つい先日、21 Lessonsというサピエンス全史を書いたユヴァル・ノア・ハラリの新刊を読み終わったのだが、そこに大変興味深い記述が書かれていた。

人間を団結させるという点においては、偽りの物語の方が真実よりも本質的に強力だというのである。

 

「嘘はよくない事だ」

おそらく僕だけではないと思うのだが、このような考え方を幼少期の頃に植え込まれた人は多いだろう。

 

私達の社会は本質的には嘘つきを表立っては良しとしない風潮がなんとなくある。

しかしである。世の人を強固に団結させているのは実はフェイクニュースなのである。

 

例えば一万円をファクトフルネスの目で見れば単なる印刷された紙だが、ほぼ全ての人間が一万円をマネーであるというファンタジーを信じている。

イソップ童話に裸の王様という話があるが、宇宙人がやってきて一万円を「これはただの紙じゃないか!」と指摘したとしても、私達は誰ひとりとして一万円の価値を紙と同じとは見ない。

 

「確かにこれは紙だが、これには様々な理由で一万円の価値があるんだ!」と声を荒げるだけで、一万円という価値へのファンタジーはびくともしないだろう。

 

仮に宇宙船で連れ去られて「この地球人はマネーという幻想に洗脳されているから、ワレワレが助けてあげよう」と脱洗脳を試みられたら、たぶん多くの人間は自我が崩壊するんじゃないだろうか(一万円をみて、ただの紙にしか見えない自分、想像できます?僕は無理です)

 

こうしてみればわかるが、マネーというファンタジーは、もはやアイデンティティレベルで自我と強固にくっついているのである。

 

これは非常に興味深い話である。

私達は嘘をつかれる事をあんなにも嫌うのに、その上で嘘を上手に社会に織り込んで営みを続けているのである。

 

嘘は1人の人間がつけば単なるフェイクニュースである。

だが、1000人が信じれば新興宗教になりえるし、60億人が信じればそれはポスト・トゥルースになる。

「一万円なんてただの紙だ!」と「王様は裸だ!」という風に声高に主張をし続ける人間は、残念ながら真実は人よりも見えているかもしれないが、この社会で上手に生き残る事は難しい。

 

人よりファクトが見えすぎるもの考えものなのである。

 

嘘を使いこなせる人間のほうが圧倒的にラクに生きられる

嘘は人を繋げる。

そう言われて改めて世の中を見渡してみると、異常なまでに人が集まるものは全て嘘だらけである。

 

例えば宗教。

多くの宗教は論理が破綻していたり、通常の人間では絶対にできない奇跡のようなものがポンポン起きる。

 

実は僕の家はとある仏教系の家系なのだが、年に何度か家族で集まって読経する義務があり、これが苦痛以外の何物でもなかった。

特に一番辛かったのが、ひたすら「かの観音を信ずるものは救われる」という非科学的な事が書かれているお経を音読させられる事であった。

 

「なんでこんな論理が破綻したお経をこの人達は真面目に読めるのだろう?」

 

家を出るまで、ずっとこんな事を思っていた。

しかし家を出て改めて冷静に振り返ると、確かに仏教は家族を取りまとめるという点においては、ある種の機能を果たしていた。

少なくとも僕が月に数回、数学やら科学の話をしようとか言っても、家族が1つの場に集ったかというと、とても想像し難いものがある。

 

ファクトで人を長い間引き留めるのは非常に難しい。

だが嘘はそれを容易にやってのける。それを日本で一番観察できる場所は東京ディズニーランドである。

 

舞浜にある夢の国の奇跡

東京ディズニーランド。「所在地である舞浜は千葉だろ!」と、名前の時点でまず嘘が入ったこの夢の国に、私達が学べることは非常に多い。

 

例えば園内ではミッキーマウスの帽子を被った人たちを散見できるが、冷静に考えると、あれはディズニーランド内以外ではとてもじゃないけどかぶれない代物である。

JR舞浜駅でつける事すら躊躇われるそれを、被ってもいいと思わせるあの空気。

実はこの空気が東京ディズニーランドの魅力の正体なのである。アトラクションやショーなんて、ただの飾りである。

 

テーマパークはその性質上、乗り物を簡単には入れ替えられない。

だから「ジェットコースターに乗りたい」とか「観覧車に乗りたい」という要素だけで生き残り続けるのは非常に難しい。

一部の好事家はともかく、ほとんどの人は同じジェットコースターに毎月乗りたいだなんて思わない。

 

それなのに、なぜディズニーランドには全国から人が殺到するのかといえば、あの夢の国の雰囲気に浸りたいという層が相当厚いからに他ならない。

色気のない日常生活から飛び立ち、夢の国で一日過ごし、顔色がツヤツヤになる大人・子供を見ていると、僕は雰囲気というものの凄みに心の底から圧倒される。

 

