最近、村上春樹の「世界の終わりとハードボイルド・ワンダーランド」を読み直した。

これは、私が村上春樹の著作の中で最も気に入っているものの一つだ。

 

私が村上春樹を読むのは、「主人公が突然、理不尽な目に遭い、そして旅の中でそれを淡々と受け入れる」という、村上春樹の小説のテンプレートが好きだからだ。

恋人が突然自殺したり、友人から理不尽に絶縁を申し渡されたり、妻が突然家を出て、他の男のところへいったり。

 

ハードボイルド・ワンダーランドでもそれは例外ではない。

主人公は部屋を壊され、腹を切られ、挙げ句の果てにはマッドサイエンティストに脳みそをあれこれいじられ、「あと29時間で世界の終わりが来る」と告げられる。

ところが主人公は激昂もせず、取り乱すこともなく、淡々と飯を食い、ビールを飲み、床屋へ行って髪を切りたい、と言うのである。

 

しかし、考えてみれば、程度の差こそあれ、わたしたちも全く同じ状況に置かれている。

 

村上春樹の主人公のように劇的な出来事はないが、

「就職の時期が氷河期だった」

「苦労して銀行にはいったら、突然の不況でリストラが始まった」

「新しい上司と気が合わず、出世コースから外された」

なんていう、理不尽はいくらでもある。

 

世の中のパワーは圧倒的で、私たちは矮小だ。

だから私たちは日々、「自分ではコントロール出来ないこと」に苛まれて生きている。

村上春樹は、その「理不尽さ」を切り取る。

 

組織に踏み潰されるやるせなさ、自分の無力に対する寂しさを、主人公の口を借りて語る。

 

それに対してわたしたちが唯一できるのは、どうにもならないことをあれこれ考えず、今できることを粛々と行うこと。

飯を食い、酒を飲んで、セックスし、本を読み、音楽を聞き、掃除をし、無関心を武器にして不運と理不尽をやり過ごす。

 

そこに私は村上春樹の小説の「現代性」を強く感じる。

「現代の無力な我々」を表現するのが、村上春樹の小説なのである。

 

 

ハードボイルド・ワンダーランドにこんな一節があった。

世間には変化することとしないことがあるのだ。

変化しないことはいつまでたっても変化しない。タクシーの音楽もその一つだ。タクシーのラジオからはいつも歌謡番組か品の悪いトークショーか野球中継が流れいるものなのだ。

たしかに昔は、AMを流すタクシーが多かった。野球中継やら、深夜ラジオやら。

 

だが、最近は違う。

ラジオを流すタクシーは無くなってしまった。

調べてみると、どうやら「うるさい」というクレームを稀にもらうため、客を乗せているときにはラジオや音楽を消してしまうらしい。

 

しかし、タクシーの運転手さんのささやかな楽しみを、どうせ一生に一回しか会うことはないであろう、一部のクレーマー的な客が奪ってしまうのも、何か理不尽な気がする。

ラジオが嫌な客は、「消してくれ」と言えばいいだけの話だ。

 

ハードボイルド・ワンダーランドの主人公を理不尽な目に合わせている存在は、小説中で「組織(システム)」と「工場(ファクトリー)」と呼ばれている。

システムとファクトリーは、その圧倒的な力でわたしたちを理不尽な目に合わせている。

だが、システムとファクトリーを構成しているのも、また我々自身なのだ。

 

だから。私は思う。

タクシーの運転手さんのささやかな楽しみを奪わないようにしたい。

「世の中の理不尽の一部」になりたくない、と。

 

 

【Books&Appsからのお知らせ】
著書が92万部を突破しても、会社の成果につながるとは限りません。著者個人の知名度と、会社の事業成果は同じように生まれるのか——安達裕哉が自身の出版経験をもとに語るウェビナーを開催します。


📌 このウェビナーでお伝えする内容

✓ ベストセラーの刊行によって、著者本人にどのような変化や機会が生まれたのか

✓ 著者個人の知名度や信用が、会社の認知・採用・問い合わせ・商談へどう波及したのか

✓ 商業出版と企業出版では、目的・読者・活用方法・成果指標がどう異なるのか

✓ ベストセラーを目指さなくても、本を営業・顧客教育・信用形成・採用に活用する方法

✓ 自社が本を持つなら、誰の、どの意思決定を動かすために、何を書くべきか

✓ 一冊の本を、Web記事、メルマガ、ウェビナー、営業活動へ展開する考え方

【対象】

BtoB企業の経営者・経営幹部・事業責任者/営業・マーケティング・広報・採用の責任者/自社の専門性や強みを顧客にうまく伝えられていない方/企業出版に関心はあるものの目的や費用対効果を判断できていない方

🎁 参加特典(お申込者全員)
梶田洋平氏の著書『1冊の本で売上をアップする!BtoB事業者のための企業出版戦略とケーススタディー』
+「企業出版・目的設計チェックシート」をプレゼント

セミナー名:92万部のベストセラーは、会社に何をもたらしたのか?
開催日時:2026年8月27日(木)11:00-12:00
配信形式:オンライン(Zoomウェビナー)
参加費:無料
共催:ティネクト株式会社、ラーニングス株式会社


お申込み・詳細
こちらのウェビナー詳細ページ をご覧ください。

(2026/8/3更新)

 

 

【著者プロフィール】

◯Twitterアカウント▶安達裕哉

元Deloitteコンサルタント/現ビジネスメディアBooks&Apps管理人/オウンドメディア支援のティネクト創業者(tinect.jp)/ 能力、企業、組織、マーケティング、マネジメント、生産性、知識労働、格差について。

◯有料noteでメディア運営・ライティングノウハウ発信中(note.mu/yuyadachi

◯安達裕哉Facebookアカウント (他社への寄稿も含めて、安達の記事をフォローできます)

Books&Appsフェイスブックページ(Books&Appsの記事をすべてフォローしたい方に)

 

◯ブログが本になりました。