ちょうど今から7年前、2013年の夏に私は一冊の本に出会った。

タイトルは「whyから始めよ」。

 

当時話題になったので、覚えている方もいるかもしれない。

著者のサイモン・シネックはリーダーシップに関する専門家である。

 

同内容の動画はすでに5000万再生を超えており、TEDにアップされている動画の中で、歴代4位という輝かしい成績を誇っている。

 

彼の洞察は簡潔だ。

彼は「人が動く本質」は、why(なぜやるか)にあるという。

しかし、世の中のメッセージは往々にしてwhat(何をやるか)やhow(どうやるか)を語るだけに終止しているからダメだというのだ。

 

例えばアップルは「why」を語っている典型的な例だと彼は言う。

 

【普通のコンピュータ企業】

われわれは、すばらしいコンピュータをつくっています。

美しいデザイン、シンプルな操作法、取り扱いも簡単。

一台、いかがです?

 

【アップル】

現状に挑戦し、他社とは違う考え方をする。それが私達の信条です。

製品を美しくデザインし、操作法をシンプルにし、取り扱いをかんたんにすることで、私達は現状に挑戦しています。

その結果、すばらしいコンピュータが誕生しました。

一台、いかがです?

 

これらのメッセージは、同じ内容をほぼ逆に語っただけであるが、受け止める側の印象は全く異なる。

 

一体なぜだろう?

whatやhowは、脳の理性的な部分での「合理的な判断」に訴えかけるが、whyは「気持ち」や「直感」に訴えかけるためだとサイモン・シネックはいう。

 

確かに「なぜやるか」の部分、つまり

「真実だから」

「善いことだから」

「好きだから」

といった強い価値観は、必ずしも合理的な理由を必要としない。

「なんで好きなのか」という質問に対しての答えは、たいてい「なんとなく」であり、根源は「そう感じたから」なのだ。

 

冒険こそ「why」が最も重要な領域

話は変わるが、「アーネスト・シャクルトン」という人物をご存知だろうか。

アーネスト・シャクルトンは20世紀の冒険家の一人で、南極大陸の初横断にチャレンジした人物だ。

 

しかし、結果的に南極大陸の初横断はかなわず、試みは失敗に終わった。

では、失敗したにもかかわらず、彼らが現在でも偉大であると称賛されるのはなぜか。

 

それは、彼らの決死の冒険が、一人の死者も出さなかったからだ。

南極海で船が氷に閉じ込められ難破し、進退窮まる状況で、彼らは22ヶ月を耐え忍び、ついに生還した。

この冒険譚は有名になり、映画化、書籍化が幾度もなされた。

 

サイモン・シネックは全員生還の理由の一つを「冒険に向いた人物の採用」にあったと分析している。

確かに内紛やパニックもなく、結果的に、全員が生還したところを見ると、「適切な採用であった」ことは疑いようもない。

 

その求人広告のコピーは、おそらく世界で最も有名なものの一つとして知られる。

「男子求む。危険な旅。低賃金。極寒。闇のなかでの長い年月。危険と隣り合わせ。生還の保証せず。ただし成功すれば名誉と称賛が送られる」

この求人は当時、応募者を5000名以上を集めたと言われている。

そしてこの広告のコピーこそ、条件面やリーダのアピールではなく、名誉のためという、冒険の「why(なぜやるのか)」をストレートに語るものだった。

 

どんな試みもいつか必ず「困難なとき」に直面する。

企業でも同様だ。売上があがらない、キャッシュが尽きる、重要人物が退職する、事故が起きる……

 

だが「困難な時」ほど、「why」を共有できている集団は頑強だ。

逆に「利害だけで集まった」組織は、調子が良いときには簡単に膨らむが、いざ下り坂になると霧散してしまう。

 

「給料が良いから」とか「ブランドがあるから」とか「オフィスがきれいだから」とか、そんな理由では人は献身的にはなれない。

働く人にとって重要なのは「なぜそこで働いているのか」をきちんと言えることだからだ。

 

企業の採用も「why」を語ることが重要

だから、「why」に基づく採用を行っている会社は強いし、それを公言している会社もある。

 

例えば今年6月末にマザーズに株式公開を果たした株式会社グッドパッチ。

人事の小山氏は、採用はwhyを語ることが重要だ、と言い切る。

 

採用は自社のPRの場じゃありません。だから「こんな賞を取りました。うちのオフィスはきれいです。待遇もこれだけいいです」って言っても、誰も来てくれないですよ。」と小山氏は言う。

では何を語るべきか。

 

「我々は理念を持っている、だからあなたにこういうことを提供できるし、これを期待している」と伝えるべきです。弊社の理念は「デザインの力を証明すること」です。これに共感する人を集めたい。

あと、流行りのキーワードに飛びついてもいい結果は得られません。採用の本質は理念を伝えることです。例えばスカウトメール一つとっても、理念が伝わるように運用しなければならなりません。」

 

候補者に合わせてメールを書くのは大変ではないですか、と聞くと

「フルカスタマイズまでする必要はないです。定型な部分があってもいい。でも、その候補者に伝えるべきことには時間をかける。応募者の経歴やSNSを見て「経験を活かしてうちでどんな活躍ができるだろうか」をメッセージに込める。」

と回答していただいた。

 

実際、理念を推すグッドパッチ社の採用プロセスでは、内定の辞退を除けば、選考途中での辞退率は2%にも満たない。

 

「why」を語ることは、再現可能でアウトソースも可能

また小山氏は「一部の業務のアウトソース化が必要だった」という。

現在では募集職種が20以上に登るため、「気合と根性だけでは回らなくなった」からだ。

 

