶安達裕哉(人の能力について興味があります。企業、組織、マーケティング、マネジメント、生産性、知識労働者と格差について発信。)

 

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ティネクト(Books&Apps運営会社)提供オンラインラジオ第6回目のお知らせ。


<本音オンラインラジオ MASSYS’S BAR>

第6回 地方創生×事業再生

再生現場のリアルから見えた、“経営企画”の本質とは

【日時】 2025年7月30日(水曜日)19:00–21:00
【ご視聴方法】
ティネクト本音オンラインラジオ会員登録ページよりご登録ください。ご登録後に視聴リンクをお送りいたします。
当日はzoomによる動画視聴もしくは音声のみでも楽しめる内容となっております。

【今回のトーク概要】
  • 0. オープニング(5分)
    自己紹介とテーマ提示:「地方創生 × 事業再生」=「実行できる経営企画」
  • 1. 事業再生の現場から(20分)
    保育事業再生のリアル/行政交渉/人材難/資金繰り/制度整備の具体例
  • 2. 地方創生と事業再生(10分)
    再生支援は地方創生の基礎。経営の“仕組み”の欠如が疲弊を生む
  • 3. 一般論としての「経営企画」とは(5分)
    経営戦略・KPI設計・IRなど中小企業とのギャップを解説
  • 4. 中小企業における経営企画の翻訳(10分)
    「当たり前を実行可能な形に翻訳する」方法論
  • 5. 経営企画の三原則(5分)
    数字を見える化/仕組みで回す/翻訳して実行する
  • 6. まとめ(5分)
    経営企画は中小企業の“未来をつくる技術”

【ゲスト】
鍵政 達也(かぎまさ たつや)氏
ExePro Partner代表 経営コンサルタント
兵庫県神戸市出身。慶應義塾大学経済学部卒業。3児の父。
高校三年生まで「理系」として過ごすも、自身の理系としての将来に魅力を感じなくなり、好きだった数学で受験が可能な経済学部に進学。大学生活では飲食業のアルバイトで「商売」の面白さに気付き調理師免許を取得するまでのめり込む。
卒業後、株式会社船井総合研究所にて中小企業の経営コンサルティング業務(メインクライアントは飲食業、保育サービス業など)に従事。日本全国への出張や上海子会社でのプロジェクトマネジメントなど1年で休みが数日という日々を過ごす。
株式会社日本総合研究所(三井住友FG)に転職し、スタートアップ支援、新規事業開発支援、業務改革支援、ビジネスデューデリジェンスなどの中堅~大企業向けコンサルティング業務に従事。
その後、事業承継・再生案件において保育所運営会社の代表取締役に就任し、事業再生を行う。賞与未払いの倒産寸前の状況から4年で売上2倍・黒字化を達成。
現在は、再建企業の取締役として経営企画業務を担当する傍ら、経営コンサルタント×経営者の経験を活かして、経営の「見える化」と「やるべきごとの言語化」と実行の伴走支援を行うコンサルタントとして活動している。

【パーソナリティ】
倉増 京平(くらまし きょうへい)
ティネクト株式会社 取締役 / 株式会社ライフ&ワーク 代表取締役 / 一般社団法人インディペンデント・プロデューサーズ・ギルド 代表理事
顧客企業のデジタル領域におけるマーケティングサポートを長く手掛ける。新たなビジネスモデルの創出と事業展開に注力し、コンテンツマーケティングの分野で深い知見と経験を積む。
コロナ以降、地方企業のマーケティング支援を数多く手掛け、デジタル・トランスフォーメーションを促進する役割を果たす。2023年以降、生成AIをマーケティングの現場で実践的に活用する機会を増やし、AIとマーケティングの融合による新たな価値創造に挑戦している。
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(2025/7/14更新)

 

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