今年の冬は温かいなぁと思っていたが、最近はめっきり寒くなってきた。
寒い朝空の中、温かいコートと手袋に包まれつつ、ハーッと自分の吐く息が白くなるのを見るのがこの時期の僕の一つの楽しみだ。
今年は新型コロナウイルスの影響もあってマスクが手放せず、あの白い息もあまり見れていないのだけど。
白い息つながりで一つ面白い話を思い出したので今日はその話をしようかと思う。僕が尊敬する、ため息先生という人の話である。
一ヶ月に一個だけ、相手のできないを取り除いてあげる
どこの職場にも仕事ができない人間というのがいる。
人を教育した事がある人ならば嫌というほど痛感している事だと思うのだが、できない人を指導するのは本当に難しい。
僕は仕事ができる人は山程知っているが、「できない人を指導できる人」は、ほとんど知らない。
まして、できない人をデキる人に仕立て上げられる人ともなると天然記念物級である。
だが、たった一人だけそれを相当に高い打率でやってのけていた人がいた。ため息先生である。
かなり仕事ができない研修医でも、彼の元をローテーションすると最低限の仕事はできる人間となるのである。
僕はあまりにも彼の手腕が謎すぎて、興味を持って指導法を尋ねた事があったのだが、彼の指導法は本当に至極シンプルなものであった。
それは「一ヶ月に一個だけ、仕事ができない原因を取り除いてあげる」というものである。
一つの事を、手を変え品を変え伝え続ける
「高須賀くん、仕事ができない人ってね。別に不真面目なわけじゃないんですよ」
高須賀 「はぁ」
「本人だって困っていたりするんです。だからその人にしっかり向き合ってあげて、キチンと話を聞けば、仕事のやり方のどこに問題があるか位わかりますよ」
「それを見つけたらですね。手を変え品を変え、言葉を変え表現を変え、場所を変え時を変え、淡々と一ヶ月ぐらい言い続けるんです」
「優秀な人は一回だけ言われれば理解できるけど、駄目な人は変なこだわりとかプライドがあるから、絶対に一回だと治らないんです」
「だからある時は優しく、ある時は神妙な顔で、ある時は厳しい口調で、徹底して本人に向き合って指摘してあげる。極論すれば、これを1年やり続ければ12個も仕事のやり方の問題点が改善できる」
「こうやって根本の部分を直してあげれば、だいたいの人は仕事ぐらい普通にできるようになりますよ。まあ、だいたいの人は途中で勝手に成長して、12個も問題点を改善しないで仕事ができるようになりますけどね」
高須賀「先生が丁寧な指導をするから研修医が成長していたんだと思ってたんですけど、違うんですか?」
「僕も昔は親切心で色んな事を教えたりしたんですけど、逆に色々教えちゃ駄目なんですよ。そうすると自分で学ばなくなるし、いろいろ教えすぎると大切な事が伝わらない」
「知識なんてですね。現場に真摯に向き合えるようになれば、自然と身につくものなんです。だから現場をキチンと見なさいって、いつもいいます。」
いま思うと、これは中途半端に仕事に慣れて色々流しがちだった当時の僕に釘を刺す為の発言でもあったなぁと思う。
「けど、うちの上級医って仕事は物凄く出来る人が多いですけど、出来ない人の教育は下手ですよね。個人的には医者の癖に、人にキチンと真正面から向き合って、相手が何に困ってるのかを推論し、キチンと伝えられないのは問題だと思うんですけどね」
高須賀「…できない人に向き合うのって、大変じゃないですか?」
「そりゃ簡単ではないですよ。けど医者なんだから、それぐらいは本当できなくちゃ駄目だって、僕は思うんですけどね」
「患者さんは研修医より困ってる人ばかりですし、人の生活習慣とかを変えるのって、できない人をできるようにするのと本質的には同じ事ですから」
これは好ましくない患者さんに不快感を噴出させてしまったりしていた、当時の僕の耳に本当に痛い発言だった。
病気をみるのは得意でも、人をみるのが苦手な医者達
弱きを助け、強きを挫く。
とてもいい言葉だと思う。もともとは任侠道の言葉らしいけど、そういう存在だと胸を張っていえるようになりたいと本当に思う。
僕は医者だ。もともとの志望動機はあまり褒められたものではないのだが、それでも「患者さんの為に尽くしたい」というような事を受験生の頃に思っていたような記憶がある。たぶん、僕以外の医者になった人達も、大なり小なり同じような事を思ったはずである。
しかし…実際に医者になってみると、これが思っている以上に難しい事だという事を痛感する日々だった。
困っている人・弱い人を助けるというのは、正解を押し付けて、ウエメセでその人に説教をかましたりする事ではない。
言葉にすれば「そんなの当然でしょ?」と思われるかもしれないが、医者の多くがやってる事はぶっちゃけコレだ。
現代医療はとても煩雑で、おまけに医者は忙しい。そういう余裕がない環境であるという事は差し控えても、多くの医者は病気を見るのは非常に得意だが人をみることは物凄く苦手である。
好き嫌いで仕事をする人は専門家にはなれるが、管理職には向いてない。
この不遜な診療態度による暴力性は、なにも患者さんだけに向くとは限らない。
冒頭でため息先生のエピソードを紹介したが、多くの医者の部下に対するマネジメントの稚拙さは、まさにこの問題まんまである。
先日も自分の職場でパワハラまがいの事をやって部下を職場から追い出した人がいた。
その人は例にもれず物凄く仕事ができる人なのだけど、致命的に人に向き合えない人で、おまけに好き嫌いで仕事をするタイプの人だった。
実はその部下に僕は少しだけ相談を受けた。
話を聞くと「コミュニケーションが足りてないのかな」と思わされたので、僕は不遜にも
「上の人も交えて相談して、もう少し対話をお互い心がけられるようにすればよいのでは?」
とアドバイスをしたのだが、これが見事に裏目にでてしまった。
その部下は勇気を振り絞って所属長を交えて話し合いをしたそうなのだが、結論としては
「下が意見するなんて生意気だし、自分のやり方にケチをつけてくるような奴とは一緒に働けない」
と怒り心頭となり、前以上にコミュニケーションをとらずに無視するような態度が徹底されしまったのだという。
結局、その部下は職場長の判断で職場を移ることになってしまったのだけど、実のところこの手のエピソードは医者に限らず、一般社会でもそれなりにあるんじゃないだろうか?
