近年、「読解力が低下している」という嘆きをよく耳にする。
実際、PISA調査で、日本の高校1年生の読解力は15位に急落したらしい。
PISA調査 日本の15歳、読解力15位 3年前より大幅ダウン 科学・数学的応用力はトップレベル維持
経済協力開発機構(OECD)は3日、世界79カ国・地域の15歳を対象として2018年に実施した国際学習到達度調査(PISA)の結果を公表した。
日本は読解力が前回(15年調査)の8位から15位と大きく後退したほか、数学的応用力が前回の5位から6位に、科学的応用力も2位から5位に順位を落とした。
文部科学省では、読解力の記述式問題などで課題が浮き彫りになったとみて、学力向上策など検討する。
にしても不思議だ。
高校生たちが文章に触れていないかというと、まったくそんなことはない。
SNSや動画のコメント、ネットニュース、まとめ記事……「文章」に触れる機会はいくらでもある。
ネットではたくさん文章を読んでいるのに、それでもみんなが口をそろえて「読解力がなくなった」と言うのは、なんでなんだろう?
文章を読めていない人があまりにも多いという事実
少し前に話題となった『AI vs. 教科書が読めない子どもたち』という本では、子どもたちがいかに「読めていないか」を丁寧に解説している。
全国2万5000人を対象に実施した読解力調査でわかったことをいくつか並べると、
・中学校を卒業する段階で、約3割が(内容理解を伴わない)表層的な読解もできない
・進学率100%の進学校でも、内容理解を要する読解問題の正答率は50%強程度である
・読書の好き嫌い、科目の得意不得意、1日のスマートフォンの利用時間や学習時間などの自己申告結果と基礎的読解力には関係はない
とのこと。
つまり
「文章を正しく理解できない人が想像以上に多い」
「しかも読解力を上げる、下げる要因はわかっていない」
とのこと。これは由々しき事態だ。
「いやまぁ俺は読めてるけどね」と余裕たっぷりの人のために、同書から例題を2つほどお借りし、かんたんに紹介したい。
【1】
仏教は東南アジア、東アジアに、キリスト教はヨーロッパ、南北アメリカ、オセアニアに、イスラム教は北アフリカ、西アジア、中央アジア、東南アジアにおもに広がっている。
→オセアニアに広がっているのは( )である。
1.ヒンドゥー教
2.キリスト教
3.イスラム教
4.仏教
【2】
この二つの文が表す内容は同じか、異なるか。
・幕府は、1639年、ポルトガル人を追放し、大名には沿岸の警備を命じた。
・1639年、ポルトガル人は追放され、幕府は大名から沿岸の警備を命じられた。
【1】の正答率は、高校生で72%。
解答したのは進学率ほぼ100%の進学校に通っている生徒であるにもかかわらず、10人のうち3人は、この文章が理解できていないのだ。
【2】に至っては、中学生の正答率はたったの57%。2択問題なので、適当に答えても5割は正解する問題にもかかわらず。
ちなみに答えは、「キリスト教」と「異なる」である。
さてみなさん、無事正解できただろうか。
適当に読んでたいして理解できなくても困らない問題
同書には「読解力を下げる要因ははっきりとはわからない」と書かれているが、わたしには読解力に影響を与えそうな要素にちょっと心当たりがある。
それは、「流し読みの習慣」だ。
上の例題に答えるとき、あなたはきっと文章を3度読み、答えを決め、確認のためにもう一度問題の文章を読んでから記事を読み進めたのではないだろうか。
少なくともわたしはそうだった。だって、まちがえたくないもん。
しかし日常生活で、そこまで用心深く「読む」ことはほとんどない。
ネットニュースは、スクロールしながらさらっと目を通すだけ。
新聞は文字が多いから、見出しを一通り見たらそれでOK。というか、新聞なんてそもそも読まない。
マンガは絵を見ていればあらかた内容を理解できるし、SNSも短文がメイン。句読点ごとに改行する人だっているくらいだ。
きっちり読み込まなくても別にいい。なんとなく趣旨さえわかっていればそれでじゅーぶん。
それくらいの気持ちで文章に触れている人も多いだろうし、それでも困らない。
そう、問題は、たぶんここなのだ。
「適当に読んでたいして理解できてなくても、困らない」。
