つい先日、子持ちの女医さんと談笑していたのだが、そこで色々考えさせられる話を聞いた。
彼女は家の近くの保育園に子供を預けているそうなのだが、そこで保育園側にこう相談されたのだという。
「複数の親御さんから、○○さんの子供を保育園に連れてくるのを辞めて欲しいと言われまして・・・」
「なんでも、○○さんが医療関係者だという事で、そこから我が子へコロナの危機が及んだらどうなるか責任取れるのか、と」
「正直・・・保育園側としては、対応に本当に困っておりまして・・・」
結局、すったもんだの果てに彼女は子供を病院併設の保育園へと転園させることを決めたという。
これは随分とのっぴきならない話だが、もっと頭が痛いのが小学生の子供の事だという。
いまは休校中であるからいいものの、新学期が始まったら親が医者である事によるコロナウイルスにかこつけた我が子へのイジメが始まるのではないかと気が気でないそうだ。
「正直、最初はこのコロナウイルス騒動が始まった時、自分が目立つ形でみんなの役にたてる事に誇らしさを感じていたの」
「けど最近、自分がいったい誰のために頑張ってるのか、よくわからなくなってきた・・・」
そう話され、僕は言葉を失った。
似たようなケースは結構全国でもあるようで、僕は本当にこのウイルスとの戦争が一筋縄でいかない問題である事を痛感させられた。
新コロって奴は、人を病に陥れるだけでなく、私達の絆にすら切り込んでくるのである。
私の後輩は最前線で新型コロナウイルスの診療をしているのですが、保育園からの保育拒否、病院内でも差別を受けているという、悲痛なメールが届いた。
「私は、何のために戦っているのかわからない」に返す言葉が出てこなかった。 pic.twitter.com/3wV20Fa9Vd
— インヴェスドクター (@Invesdoctor) March 30, 2020
医療従業者が被差別の民になるとき
冒頭のエピソードも随分と酷い話だが、コロナがアウトブレイクしたインドでの話はもっと凄い。
新型コロナと闘う「英雄」への攻撃多発、家から追い出された医師も インド
新型コロナウイルスのパンデミック(世界的な大流行)拡大を受け、インドでは「英雄」として称賛されていた医師や看護師、宅配ドライバーなど、最前線で働く人々が攻撃の標的になっている。
中には、パニックに陥った住民たちから家を追い出される事例まで発生している。
インドでは「英雄」として称賛されていた医師や看護師、宅配ドライバーなど、最前線で働く人々が、いまでは攻撃の標的になっているというのである。
コロナウイルスは人から人に感染する。
最前線で戦うそれらの人が、通常よりコロナウイルス陽性者に触れる機会が多いのは事実だ。
そして、それが原因であなたに新コロが伝播する事は・・・残念ながら否定はできない。
インドではこれら「英雄」とされている人達が攻撃の対象になるだけにおさまらず、パニックに陥った家主や住宅供給者から自宅を強制的に追い出されているという。
「多くの医師たちは国内各地で、行くあてもなく、すべての家財を持って路上で立ち尽くしている」
新コロのアウトブレイクでこんな有様にまで事態が加速するだなんて、一体誰が予測できただろうか。
医療従業者ですらコロナに関わりたくないという人がそこそこいるのも事実でもあり、専門外の人に「恐れるな」だなんて僕にはとてもじゃないけどいえたものではない。
最前線で戦う民の1人としては
「そりゃないぜ。ふじこちゃ~ん」
という感じである。
米医師の中でもCOVID患者を積極的に診たい医師と診たくない医師に分かれている。尚、周囲は診たくない方が多い。
普段重篤な患者を診ても何とも思わない医師ですら診たくない状況。特に基礎疾患の無い若い患者が一瞬で呼吸不全に陥っていくのを見て戦々恐々としている。自身の生命の危機を感じている
— ゆるふわますい🥟 (@jpusanes) March 27, 2020
ケガレを嫌うその心は、進化心理学的には間違っていない
ケガレを嫌う民の行動は恐ろしい。
恐ろしいのだが、それが進化心理学的には必ずしも誤りではないというところにこの問題の難しさがある。
これもまた別の人から聞いた話なのだが、彼女が子供をつれてマスクを付けずに歩いていたら、道の中で知らない人から怒鳴られたのだという。
「この街ではコロナウイルス陽性者が出てるんですよ!!!???マスクをつけずに歩くだなんて、信じられない。あっち行って!!!」
この話をきいて、僕はようやく朝のドラッグストアに人が並ぶ理由を理解できた。