正直にいうと、僕はディズニーランドのなにがいいのかサッパリわからなかった側の人間である。

嫌いではないが、好きでもない。

どちらかといえば富士急ハイランドの方が好きな側の人間である。

 

だが、あるとき夢の国を毛嫌いしている人間が「あの宗教臭い雰囲気が自分には耐えられない」と言った時、「そうか。僕がディズニーランドをあまり好きになれないのは、家族に行かされた仏教の総本山を思い出させられるからなのか」と妙に得心した。

 

現代でも熱心な信徒は宗教の総本山に聖地巡礼する人たちがいるが、おそらく東京ディズニーランドに熱心に足繁く通う人達の行動原理もあれと同じである。

夢の国への聖地巡礼。そして満たされる現実からの開放・・・

 

と、ここでハタと気がついくのである。

私達が夢の国やを愛してしまうのは、現実があまりにも冷徹過ぎるからではないかと。

 

現実はあまりにも厳しいし理不尽だ

私達は雰囲気や嘘抜きに物事をみるのが非常に苦手である。

 

バンクシーというイギリスのストリート・アーティストがいる。

最近、彼の作品を小池百合子都知事とのツーショットが流れてきたのを見た人も多いんじゃないかと思う。

彼の作品にどれぐらいの値段がつくかというと、例えば最近だと老舗のオークションハウス「サザビーズ」で出品されたバンクシーの代表作《風船と少女》は1億5000万円もの値段で落札されている。

 

そんな彼だが、2013年に非常に興味深い試みを行っている。

一切の素性を隠して、路上で絵を60ドル(6000円)で販売したのである。

 

バンクシーが自らの絵をニューヨークの路上で1枚60ドル(約6千円)で販売するというゲリラセールを開催。はたして何枚売れたでしょうか? : カラパイア

 

さて、この路上販売だが、あなたはどれぐらい売れたと思うだろうか?

 

結果は約7時間の販売でお客さんは3人、売れた絵は8枚だという。

なお、この絵をオークションに出品すると、だいたい2000ドル(2000万円)ぐらいの値段がつくとの事である。

路上に2000万円が6000円で転がってても気が付かないのが、私達のリアルなのである。

 

実はこれは私達の社会も同様である。

多くの親が必死になって子供に勉強に駆り出させ学歴を獲得させたがってるのは、親が”社会”というファンタジーの中の住民だからに他ならない。

そのファンタジーに飲み込まれる前のファクトがみえすぎる子供からすれば、親が子供の受験に躍起になる気持ちなんて一ミリも理解できないだろう。

 

社会というファンタジーに飲み込まれた親に、ファクトがみえる子供が「やりたくもない勉強なんてやって、なんの意味があるのか」といくら問いかけ

「いつかきっと無理にでも勉強させられた事を感謝する」というのはなんていうかある種の喜劇である。

 

「どうせお前もいつか社会に洗脳される。洗脳された時、自分についた”見えない”品質保証のタグが”見える”ようになる」

たぶん、こういう事を言っているからだ。そしてそれは間違ってない。

 

自分に品質保証のタグがつくスピードは残念ながらもの凄く退屈かつ遅く、失敗の許されない冷徹な世界である。

学歴なら18年もの歳月が必要だし、芸術の世界だと死後になってようやく評価されるだなんて事もザラだ。

 

上手く行けば・・・カルロス・ゴーンさんのように、年収16億円という”ファンタジー”が自分の中につくかもしれない。

けど失敗したり、いつまでたっても評価されなかったら・・・別の世界線・・・アナザー・ワールドに飛びたくなる、そういう気持ちはわからなくもない。

 

そうしてみて改めて自分の家族が所属していた仏教のお経に書かれた「かの観音に願えば全てがうまくいく」というアナザー・ワールドの示す世界は優しいなと思うし、ゴミひとつ転がっていない夢の国の、あの薄ら寒いほどの優しさに身が沁みるのである。

 

カルロス・ゴーンさんはきっと毎日が東京ディズニーランドにいるかのような夢心地だったに違いない。

自分の身に16億円もの年収がつく”ファンタジー”を生きていたのだから。

だから彼がレバノンに高跳びし、アナザー・ワールドに飛ぶ有様をみて思うのだ。

 

あそこまで現実で肥大しきったファンタジーを持ってしまったら、東京ディズニーランドで被り物をするだけじゃ己の魂の痛みを鎮痛できないんだろうな、と。

 

肥大しすぎた自尊心をリアルで持ててしまうのも考えものである。

人生、意外とディズニーランドで被り物をして楽しめるぐらいがちょうどいいのかもしれないなと、僕は久方ぶりの夢の国で思ったのだった。

 

 

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(2020/4/8更新)

 

 

【プロフィール】

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高須賀

都内で勤務医としてまったり生活中。

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(Photo:Seb Lee-Delisle