コンサルタントをやっていた頃、

「話がぜんぜん伝わらない人」

が結構いることに、驚いた記憶がある。

 

しかし上司は、私に対して

「話が伝わらないのは、お前が悪い。」と言う。

不満を述べると、上司は

「お前の都合など知らん。中学生が理解できるかどうかを判断基準にして話せ。文章や資料も同じだ」と厳しく言われた。

 

だが私は当時「社会人にそんなことをするのは、失礼なんじゃないか」と思っていた。

大人を中学生扱いするのは、気が引けた。

 

だが、東大の養老孟司氏の書いた、「バカの壁」を読んで、上司の言っていることが少し理解できた。

知りたくないことに耳をかさない人間に話が通じないということは、日常でよく目にすることです。

これをそのまま広げていった先に、戦争、テロ、民族間・宗教間の紛争があります。例えばイスラム原理主義者とアメリカの対立というのも、規模こそ大きいものの、まったく同じ延長線上にあると考えていい。

小難しいことは知りたくない。

面倒そうなことは避けたい。

だから、知りたくないことには耳を貸さない。そういう人間が世の中にはたくさんいる。この本にはそう書いてあった。

 

だから「話を中学生にもわかるレベルに落とせ」と上司が指摘するのは

「話を聞いてもらわなければならない」コンサルタントという商売には、必須だったのである。

私は、間違っていたのだ。

 

 

そして、その当時に受けた衝撃と同じような衝撃を、つい先日読んだ本にも受けた。

 

本のタイトルは「AI vs 教科書が読めない子どもたち」。

「AIは、東大に合格できるか」というプロジェクトで有名になった数学者、新井紀子氏による著作だ。

 

なお、プロジェクトの内容については、こちらの記事を参照していただくのが良いだろう。

「東ロボくん」が偏差値57で東大受験を諦めた理由(ダイヤモンド・オンライン)

2011年に国立情報学研究所が開始した「ロボットは東大に入れるか」プロジェクト。

2016年度までに大学入試センター試験で高得点を取り、2021年度に東大入試を突破することを目標に「東ロボくん」というAI(人工知能)の開発が進められていた。

http://diamond.jp/articles/-/108460

 

この本は大きく前半と後半に分かれており、全く雰囲気が異なる。

前半は、AIについての正確な情報提供である。

「AIが人間を追い越す」と騒がれているが、それが杞憂であることを、AIの原理から説明している。

 

中では様々な技術的な制約が説明されているが、結論として、新井氏はAIの弱点をこのように述べる。

「AIは、「意味」を理解しない。」

例えば、AppleのSiriは、「この近くのおいしいイタリア料理の店」と「この近くのまずいイタリア料理の店」を区別できない、と述べている。

 

それ故、AIには現在のところ、「東大に合格するほどの知性を獲得できない」と見切ったのだ。

 

だが、問題は後半だ。

新井紀子氏は、AIが東大に合格できるか、よりも、むしろこのAIの研究から得られた副産物の方に着目している。

それは、「意味がわかっていないはずのAIに、テストの成績で負けている生徒がかなりの数いる」という事実だ。

 

これはどういうことなのだろうか?

新井氏は「教科書がきちんと読めてない子供が、かなりの数いるのではないか?」という仮説を立て、これを証明するため、各地の学校で生徒にリーディングスキルテストを受けてもらい、その傾向を調べた。

 

例えば、「読解力の高い人」でなければ、正解できない問題の一つはこれだ。

「アミラーゼという酵素はグルコースが繋がってできたデンプンを分解するが、

同じグルコースからできていても、形が違うセルロースは分解できない」

この文脈において、以下の文中の空欄にあてはまる最も適当なものを選択肢の中から一つ選びなさい。

 

セルロースは( )と形が違う

 

1デンプン

2アミラーゼ

3グルコース

4酵素

念の為に言えば、この問題を解く事に生物学の特殊な知識は全く必要ない。単純な読解だけで判定できる。

なお、解答はここに載せないので是非本を買ってみて欲しい。

 

新井氏は、数々の学校で得られた結果を分析し、

「教科書が読めてない子供が大勢いる」という結論を出している。

 

なぜそんなことが起きるのか。

新井氏は、一つの理由として「知らない単語が出てくると、それを飛ばして読むという読みの習性がある」ことを挙げている。

 

つまり「読めない子」は、文中の「わかりやすい部分」だけを適当に抜き出し、勝手に自分なりの解釈をしてしまう読み方をしているのである。

これは冒頭の「バカの壁」に類似している。

 

 

インターネット上には、様々な記事があり、それに対して様々なコメントが見受けられる。

賛否両論、それ自体は問題はないのだが、問題なのは「なぜこの記事から、このようなコメントが?」というコメントも多いことだ。

中には明らかに「これ、文章をを読めてないよね」というコメントもある。

 

言葉は悪いが、それは通常「バカの壁」で済まされてしまう。

だが、そう指摘するだけでは解決には至らないし、争いも起きて、非生産的だ。

 

だが、この本を読んでよくわかった。

不思議すぎるコメントが時折、見受けられるのは、つまり「大人でも「ちゃんと読めていない人」がいる」からなのだろう。

 

新井氏は、「基礎的読解力は人生を左右する」という。

新しい知識を得るスピードに大きく影響があるからだ。

たしかに私も、国語の成績が良い生徒は、他の教科の成績も伸びやすい、という話を、塾の先生から聞いたことがある。

それは単純に「問題文がきちんと読めるから」ということもあるのだろう。

 

知性の獲得に必要な読解力。

「8割の高校生がAIに受験で敗れる」という状況は、大勢の労働者が、AIによって代替される未来を暗示する。

それゆえ、新井氏は「子どもたちは読解力を身につけるべき」と言っている。

私もそう思う。

 

「英語のスキルを獲得したい」という人が増えているが、実はその前に、母国語が一定のレベルでなければ、そもそも英語が話せたとしても、言葉の中身は貧しいままとなってしまう。

大事な日本語の教育に貴重な一石を投じた、素晴らしい研究だと、私は本を読んで感じた。

 

 

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