流し読み前提のネット文章に慣れすぎたわたしたち
実際、多くのまとめサイトでは、マニュアルとして「記事の紹介と結論を冒頭に」「だれが読んでもわかる文章を」というルールを設けている。
まず最初に「この記事はこれについて書きますよ。結論はこうです」と表明し、文章は短く改行を多くすることが「正しい」やり方とされているのだ。
文章だけだと飽きられるから、画像だって適宜入れる。むずかしい言葉は使わない。
読者は知りたいことを検索して記事を見つけ、その答えが書かれている部分しか読まないのだから。
もちろん、ネットでもそういう記事ばかりではない。
おもしろい内容のほうがいいに決まってる。
とはいえ、電車が来るまでの3分の暇を潰せる記事、SNSの話題についていける旬な記事を、「流れてくるから」という理由でクリックする読者がほとんどだ。
なんどもなんども読んで、吟味して、自分なりの考えをもって再読して……なんてやってくれる読者の方がいれば、筆者としてはめちゃくちゃうれしいわけだけど。
でもネット記事でそれを期待するのは、ちょっと筋違いだとも思う。
要は、ネットにある文章というのは、ポイ捨てする・される前提で書かれているものが多いのだ。
だから流し読みでも理解できる内容になるし、読者もそれに慣れていく。
「読む覚悟」をもって文章と向き合うことなんて必要ない?
「スマホの使用時間が読解力に影響する」という調査結果は得られなかったそうだが、少なくとも流し読みの習慣は、スマホによるものが大きいと思う。
適当なところをつまんで読んで、頭の中で適当につなぎあわせて、「まぁこういうことだろう」と適当に納得する。
それでも困らないから、流し読みがどんどん癖になっていく。
だって、本気で文章を読み込むって、時間も労力も必要で面倒くさいんだもん。
「読む」より「眺める」ほうが圧倒的に楽。
頭の中で辻褄を合わせれば、まぁだいたいのことはわかった気になれるし、それで十分。
「本を読むと3分で眠くなる」という人でも3時間ネットニュースを読めるのは、単に流し読みして脳みそを使っていないからだと思う。
読んでいるのではなく、眺めているのだ。
でもネット記事の多くは、「眺めるだけでわかるように」を意識してつくられているから、それでも困らない。
そして、困らないことがきっと、問題なのだ。
「読む」ということ自体を苦痛に思う人は、ネットニュースやSNSで読むことだって苦痛のはず。
でも実際、「読むのが嫌い」という人は主に、「本を読むのがイヤだ」という。
それは、本は、眺めているだけでは内容が入ってこないからだ。
「読書」には「読む覚悟」が要求される。
ちゃんと文章を順番に読んで理解しないと、なにがなんだかわからなくなってしまう。
専門書にはむずかしい言葉が出てくるし、前提を理解していないと結論についていけない。
小説だって、行間に漂う空気を読み取れなければ、「へーそう」で終わり感動できない。
流し読みに慣れている人にとって「ちゃんと読む」は苦痛だから、「読書嫌い」が増えているんじゃないかなーと思う。
そう考えると、読書離れが進むなかで多くのライトノベルがミリオンセラーを達成している理由にも納得がいく。
多くのラノベは、「流し読みでもわかる」「深く考えずともストーリーを追える」ようになっているし、挿絵もある。
改行は多いし文字も大きい。
読む覚悟なんてなくとも内容を理解できるから、ラノベは多くの人にとって「読みやすい」のだと思う(もちろん、ラノベの魅力はそれだけではないが)。
ネットで記事書いてるライターとして、流し読みを「ダメ」だというつもりはまったくない。
ぼーっと眺めて読んだ気になることが悪いわけじゃないし、だれが読んでもわかる内容というのは、ある意味「質が高い」ともいえる。
でも、読むことへの覚悟が問われないなら、読むことに対して真摯にならなくなるのもまた当然だよなぁ、とは思う。
文章を通じて頭を使う練習をしなければ読めなくて当然
読解力というのは、文章を通じた筆者と読者のコミュニケーションだ。
筆者のメッセージを理解するため、知識や感動を自分のものにするために頭を使うことが、わたしが定義する「読解力」である。
それは専門書だろうが、小説だろうが、自己啓発だろうが、インチキ医療本だろうが、基本は同じ。
