コンサルタントは、なかなか良い仕事だった。

そう言うと、知人から「どういう意味で? 給与?それとも内容?」と聞かれた。

 

もちろんそうした条件面で「良かった」と言えないこともない。

だが、私が「良い」と思えたのは、様々な会社に出入りし、内情を知れた点だ。

 

印刷、ホテル、SIer、商社、運送会社、メーカー、建設業、研究所。

コンサルタントであれば、利益の源泉やマネジメントの方法、仕事のとり方から、採用、時には政治家との付き合い方についても「内部の事情」を詳しく話を聞くことができる。

北は北海道から南は沖縄まで、規模や業種も様々な、ありとあらゆる企業に出入りすることができた。

 

 

そして何より、数多くの尊敬すべき人々と出会えた。

 

例えば、どんな組織にも一人か二人くらい「貴族的な人物」がいるのだ。

 

だが、もしかしたら「貴族」というと、既得権にあぐらをかいている、高慢な人物イメージを持つ人も多いかもしれない。

(出典:銀河英雄伝説 5巻)

 

だが、それは本来の意味での「貴族」は違う。

貴族とはスペインの哲学者、オルテガ・イ・ガセットの言うところの「自分に課す要求と義務が多い人」のことだ。

 

身分や権力、能力や財貨などとは関係がない。

高貴さは、自らに課す要求と義務の多寡によって計られるものであり、権利によって計られるものではない。

私が企業で出会った人々の中には、上の意味で真に「貴族的」な人々が存在しており、彼らが組織の屋台骨を支えていた。

 

例えば、半導体商社の営業の一人は、一介の課長であるにも関わらず、特に給料が高いわけでもないのに「私が会社を支えている」との強い自負があった。

 

だから彼は、組織に対してとても献身的だった。

と言っても、彼は決して傲慢ではなく、新人に根気強く仕事を教え、売上が足りなくなれば先陣をきって注文を取りに行く。

「親分肌」と言う感じが適切だろうか。

 

彼は、ドラッカーの言うところの「人は、自らが自らに課す要求に応じて成長する」を体現していた。

われわれは、自己開発と人材育成について多くを知らない。

しかし唯一知っていることがある。人、特に知識労働者というものは、自らが自らに課す要求に応じて成長する。

自らが成果や業績とみなすものに従って成長する。自らに少ししか求めなければ成長しない。多くを求めるならば何も達成しない者と同じ努力で巨人に成長する。

当然、彼の周りにはそれに共感した人材が集結し、彼らは大きな成果をあげた。

 

だが、正直なところ、なぜ彼がそう思っていたのか、理由はわからない。

だからこそ私が彼が「貴族」に見えたのかも知れない。

 

 

あるいは、某システム会社の部長。

 

彼は会社の業績が悪くなり、給与の話が出た時

「私の給与から下げてください。社員の給料には手をつけないでください」

と、わざわざ彼の方から経営者に言いに行った。

 

経営者はそれを受け入れたのか、幹部たちの報酬を下げ、社員の給料には手を付けなかった。

 

だが、報酬がダウンすると、少なくない役員・部長クラスが

「私のせいではない」と、給与ダウンに不満を持って辞めた。

 

しかし、冒頭の部長は筋を通し、会社に残り、業績回復に邁進した。

彼は転職すれば、高給を持って他の会社に迎え入れてもらえただろうにも関わらずだ。

 

後日、「転職の誘いはたくさんあったでしょう?」と聞いた時、彼は言った。

「やめてしまっては責任を取れない」

 

そうした一連の「貴族的な」行動に感銘を受けた一部の人間は彼に付き従い、会社の業績回復に取り組んだのだった。

 

 

こうした話にたいして「ピンとこない」という方もいるかも知れない。

 

だが、誇り高く、自己犠牲を厭わない人物は、物語の中にはよく登場する。

 

