少し前に受けた、R25の記事の取材で、人間関係の「信頼残高」の話になった。
「“好きを仕事に”は、マーケットを無視してる」moto×安達裕哉が語る「いい転職」の本質
悪い状態で評価が確定するというのは「信頼残高」が尽きてるという状態です。
「信頼残高」が尽きてしまったら、その会社では何をやっても認められない。
(R25)
実際、組織での評価は多くの場合「成果」だけで決まるわけではない。
多くの組織では「成果」がどこまで個人のものかを、厳密には切り分けていないからだ。
だから、多くの場合、成果は評価の一部に過ぎず、「信頼残高」が大きくものを言う。
ところでこの「信頼残高」とは何か。
信頼残高とは、世界的ベストセラーで自己啓発書の古典である「7つの習慣」に登場する概念だ。
端的に言えば「信頼」とは銀行口座のお金のようなもので、人の信頼を得る行為をすれば残高が増え、人の信頼を裏切る行為をすれば、残高が減る。
そして、その残高は人間関係における安心感に相当する。
銀行の預金口座がどのようなものかは、誰でも知っている。お金を入れれば残高が増え、必要なときにお金を引き出せる。
それと同じように、人と人の関係で生まれる信頼を貯えておくことを銀行の口座にたとえて、信頼口座と呼ぶことにしよう。
それは、人間関係における安心感でもある。
たとえば私があなたに対して礼儀正しく接し、親切にし、約束を守れば信頼口座の残高が増える。
残高が多くなるほど、あなたは私を信頼してくれるから、私は必要なときにいつでも、あなたの信頼を頼ることができる。
何か失敗をしても、私に対するあなたの信頼のレベルが高ければ、つまり信頼残高が多ければ、それを引き出して補うことができる。
私の言葉に足らないところがあっても、あなたは私の言いたいことを察してくれるだろう。たった一言で仲たがいする心配はない。
信頼口座の貯えが多ければ、コミュニケーションは簡単に、すぐに効果的になる。
しかし、私があなたに日頃から無礼をはたらいたり、見下したり、あなたの話の途中で口を挟んだり、あなたの行動に過剰反応して騒ぎ立てたり、無視したり、気まぐれな態度をとったり、あなたの信頼を裏切ったり、おどしたり、あなたの生活を私の意のままにしようとしたりすれば、信頼のレベルは下がる一方であり、そのうち私の信頼口座は残高不足になってしまう。
そしてあなたとの関係に融通がきかなくなる。
したがって、ある人物との信頼残高が十分にあれば、人間関係は円滑で、協力的で、生産的である。
逆に低ければ、人間関係はギクシャクし、事あるたびに対立し、一緒にいるだけで疲れてしまう。
よく「この世は所詮、何をいうかでなく誰がいうかだ 」と皮肉を言う方がいる。
が、私はある意味「それは当然」とも思う。
なぜなら、人の発言の中身を都度判断するのは恐ろしくコストがかかるからだ。
「信頼残高」をみて、「信頼の置ける人の発言だから正しいだろう」と判断をするのは、
限られた資源しか持たない人間の生存のための知恵の一つだ。
もちろん、これらには「ハロー効果」や「確証バイアス」など、各種の判断ミスを引き起こす要因を無視することはできない。
それでも、費用対効果からすれば、他人の発言をいちいち検証するよりも、「あの人の言うことだから」を合理的だとするのは、特に悪い考えではない。
「私は正しいことを言っているのに、あの人達はわかってない」
と嘆く人もいるが、それは「商品さえ良ければ売れる」と思っている経営者と同じくらい、世の中をわかっていない。
その人は「口先だけ」と思われているのだ。
自分の言葉を聞かない人々を馬鹿にする前に「まず信頼されよ」は、この世を生き抜く知恵である。
したがって、優れたカウンセラーはアドバイスをする前に、まずは相談者との信頼関係を構築しようとする。
例えば以下の2つの相談は対照的だ。
一人は東大入学式で挨拶をした上野千鶴子さん、もうひとりは劇作家の鴻上尚志さんだ。
・「息子がいじめに加担している」…悩む45歳父親へ鴻上尚史がおくる魂の回答「いじめと闘う道を歩くために」
リンク先の内容を見ていただくと、読者の方もおわかりと思うが、鴻上尚志さんのほうが圧倒的に優れたカウンセラーだ。
なぜなら、鴻上尚志さんは相談者にアドバイスをする前に、相談者との間に「信頼を築こう」と心を砕いているからだ。
逆に上野さんは、信頼関係を築くどころか相談相手を非難し、あまつさえ、相談者を断罪しているようにも見える。