「読書量と読解力は比例しない」という調査結果もあるようだが、適当に読んでたらそりゃ読解力がつくわけがない(別調査では相関関係が認められているので、実際のところはよくわからないけれど)。
読解力を「読む力の偏差値」と考えると、「偏差値をあげる努力をせずにある程度できるだろう」と思うほうが甘い気がする。
受験が終わって3ヶ月もすれば、必死で覚えた年号だって忘れるものだ。
しっかり読み込むという作業から年単位で離れている人たちに、当然のように「読める」力を期待するのもおかしな話だろう。
だってふだん、注意深く文章と向き合う必要なんてない生活を送っているのだから。
そして注意深く文章を読まなくてもOKとしたのが、わたしたちが日常的に触れているインターネットなのだと思う。
というわけで、読解力の低下には「流し読み習慣」が影響していて、読解力を上げるためには「筆者が伝えたいことを理解するために頭を使う」経験と習慣が必要だと思うのだが、いかがだろうか。
【安達が東京都主催のイベントに登壇します】
ティネクト代表・安達裕哉が、“成長企業がなぜ投資を避けないのか”をテーマに東京都中小企業サイバーセキュリティ啓発事業のイベントに登壇します。借金=仕入れという視点、そしてセキュリティやDXを“利益を生む投資”とする考え方が学べます。

こんな方におすすめ
・無借金経営を続けているが、事業成長が鈍化している
・DXやサイバーセキュリティに本腰を入れたい経営者
・「投資」が経営にどう役立つかを体系的に学びたい
<2025年7月14日実施予定>
投資と会社の成長を考えよう|成長企業が“投資”を避けない理由とは
借金はコストではなく、未来への仕入れ—— 「直接利益を生まない」とされがちな分野にも、真の成長要素が潜んでいます。【セミナー内容】
1. 投資しなければ成長できない
・借金(金利)は無意味なコストではなく、仕入れである
2. 無借金経営は安全ではなく危険 機会損失と同義
・商売の基本は、「見返りのある経営資源に投資」すること
・1%の金利でお金を仕入れ、5%の利益を上げるのが成長戦略の基本
・金利を無意味なコストと考えるのは「直接利益を生まない」と誤解されているため
・同様の理由で、DXやサイバーセキュリティは後回しにされる
3. サイバーセキュリティは「利益を生む投資」である
・直接利益を生まないと誤解されがちだが、売上に貢献する要素は多数(例:広告、ブランディング)
・大企業・行政との取引には「セキュリティ対策」が必須
・リスク管理の観点からも、「保険」よりも遥かにコストパフォーマンスが良い
・経営者のマインドセットとして、投資=成長のための手段
・サイバーセキュリティ対策は攻守ともに利益を生む手段と考えよう
【登壇者紹介】
安達 裕哉(あだち・ゆうや)
ティネクト株式会社 代表取締役/ワークワンダース株式会社 代表取締役CEO
Deloitteにてコンサルティング業務に従事後、監査法人トーマツの中小企業向けコンサル部門立ち上げに参画。大阪・東京支社長を経て、2013年にティネクト株式会社を設立。
ビジネスメディア「Books&Apps」運営。2023年には生成AIコンサルティングの「ワークワンダース株式会社」も設立。
著書『頭のいい人が話す前に考えていること』(ダイヤモンド社)は累計82万部突破。2023年・2024年と2年連続で“日本一売れたビジネス書”に(トーハン/日販調べ)。
日時:
2025/7/14(月) 16:30-18:00
参加費:無料
Zoomビデオ会議(ログイン不要)を介してストリーミング配信となります。
お申込み・詳細
お申し込みはこちら東京都令和7年度中小企業サイバーセキュリティ啓発事業「経営者向け特別セミナー兼事業説明会フォーム」よりお申込みください
(2025/6/2更新)
【著者プロフィール】
名前:雨宮紫苑
91年生まれ、ドイツ在住のフリーライター。小説執筆&
ハロプロとアニメが好きだけど、
著書:『日本人とドイツ人 比べてみたらどっちもどっち』(新潮新書)
ブログ:『雨宮の迷走ニュース』
Twitter:amamiya9901
(Photo:Michael Coghlan)