できる部下は…確かにかわいい。いう事をよく聞く部下も…まあかわいい。じゃあその逆…できない部下とか…いう事を聞かない部下は…まあお察しだ。
そういう人にイラッとくるのは、僕だってわからなくもない。だが、好き嫌いで仕事をしてしまう人は…正直いろいろと辛いものがある。
世の中は、驚くほどに好きな人としか仕事ができない人で溢れている。だからこそ、そういう感情を抜いて、必ずしも付き合っていて気持ちの良くない人に、キチンと向き合える人は本当に凄いなと思う。
そういう事を万人に隔てなくやれるため息先生は単なる超人だが、せめてその姿勢だけは僕も踏襲したいなと常日々思っている。
ため息は気持ちがいい
彼関連のエピソードは他にも色々あるのだが、長くなるので今日は最後に何故彼がため息先生というのかを説明して、終わりにしたいと思う。
あだ名の通り、ため息先生は本当によく一人でいるとき限定だが、ため息をつく人だった。
一人で外来ブースでコーヒーを飲みながら、深い溜め息を何度もつく彼をみて、若かった僕はつい「先生、ため息はイメージ悪いですよ」と言ってしまった事があった。
僕は「ああ、すみません」とでも言われるのかと思ったのだが、彼の返事は僕の予想の斜め上をいくものだった。
「高須賀先生、ため息って、メチャクチャ気持ちよくないですか?」
「へっ!?」
「この仕事はいろいろ難しいことを抱える商売で、色々と嫌になることも多いですけど。ため息が気持ちよくなるから、まあいいかなって僕は思うんですよね」
その言葉を聞いてから、僕は困ったことがあると一人で深く深くため息をつくようになった。
確かに…ものっすごく…気持ちよかった。
そんなわけで、僕も今ではすっかり辛くなったら一人でため息をつくようになってしまった。
排除するか、受け入れるか
人間関係は難しい。職場の上司も同僚も部下も、顧客である患者さんとも、気の合う人達だけの中で仕事を回し続けるだなんて事は不可能である。
だから気持ち良く仕事をやり続けるにあたって、人は2つの選択肢を迫られる事になる。
1つはパワハラをやって部下を追い出した人のように、徹底して自分の不快なものに対してNo thank youを押し付ける生き方だ。
強きを助け、弱きを挫き、気持ちの良いものだけで身の回りを固める。こうして不快なものを排除し続ければ、気持ちの良いものが多く残る事になる。
差別ではない。これはお互いの為に必要な区別なんだというその姿を、僕は必ずしも否定はできない。
僕だって配偶者は自分で選んだ立場だし、その他さまざまなものを積極的にしろ消極的にしろ選んでいるというのは、間違いなく事実だからだ。
もう1つは、自分の嫌いなもの・不快なものにも恐れずに向き合って対話する生き方だ。
コストは物凄くかかるが、人は異なる存在とも話しそして理解し合う事ができる生き物でもある。これは決して楽ではないし、やった所で誰も褒めてくれない生き方でもある。
残念ながら僕は超人ではないので、別け隔てなく嫌いな人にも良くできるわけではない。
けれど、最近はちょっとづつ、ため息を付きつつも、もうちょっと頑張って世の中をやっていけるんじゃないかなと思えるようにもなってきた。
ため息…その一息が気持ちいいから生きていける。人生なんて、意外とそんなもんなのだ。
この寒い冬空の下で「ふー」と息をつき、僕のアドバイスが裏目に出てしまった部下氏への贖罪の気持ちも込めて
「いつかきっと理想の管理職ってのをやってみせるぞ」
と1人世の理不尽さに歯向かう覚悟をしたのであった。
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(文責-ティネクト株式会社 取締役 倉増京平)
【著者プロフィール】
都内で勤務医としてまったり生活中。
趣味はおいしいレストラン開拓とワインと読書です。
twitter:takasuka_toki ブログ→ 珈琲をゴクゴク呑むように
noteで食事に関するコラム執筆と人生相談もやってます
Photo:David Williss