『「言葉」が暴走する時代の処世術』(集英社新書)という、京都大学総長の山極寿一さんと爆笑問題の太田光さんの対談本のなかで、太田さんが、アメリカの小説家、カート・ヴォネガットの言葉を紹介されていたのです。

太田光:これは、(カート・)ヴォネガットが言ってたことなんだけど、「愛する」とか、あまり考えるなって。無理に愛さなくていいから、ただ親切にだけはしろよと。

愛とか考え出すと、義務感が出てきて苦しくなる。愛なんか求めなくていいから、ただせめて人にはちょっとくらい親切にしろよと。

人にはそれぐらいの距離感で接していればいいんじゃないかな。人間の一生なんて、地球の長い歴史で見たらほんの一瞬のこと。ヴォネガットのメッセージが心に響くのは、人間ってその程度のものなんだと感じられるから。なんだかとても楽になるね。

「言葉」が暴走する時代の処世術 (集英社新書)

「言葉」が暴走する時代の処世術 (集英社新書)

  • 山極寿一,太田光
  • 集英社
  • 価格¥770(2025/06/09 23:33時点)
  • 発売日2019/12/18
  • 商品ランキング289,983位

僕はこれを2019年の終わりに読んで、少し心が軽くなったような気がしたのです。

 

医者という仕事をやっていると、「医は仁術(「算術」って言う人もたくさんいますけどね)」とか、「患者さんに対する人間愛」みたいなものを持たなくては、なんて思うのですが、現実は、そんなに簡単なものじゃありません。

相性が良くないな、と感じたり、理解困難なクレームをつけてきたりする人もいます。

夜中に呼び出されるとつらいし、日々、「めんどくさいという気持ちに負けそうな自分」と闘っているようなものです。

 

僕は特定の宗教を信仰しているわけではないけれど、世の中には、「他人を憎んではいけない。愛するようにしましょう」っていう建前があります。

少なくとも、「隣人を憎め」と公言する人はいません。

でも、感情として、どうしても許せない人や物事はあるし、つい、声を荒げたり、投げ出したくなってしまうこともあるのです。

 

このヴォネガットの言葉を知って、腑に落ちたんですよ。

 

「他者を愛する」というのは、感情の問題です。

そして、「どうしても好きになれない人や物事」は、誰にでもあって、それを克服して「愛せるようになる」のは、とても難しい。

「嫌いなものを愛しているフリをする」のは、すごくストレスになりますし、態度に出てしまいがちです。

そして、そういう「他者を愛することができない自分」がイヤになることもある。

 

それでも、「愛せないものは、愛せない」という前提に立って、「感情はさておき、行動として、『親切にする』ことはできる」のです。

 

嫌いな相手でも、いや、嫌いな相手だからこそ、「親切にする」ことで、相手に責められる隙を消すことができるし、仕事でもプライベートでも、「親切にふるまった人」が、「内心では相手を嫌っている」という理由で責められることはありません。

恋愛の場合は、例外もありうるかもしれませんが。

 

僕はこの言葉で、以前、Books&Appsで読んだ、『仕事ができたあの人は、とことん腹黒かった。』というエントリを思い出したのです。

 

この上司は、無能な部下を内心軽蔑しながらも、リーダーとして、「親切に」指導していました。

結果としてプロジェクトはうまくいき、このリーダーの内心を知らない部下たちは、リーダーに感謝したはずです。

 

このリーダーに対して、「腹黒い人間だ」と考える人は少なくないでしょうし、僕だって、自分が尊敬する人が、陰で自分の悪口を言っていたことを知ったら、怒るか落胆します。

そういう意味では、このリーダーは、著者に愚痴をこぼしてしまった分だけ、まだまだ修行が足りなかった、とも言える。

そのくらい鬱憤が溜まっていた、のかもしれないけれど。

 

逆に考えれば、「それほど内心にドロドロしたものを抱えていても、部下に愛着はなくても、プロジェクトを成功させられるくらい、『親切に』ふるまうことは可能」なんですよね。

 

僕は長年、「どうしても愛せない、というか嫌いな人」に対してイライラするような状況になるたびに、「でもこれは仕事だから」と自分を抑えてきました。

そんなダメな自分を発見するのは嫌だったけれど、愛せないものは愛せない。

 

でも、「愛せなくても構わないから、親切にしておこう。それが自分にとってもプラスになる」と割り切って、「親切に振る舞おう」と自分に言い聞かせると、けっこうラクになった気がします。

感情は(とくに、突発的な怒りや嫌悪は)コントロールするのが難しいけれど、言葉や行動は、感情よりはコントロールしやすいのです。

内心を隠して親切にする、というのは、なんだか役者になったみたいで、ちょっと面白くなることもあります。

 

もちろん、「愛する」ことができるようになれれば、それに越したことはないのでしょうが、「愛する」は「憎む」とコインの裏表みたいなものなのです。

診療をしていても、ネットで書いていても、「大ファンです」と言っていた人が、ひとつ気に入らないことがあると、「あなたがそんな人とは思わなかった」と、「敵認定」してくるのは珍しいことではありません。

だから、「あまりにも強い好感をぶつけてくる人」は、こわい。

 

今年の僕のテーマは「愛さなくていいから、他人には親切に」で行こうと思います。

だからって、お金を借りにこられても「親切に貸してあげる」ことはできませんのであしからず。

 

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【登壇者紹介】

安達 裕哉(あだち・ゆうや)
ティネクト株式会社 代表取締役/ワークワンダース株式会社 代表取締役CEO
Deloitteにてコンサルティング業務に従事後、監査法人トーマツの中小企業向けコンサル部門立ち上げに参画。大阪・東京支社長を経て、2013年にティネクト株式会社を設立。
ビジネスメディア「Books&Apps」運営。2023年には生成AIコンサルティングの「ワークワンダース株式会社」も設立。
著書『頭のいい人が話す前に考えていること』(ダイヤモンド社)は累計82万部突破。2023年・2024年と2年連続で“日本一売れたビジネス書”に(トーハン/日販調べ)。
日時:
2025/7/14(月) 16:30-18:00

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(2025/6/2更新)

 

 

【著者プロフィール】

著者:fujipon

読書感想ブログ『琥珀色の戯言』、瞑想・迷走しつづけている雑記『いつか電池がきれるまで』を書きつづけている、「人生の折り返し点を過ぎたことにようやく気づいてしまった」ネット中毒の40代内科医です。

ブログ:琥珀色の戯言 / いつか電池がきれるまで

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