世界中でコロナウイルスの感染拡大が止まらない。
先週から日本でも取り沙汰される都市封鎖。
私が暮らす北京は実質的な都市封鎖(ロックダウン)から既にほぼ2ヵ月が経つ。
少しずつ経済活動が再開しつつあるとは言え、いつになったら自由な往来が出来るようになるのか先は見えない。
だが、中国政府が新型肺炎の感染拡大を明らかにした2ヵ月前の時点でこのような長期戦になると予想していた人が何人いただろうか。
丁度中国では春節休暇(旧暦の正月)を迎え、全国でのべ30億人が移動するという帰省ラッシュの真っ盛り。
私自身も中国人の友人の実家を訪ねようとチケットやお土産も購入済みだった。
こうした日常は突如発表された感染拡大と都市封鎖によって暗転した。
新型肺炎が最初に確認された中国・武漢市。
武漢大学は毎年600万人もの観光客が訪れる桜の名所として知られている。
先日桜の見頃を迎えたが、キャンパスは閉鎖され、花見をする人は一人もいない。
最早日本も対岸の火事ではない。
日本でも花見の季節が到来した。
咲き誇る桜と行き交う人のない道路。
このままではこれが日本の今年の春景色となってしまうかもしれない。
都市封鎖は私たちの日常風景をどのように変えてしまうのだろうか。
厳戒態勢下の北京
私の暮らす団地ではパスポートと結び付いた出入証が配布され、出入りの際には出入証の提示と検温が必須。
チェックは厳格で、迂闊にも出入証を忘れて外に出ようものなら家に二度と帰れなくなるリスクすらある。
郵便の配達員も団地の門を潜ることは出来ず、門の前には郵便物の受取所が設置されている。
希望をすれば配達員が受取台に商品を置いてから距離を取り、それから商品をピックアップする無接触配送も可能だ。
筆者撮影:団地の入口には検問所が設けられ、出入証の提示と検温が必要。右手に見えるのは郵便物の受取所。
レストランは大部分が閉店、営業している店も基本的にはテイクアウトしかすることが出来ない上、商品を受け取る為には名前や連絡先を伝えなければならない。
もしその店から感染者が出た場合に接触者を探すためだ。
3月に入るまで街は文字通り人っ子一人いない状況で、ある時やむを得ない用事で地下鉄に乗ると乗客は全車両で私一人だった。
筆者撮影:通勤ラッシュ時の北京市内の地下鉄10号線。山手線に相当する主要路線で1月まではいつも満員列車だった。
美容院でも散髪はマスクをしながら。
そもそもまだ営業を再開していない店舗も多く、ある友人は止むを得ず妻に髪を切ってもらったという。
市外から北京に入る場合には2週間の隔離が必須だ。
居住区の出入口も含め検問が至るところにあるからこっそり帰宅することは物理的に不可能。
携帯のGPSを調べられれば過去の行動履歴がバレてしまうので、嘘をつくことも出来ない。
中国では共産党組織が社会の末端まで細胞のように行き届いており、今回のコロナウイルスへの対応ではその動員能力を遺憾なく発揮した。
こうした取組の結果、感染拡大は終息に向かい、街を行く人通りも目に見えて増えてきている。
中国政府の発表する統計の正確さはわからないが、肌感覚として、これだけ厳しい措置が行われれば感染拡大は流石に抑え込められているのではないかと感じる。
大きな代償
勿論こうした厳しい措置に伴う代償は計り知れない。
感染源となった湖北省では1月23日の武漢市のロックダウンを皮切りに次々と厳しい移動制限が行われていった。
中には一切の自由な外出が禁じられ、食物や日用品は配給に近い制度が採られた地域もあった。
湖北省に暮らす友人は感染を全国に広げないために封鎖された点を形容して、「湖北省は捨て子みたいなものだ」と言う。
経済活動が大きな制限を受けたため、収入源を絶たれた友人も少なくない。
物流も影響を受け、商品によっては値上がりしている。
「子供の誕生日に好物の豚足を買ってあげようと思ったが、値段が2倍の35元(約560円)になっていた」
いつ元通りの収入が得られるようになるかわからない中で、数十円の出費にも敏感にならざるを得ない。
市外から北京に戻ってきた場合には一律2週間の自宅隔離が求められる。
その際、家から出られないように扉はテープで目貼りされ、さらに「隔離戸」という標識まで貼られるケースも耳にする。
帰省先から北京に戻ってきた知人はまさにこうした措置を受けて「毛沢東時代のやり方と何ら変わらない。人権侵害だ」と憤る。
もはや他人事ではない
一党支配体制の中国だからこんな極端な措置が採れるんだ。日本とは別の国の話だ。
そうお考えになる方が殆どかもしれない。
正直、中国に身を置く私自身でさえ当初はそのように考えていた。
だが、今やニューヨーク、ロンドン、パリという世界的な大都市が次々と外出禁止に踏み込んでいる。
生命を守るという大義の前に自由や人権は二の次となり、マジョリティの利益を守る為にマイノリティの利益が損なわれるのは仕方がない。
中国で行われたのはこういう考え方に基づく措置だ。
そして、自由や人権という観点から中国の措置を批判していた欧米諸国も、この両者のバランスをいかに取るのか、という難しい決断を迫られている。
欧米の感染拡大からもわかるように、感染が広がる時はあっという間だ。
生命を守りつついかに自由や人権を保障するのか。
感染拡大を防ぎながらいかに経済・社会活動を回していくのか。
日本がこうした決断をしなければならない日もすぐ目の前に迫ってきている。
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【プロフィール】
ぱん田
北京駐在中のサラリーマン。中国留学経験あり。
小説は宮城谷昌光、ノンフィクションは安田峰俊のファン。
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