どちらの意見を聞く気になるのかは、明白だ。
人を動かすのは意見の正しさではなく、信頼関係である。
*
かような理由で、「信頼残高の積み上げ」は非常に重要な話なのだが、
「どうすれば信頼残高を積み上げることができるのか」という話も、等しく重要だ。
「積み上げる方法」は、7つの習慣によれば、以下のようなものだ。
◯黄金律
人を真に理解し「汝の欲するところを、人に施せ」という黄金律に従いなさい。
◯小さな気遣いをする
人の心は傷つきやすい、ほんの少し思いやりが足りないだけで、信頼残高は減ってしまう。
細心の注意を払いなさい。
◯約束を守る
守れない約束はしてはなりません。
◯期待を明確にする
期待は暗黙ではなく、明確にしなさい。言った言わないが無いようにしなさい。
◯誠実さを示す
率直に、正直に物を言いなさい。
◯引き出してしまった時には心から謝る
相手の信頼を損ねたら、強い心で、すぐに謝りなさい。
ところが、である。
この「7つの習慣」で述べられていることはシンプルなのだが、実践しようとすると難しい。
実際、私がこれを読んだときの偽らざる本音は、下のようなものだった。
人を真に理解する → どうやって?人の気持ちなんて分かるのか?
小さな気遣い → いつも気を張っていなければならないなんて、疲れてしまう
約束を守る → 確実な事以外、約束できなくなってしまう……
期待を明確にする → 相手に「何を期待していますか?」と聞いても、期待は出てこない
誠実さを示す → 正直に物を言うのはトラブルの原因
引き出してしまった時には心から謝る → 相手の信頼を損ねたかどうか、表情からはわからない
「理想論だろ」と7つの習慣を嗤う人の気持ちもよく分かる。
ということで、しばらく悩んだのだが、
少なくとも仕事をする上では、結局、上の6つは、実行しやすい形で「変換」できることに気づいた。
×黄金律◯白銀律
実践するなら、「自分がしてほしいことを、他者にもせよ」という黄金率よりも白銀律、すなわち「自分がされて嫌なことは、人にするな」という、白銀律のほうが遥かに確実だ。
他人の心は見えないが、自分で考えていることはある程度わかるからだ。
×小さな気遣いをする◯礼儀ただしく振る舞う
私に「心遣い」などという高度な振る舞いは不可能だが、「礼儀」は結局作法の問題、型を守れば良いので、比較的実践しやすい。
礼儀さえ正しければ、滅多なことで他者の信頼残高を減らすことはない。
×守れない約束はしない◯結果を出す
約束なんてする必要はない。
「全力は尽くす」とつたえ、単に結果を出せば良い。
×期待を明確にする◯不言実行
常に言葉よりも行動を。言葉の前に行動を。
不言実行は有言不実行に勝るというのは、不変の真理なのだ。(ナシーム・ニコラス・タレブ)
×期待を明確にする◯話をよく聞く
どうせ、人が自分に期待していることなんて、コロコロ変わるし、言われたことも本音かどうかはよくわからない。
ならば、「その人の話をよく聞く」だけで良い。
仮に認識が間違っていても、よく聞けば早く修正もできる。
×誠実さを示す ◯他者の悪口を言わない
二面性のない人=誠実な人、ということであれば、「悪口を言わない」という一点を守るだけで誠実さを体現することができる。
×すぐ謝る◯犠牲を払う
言葉で謝ることにそれほど意味はない。
口先よりも金銭的、時間的「犠牲」のほうが遥かに信頼を取り戻すことが出来る。
結局、身銭を切らない限り、人の信頼は得られない。
*
つまり「7つの習慣」の中の言葉を借りれば、
「自分の行動で招いた問題を、言葉でごまかすことはできない」ので、
信頼とは、心構えや言葉で生み出されるものではなく、行動から生み出される。
この一点を理解しているかどうかで、「信頼されるかどうか」は決まる。
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(2024/12/6更新)
【著者プロフィール】
◯Twitterアカウント▶安達裕哉
元Deloitteコンサルタント/現ビジネスメディアBooks&Apps管理人/オウンドメディア支援のティネクト創業者( tinect.jp)/ 能力、企業、組織、マーケティング、マネジメント、生産性、知識労働、格差について。
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Photo:Joi Ito