2022年1月、ビックカメラが販売員を家電メーカーからの派遣から、自社社員に切り替えていくという報道がありました。
先日筆者がビックカメラで新しい冷蔵庫を購入した際には、家電メーカーの販売員が各社の商品の特徴などを教えてくれ、大変参考になりました。
ただ一方で、メーカーからの応援販売員となると、自社製品を売り込まれるのではないか、というネガティブなイメージもあるのではないでしょうか。
ビックカメラが直面する課題をマーケティング戦略からひも解きます。
5年以内をめどに家電メーカーから派遣されている販売員の受け入れを自社社員に転換
同社によると、家電メーカーから派遣されている販売員は全販売員の約3割とのことで、今後メーカーの理解を得ながら切り替えを進めていくそうです。
そもそも、家電メーカーは、なぜ家電量販店に販売員を派遣していたのでしょうか?
通常、メーカーと家電量販店の取引は、メーカーが量販店に納入した時点で製品は量販店のものとなり、メーカーとしては売り上げたことになりますので、わざわざ量販店での販売を自ら行う必要はありません。
ですが、販売店で製品が売れていかないと次の発注は来ず、店舗内の良い売り場スペースを確保することもできなくなるため、応援販売などを行いながら量販店にできるだけ多く納入できるように努力しているのです。
家電量販店にとってみれば、安いコストで販売力を獲得している、とも言えるでしょう。
このようにコストを抑え、メーカーとの交渉力も維持できる体制を、ビックカメラはなぜ手放すのでしょうか?
今回は、マーケティングの顧客経験価値の観点から、ビックカメラのねらいと新たな取り組みにおける難所について考えてみたいと思います。
顧客経験価値とは
顧客経験価値とは、商品の金銭的・物質的な価値ではなく、商品やサービスを通じて顧客が経験する心理的・感情的な価値のことを言います。
デジタルツールの発展により、企業と消費者のタッチポイントが飛躍的に増加した結果、企業は消費者がどのタッチポイントで自社の情報に触れるかについてコントロールできなくなりました。
そこで企業は、商品に関する情報だけでなく、顧客が日々生活する中で、その商品が関係しそうな体験のすべてを考慮し、その価値を伝えていく必要が出てきたのです。
具体的には、どのような要素を経験価値というのでしょうか。
顧客経験価値マネジメントの大家であるバーンド・H・シュミット教授は、顧客経験価値の構成要素に以下の5つを挙げています。
シュミットは、これらの要素をコントロールすることで顧客経験価値マーケティングが達成できるとしています。
カスタマージャーニーで顧客経験価値を高める
では、顧客経験価値を高めるには、どのような戦略を立て、実施していけばよいのでしょうか。
1つの方法論として、カスタマージャーニーマップでマーケティング戦略を管理するやり方があります。
カスタマージャーニーとは、顧客が自社の商品・サービスを購買するまでに至る行動全般のことを指します。
情報収集をするとき、店頭で陳列されている商品を目にして購買の意思決定を下すとき、購買後に実際に商品を使用するときなど、商品と顧客のタッチポイントにおける行動と感情を洗い出し、どこで顧客の期待値を超える経験(「真実の瞬間」)がつくり出せるかを設計することが大切です。
モバイルで変わる顧客の購買行動とオムニチャネルにおける経験の最適化
ビックカメラは、顧客にどのような経験価値をつくり出したいのでしょうか?
まずは同社が実現したい姿を、パーパスと経営理念から見ていきましょう。同社のパーパスと経営理念は以下のように規定されています。
パーパス:お客様の購買代理人として くらしにお役に立つくらし応援企業であること
経営理念:専門性と先進性で、より豊かな生活を提案する進化し続ける“こだわり”の専門店の集合体
これらから、自社の販売員はより専門性を高めるとともに、(冷蔵庫、エアコンなど)コーナーを越えた提案ができるような接客力を高めていくことがねらいであると見て取れます。
ですが、店舗内での顧客体験を向上させれば十分でしょうか?
モバイルが主流になったことにより、2つの購買行動が出現してきています。
1つは「ショールーミング」と呼ばれる、店頭で現物の商品を確認してからネット通販で購入するスタイルです。
もう1つは「ウェブルーミング」と呼ばれる、ネットで商品の情報収集や在庫の確認をして実店舗で購入するスタイルです。
- ショールーミング…店頭で商品を確認し、購入はネットで行う
- ウェブルーミング…ネットで商品の情報収集や在庫確認を行い、購入は店舗で行う
顧客は、商品の選定から購入に至るまでの過程で、制約を受けることなく、自分の都合・好みに合わせて選べる、シームレスな体験を期待します。その体験を実現させるための仕組みをオムニチャネルと言います。
ビックカメラもオムニチャネルにおける顧客経験価値を最適化させるべく、オンラインでの検索や相談のしやすさと、店舗での経験とを一貫性を持って提供する必要が出てくるでしょう。
ビックカメラに待ち受ける難所は?-価格競争からの脱却
最後に、ビックカメラが顧客経験価値を高める上での、一番の難所はどこか?を考えてみましょう。
家電量販店のビジネスは、店舗数を拡大し、購買力を高めることで安く調達し、利益を出すという、「規模の経済性」で勝負しています。
逆に言えば、規模(による低価格)以外のところであまり差別化できなかったとも言えます。
そのような事業スタイルから、顧客を大ファンに変えるような顧客体験をつくり出す方向へと転換をしていかなければなりません。これは、販売員にとっては高いハードルだと思います。
では、顧客の期待を超えるような経験価値は、どうやったら作れるのでしょうか。
ヒントは、アップルストアの体験のつくり方にあると思います。
Appleの顧客をファンにする体験構築
顧客がアップルストアに入ると、アップルストアの店員は以下の5ステップ(APPLE)で忘れられないリッチな体験を顧客に提供するよう、徹底されています。
Approach それぞれの人に適した、あたたかい挨拶で、出迎える
Probe 顧客のニーズを丁寧に聴き出して理解する
Present 解決策を提示する
Listen 課題や懸念などをしっかり聴いて解決する
End あたたかい別れの挨拶と次回の来店を促す言葉で見送る
ちなみに、アップルの店員(スペシャリスト)は、顧客と生涯にわたる関係が築けるかどうかを気にしており、顧客が何も買わずに店を出ても構わないと思っているそうです。
また、アップルストアの人たちは、「ただモノを売るビジネスをしているのではなく、暮らしを豊かにするビジネスをしている」という信念で、顧客に向き合っています。
アップルは歩合制をとらず、売上のノルマも課していません。関係構築が目的なので、顧客に買えという圧力もかけず、その結果として世界トップレベルの利益率を実現する小売体験を生み出すことができています。
目の前の業績と、顧客経験価値の作り込みのどちらを優先するかというバランスが難しそうですが、個人的には頻繁に行くビックカメラなので、新たな体験ができることを楽しみにしています(家電芸人のように、嬉しそうに語る販売員さんのお話など聞けたら楽しそうですね)。
(執筆:平野 善隆)
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