例えば「約束のネバーランド」という漫画がある。

主人公のエマとその友人二名は、ある時「自分たちは食料として飼われている家畜だ」と気づき、住む場所からの脱出を企てる。

 

しかし仲間の一人は、冷静で合理的な判断をする。

「我々三人なら逃げられる。でも、あとは見殺しにせざるを得ない」と。

 

だが、エマは「全員で逃げる」と譲らなかった。

「仲間を守る」という、責任を感じていたからだ。

(出典:約束のネバーランド 1巻)

 

自分の命がかかった状況において、我が身よりも家族の身を案じる人物。

それは真の意味で「貴族的な精神」の持ち主であることは言うまでもない。

 

 

共和制ローマでは「市民」として認められるには、兵役の義務を果たさなければならなかった。

いわゆる「流血の義務」だ。

万が一のときに命を失うリスクのある、兵役の義務を果たしたものだけが、社会のリーダーたる「市民」と呼ばれた。

 

「税金を払ってるから十分だろ」という人もいるかも知れない。

だが、ジャン=ジャック・ルソーは、社会契約論の中で、「税金を払うだけ」では共同体に対する義務を果たしたことにならない、と言った。

商業や工芸に熱中し、貪欲に利益を求め、軟弱になり、安楽を愛する。こうして市民たちは身をもってなすべき奉仕を、金銭で代用しようとするのである。

[みずから奉仕する代わりに]思いのままに利益を増やし、そしてその利益の一部を[公共の奉仕のために]支払うのだ。

 

[奉仕する代わりに]金を払っているがよい、やがては鉄鎖につながれることになるだろう。

 

このことは現代においても、「徴兵制の是非」の問題として議論されているし、「兵役を不正に免れた人間」への非難ともなっている。

アメリカ、徴兵制を再検討か ── 徴兵制をとる代表的な10カ国

最近発表されたレポートによると、アメリカでは徴兵制が再検討されている。女性も対象とすることから、完全に廃止することまでさまざまな選択肢が検討対象。

徴兵制の再検討はアメリカ市民にとっては懸念すべきことだが、世界の60近くの国はいまも徴兵制をとっている。

 

もちろん、自己犠牲を強要するのは間違っており、それは質の悪い全体主義と何ら変わらない。

 

だが、リーダー層には一定数の「貴族的な振る舞いをする人物」が必要なのは、確かだ。

皆が「自分のこと」しか考えなければ、早晩、共同体は崩壊してしまうし、弱者は無情に駆逐されてしまうからだ。

(出典:銀河英雄伝説 3巻)

 

 

誰もが平等なこの時代、

「私は人より多くの義務を果たすのが当然だ」

「私がやらなければ誰もやらないだろうから、引き受けよう」

という貴族的な精神は、傲慢とも取れる。

 

しかし同時に、共同体になくてはならない精神の一つでもある。

そんなことをふと、知人とのやり取りで思い出した。

 

 

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【登壇者紹介】

安達 裕哉(あだち・ゆうや)
ティネクト株式会社 代表取締役/ワークワンダース株式会社 代表取締役CEO
Deloitteにてコンサルティング業務に従事後、監査法人トーマツの中小企業向けコンサル部門立ち上げに参画。大阪・東京支社長を経て、2013年にティネクト株式会社を設立。
ビジネスメディア「Books&Apps」運営。2023年には生成AIコンサルティングの「ワークワンダース株式会社」も設立。
著書『頭のいい人が話す前に考えていること』(ダイヤモンド社)は累計82万部突破。2023年・2024年と2年連続で“日本一売れたビジネス書”に(トーハン/日販調べ)。
日時:
2025/7/14(月) 16:30-18:00

参加費:無料
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(2025/6/2更新)

 

 

【著者プロフィール】

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元Deloitteコンサルタント/現ビジネスメディアBooks&Apps管理人/オウンドメディア支援のティネクト創業者(http://tinect.jp)/ 能力、企業、組織、マーケティング、マネジメント、生産性、知識労働、格差について。

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