「導入開始時は2名しかメンバーがおらず、完全にリソース不足でしたので、外部に助力を求めました。ただ、スカウトメール一つをとっても「why」をきちんと伝えるメッセージを書くことは、センスが必要で、非常に難しい。例え社内の人物でも完全に言語化できるわけではないので。」

 

「結局、どうしたのですか」と聞くと

「“センス”を共有できたので、キャスター社の採用アウトソーシングサービスに依頼しました。」と小山氏は言った。

 

例えば、彼らが求職者に送ったメッセージの一つが以下のものだ。

グッドパッチで自社のファンづくりや仲間集めをミッションとする、コミュニティープランナーの小山と申します。

ご経歴の中のこの先やってみたいことに書かれている「よりプロダクトやチームと向き合うPdMになる」「技術を最大限に活用できるPdMになる」「職種に関係なく連携し、生産性の高いチームをつくる」という3つの観点は、弊社がUXデザイナーに求めている要素と近しいものが有り、メンバーやチームとの親和性が高いのではないかと思いメッセージを送らせていただきました。

弊社については既にご存知の場合もあるかもしれませんが、グッドパッチは2011年に創業したデザインカンパニーで、日本だけではなくベルリン、ミュンヘンにもオフィスを構えて、国内外で170人のメンバーが在籍しています。2020年6月には東証マザーズに上場も致しました。

事業面では、企業規模を問わずに多くのクライアントから依頼を頂いているクライアントワークと、自社プロダクト「Prott」、「Strap」、デザイナーに特化した人材エージェント事業「ReDesigner」、リモートワークをメインにした「Anywhere」など、デザインの価値の向上、そしてデザイナーの地位向上に向けて、色々な角度から事業を進めていいます。

なお、クライアントワークはクライアントが抱える課題の特定から、戦略立案から要件定義、それらに基づいた情報設計、ビジュアルデザイン、開発までフルで関わります。そのほかユーザーインタビュー、リサーチなども徹底して行なっているのが特徴です。

 

【関連記事】

■これまでの実績 https://goodpatch.com/services
■ワークショップ事例 https://event.shoeisha.jp/bizgenews/20171129
■ReDesigner https://redesigner.jp/

ただ、現実的なところではまだまだデザイン、デザイナーへの理解が薄く、自社の組織づくりについても発展途上の段階で、苦しい時期が続きましたが、少しずつ自社組織も安定へと向かい、さらなる成長に向けた足掛か出来つつあります。

■「組織は一度、完全に崩壊しました」──グッドパッチの再起は、組織がWHYを突き詰める重要性を教えてくれる
https://www.fastgrow.jp/articles/tsuchiya-yanagisawa-takano?fbclid=IwAR1zmo477gFkA8Qh6XIEIsXugm9gbH5wx7iDA-0ZUa29IEkMXv16edrAmGo

■離職率40%から8%への道のり、組織崩壊の状態からグッドパッチが立ち直れた理由
https://bizhint.jp/report/339934?utm_content=buffer902ca&utm_medium=social&utm_source=twitter.com&utm_campaign=buffer&fbclid=IwAR3D75o15vITU9U25jmlwHeQJfs1GHU7wFRI6tcTdNihYdKfMuCEhjqwess

海外と比較するとまだまだ成長途上の国内マーケットに対し、私たちは事業を通して、デザインの価値を高め、デザイナーがより活躍できる環境を作っていきたいと思っています。

もちろん良いデザインをつくる上ではデザイナーだけではなくエンジニアやセールスメンバーなどの存在も重要で、デザイナーファーストではなく、デザインファーストが我々が目指す世界です。

こういった考えに共感をしていただける方とお会いしたいと思っています。

まずはカジュアルにオンラインにてお話が出来ればと思います。必要に応じて現場との面談アレンジも可能です。ぜひ一度ご検討ください。それでは何卒、宜しくお願い申し上げます。

グッドパッチ コミュニティープランナー
小山清和 https://www.wantedly.com/users/7922511

小山氏は「反応を見ながら、少しずつ候補者によって変えていく」というが、骨子は下の2つの「why」にある。

 

・自分は、グッドパッチで自社のファンづくりや仲間集めをミッションとしている

・グッドパッチは事業を通して、デザインの価値を高め、デザイナーがより活躍できる環境を作っていきたいと思っている

 

 

私がコンサルタントをやっていたとき、よく聞いた言葉がある

「理念では食えないが、理念がないと、組織は永きに渡って繁栄できない」

 

誰の言葉なのかは忘れてしまった。

だが、こと「採用」の見地からすれば、理念の重要性は明らかなのだろう。

 

選考の辞退率が高い、社員の定着率が低いと悩む企業は、一度「whyから始めよ」という原点に立ち返るべきなのかもしれない。

 

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>>「キャスタービズ・リクルーティング」に、「理念に基づく採用」について、無料で話を聞いてみる

参考:Goodpatch社 キャスタービズリクルーティング導入事例

 

 

 

【著者プロフィール】

◯Twitterアカウント▶安達裕哉

元Deloitteコンサルタント/現ビジネスメディアBooks&Apps管理人/オウンドメディア支援のティネクト創業者(http://tinect.jp)/ 能力、企業、組織、マーケティング、マネジメント、生産性、知識労働、格差について。

◯有料noteでメディア運営・ライティングノウハウ発信中(http://note.mu/yuyadachi

◯安達裕哉Facebookアカウント (他社への寄稿も含めて、安達の記事をフォローできます)

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Photo by Jonathan Borba