「そうか。マスクをつけてないと、村八分にされるのか・・・」
イジメの被害者にならないために、マスクが役に立つ日がくるだなんて・・・世も末である。
国が各家庭に布マスクを配るのは、つまるところそういう事なのだ。
ムラ社会というのは本当に凄い。
そこでは僕のような空気を読めない
「マスク?なんでそんなもの付けなくちゃいかんのじゃ」
というノーテンキな人間は
「ヒャッハー、汚物は消毒だ~」
とひとたまりもなく圧殺される。
空気を読んで、皆がする事にただただ従う。
鎖国ウン百年の歴史を誇るだけはある。
日本人はDNAレベルでこういうイベントに強いのだろう。
日本が他国と比較して感染爆発がスローペースなのは、上記のような要因が絡んでいるのかもしれない。
NEW: Sunday 29 March update of coronavirus mortality trajectories
• UK still tracking Italy. Death toll doubling every 2.8 days
• US curve still steepening, could reach 1,000 new daily deaths within next 3-4 daysLive version FREE TO READ: https://t.co/VcSZISFxzF pic.twitter.com/7WjEiefhlM
— John Burn-Murdoch (@jburnmurdoch) March 29, 2020
七人の侍で学ぶコロナウイルスへの対処法
今回のコロナウイルス騒動の顛末をアナロジカルに理解するために最適なのは黒澤明監督の七人の侍だ。
この作品は、戦国時代の貧しい農村を舞台に、野盗と化した野武士から村を守る7人の侍たちの雄姿を描くものである。
こう書くと「可哀想な農民とそれを助ける侍」というような単なる勧善懲悪の物語にみえるかもしれないが、この映画はそんな単純なものではない。
誇りをもって村に集まった7人の侍だが、劇の中盤にて農民が実は落ち武者狩りの常習犯である事が判明する。
自分たちを救ってくれと訴える農民は、実は侍殺しでもあった。
自分たちが困った時は侍に助けを求めるくせに、侍が落ち武者になったときは躊躇なく襲いかかり奪う側に回る。
「こんなロクデナシを救う価値が本当にあるか?」
侍達は当然こういう考えに至るのだが、ここで三船敏郎が演じるキャラが侍達に向かって狂ったように笑い、こう謳う。
「やい!お前たち!一体百姓を何だと思ってたんだ?仏様だとでも思ってたか?ん?笑わせちゃいけねえや!百姓くらい悪ずれした生き物はねえんだぜ!」
「百姓ってのはな、けちんぼで、ずるくて、泣き虫で、意地悪で、間抜けで、人殺しだ!」
「だがな、そんな「けだもの」をつくったの、一体誰だ?」
「お前たち、侍だ!お前たちが百姓から年貢など一切合切奪うからこうなったんだ!」
これを聞いた侍達はすべてを受け入れ、百姓達を命をかけて救うという行為に携わることを決意する。
金のためでも、名誉のためでも、百姓への同情のためでもない。
自分で自分に課した「使命」をあくまでやりぬく覚悟を持つ。
全てを理解した上で、野武士との戦いに侍と村人が一丸となって挑む事を決意するこのシーンは世界中の映画の中でも屈指の名シーンだ。
そしてこのシーンがあるからこそ、終盤の野武士との戦いが凄みを帯びる。
侍と村人が与えられた役割に徹し、野武士を撃退するその姿……
これぞリアル・新コロ撃退のメタファーである。
コロナに踊らされるな。あなたはあなたの成すべき事をなせ
冒頭にも書いた通り、残念ながら新コロに踊らされて闇落ちし、落ち武者狩りのような行いをしてしまう人が現れはじめているのは事実だ。
しかし、言うまでもなく悪いのはその人ではなく新コロである。
コロナに踊らされず、ただ淡々と己に与えられた役割を認識し、それに徹する。
そういう毅然とした態度が、いま私達に求められているのである。
そして改めて僕はこう覚悟する。
己の身になにがふりかかろうが、最後の最後まで新コロと戦ってやろうと。
これは理屈ではない。日本人としての、覚悟だ。
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都内で勤務医としてまったり生活中。
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(Photo:semihundido)