今日は、編み物の魅力についてお伝えしたい。
……のだが、ぶっちゃけ伝えたいのは「編み物」自体の魅力ではない。正直なところ、別に編み物じゃなくてもいい。
ただ、「編み物のようになにも考えず没頭できる単純作業はめっちゃ心地いいよ」という話がしたいのだ。
将来どうなるかわからないのに、将来を考えろという無茶振り
現代社会では、それなりの生活を望むだけでも、高度な能力を求められる。
会社にしがみつかない自律キャリアの形成を。結婚・子育てするかは本人の自由だから自分で考えろ。
産んだら仕事と子育ての両立頼むぞ。
ネットリテラシーを身につけ正しく情報と付き合うべき。
老後のために2000万円以上の貯蓄が必要、投資を始めろ。
多様性に配慮して価値観のアップデートを。
セクハラ・パワハラなんて言語道断。
ただ生きるだけでこんなに求められたら大変だよ!
「VUCA」なんて言葉があるそうじゃないか。
将来の予測が困難な時代なのに、将来を見据えてあれしろこれしろって言われてもさぁ~。
教育に関する本でも、このように書かれている。ここで紹介されているコメントは、東京学芸大学で教育心理学を教えている、犬塚准教授によるものだ。
こうした二十一世紀型社会で求められるのは、一九九〇年代以前とは比較にならないくらい高い能力を持つ「グローバル人材」だ。必要とされる能力は、高い情報処理能力に加えて、外国人エリートを相手にビジネスで勝ち抜くための語学力、交渉力、教養といったコミュニケーション能力だ。(……)
「私が言えるのは、今と昔を比べた時、社会から求められることが明らかに増えているということです。外国語一つとっても、三〇年前と今とでは、それを求める企業の数は各段に増えているはずです。大企業では、社内公用語が英語だとか、全社員にTOEIC受験を義務付けるといったことは珍しくありません。そういう点では、たとえ子供たちのレベルが昔と同じであったとしても、社会が求めるものが高まっているので、相対的に対応できない人が増えてくるのは仕方のないことだと思います」
出典:『ルポ 誰が国語力を殺すのか』
いや本当にそうだよ。もうついていけないよ。明らかにキャパオーバーだよ。
昔はもっと単純で、男ならいい大学に入っていい会社に勤めろ。女なら結婚して子どもを育てろ。それが「社会が求めるもの」だった。
それが優れているというわけではないが、まちがいなくシンプルではある。
30年前に比べて、人間自体の能力が飛躍的に上がったとは思えない。
それなのにまわりの環境はどんどん高度に、複雑になっていって、それについていけといわれる。
ついていけなければ、「豊かな暮らし」を送ることがグッと難しくなるから。
ああ、生きるって大変だ。
頭を空っぽにする時間がない現代人
みなさんは暇なとき、どう過ごしているだろうか。
たとえば、寝る前とか朝起きてすぐとか。
たぶん多くの人は、YouTubeの動画を見たり、SNSを見たり、ネットニュースを見たりするんじゃないだろうか。少なくとも、わたしはそうだ。
ネット依存というほどではないにせよ、ちょっと手が空いたら、しぜんとスマホに手が伸びる。SNSでも動画サイトでも、一旦開けばバーっと情報が並んで頭に入ってくるからヒマつぶしに最適だ。
ヒマだとすぐに情報に触れたくなる。
でも、目の前の情報すべてを処理するなんて不可能。
だから、頭を使わなくていいショート動画とか、たいした内容がないSNSとかを流し見るのだ。
こういった生活に慣れ切っていると、「なにもせずにボーっとする」こと自体がものすごく難しいなっていく。情報に触れていないと、落ち着かないから。
たとえデジタルデトックスの時間をつくっても、頭を空っぽにするのは案外難しい。
なんやかんや、「明日出勤したらまずこれをして……」「夕方はスーパーに行ってこれを買って……」なんて考えてしまうから。
情報に触れてないと落ち着かない。
でも処理できる情報量を超えている。
情報を遮断しても、なにかしら考えてしまう。
社会から求められるものが多く、しかも複雑だから、わたしたちには「頭を空っぽにする時間」なんて全然ないのだ。
編み物に没頭するのが「心地いい」理由
突然こんな哲学的なことを考えるようになったのは、人生で初めて、編み物をやったのがきっかけだった。
クリスマス直前、両親から「施設で暮らしている祖母の具合が悪くなった」という連絡を受けた。年を越せるかわからないらしい。
ドイツ在住だからお葬式のために緊急帰国するのは難しいけど、いつも笑顔でかわいがってくれたおばあちゃんのためになにかしたい……と、マフラーを編むことを決意。
おばあちゃんは裁縫が得意でよくわたしの服を作ってくれたから、わたしが作ったものを身につけて天国に行けたらいいな、と思ったのだ。お葬式には間に合わなくとも、四十九日には間に合うはず。
しかし編み物は、同じ作業をひたすら繰り返す単純作業。毛糸を買った段階では、正直そこまで魅力を感じていなかった。
ミシンで服を作ったほうがクリエイティブで楽しそうだけど、ミシンないしな~。編み物なら初心者でもすぐにできるし早く送りたいから、編み物でいいかぁ。くらいの気持ち。
しかしいざやってみると、これがもうめちゃくちゃ楽しくて!!
いや、「楽しい」というのは正確じゃないかもしれない。「心地いい」という言葉のほうが合っている。
何も考えず、集中して、没頭する。
「編み物しているあいだはヒマだから動画でも見よう」とアイドルバラエティを流していたのだが、気付いたら1時間番組が終わっていて、しかも内容が一切頭に入っていなかった。
時間があっという間だと感じるほど、ひたすら編んでいたのだ。
一心不乱に単純作業を繰り返すことで、なにも考えずに済む。それが心地いい。
そういえば「何も考えずなにかに没頭する時間」なんて、いったいいつぶりだろう。こんなに頭がスッキリすることだったのか。
というわけで、わたしはすっかり編み物にハマってしまった。
単純作業に没頭することを趣味にする人は多い
犬との散歩中でも、「今日のお昼ごはんは何を作ろうかな」と考え。
料理をしながら、「週末はキッチンの掃除しなきゃ」と考え。
YouTubeを流しながら、「そういえば仕事のメールの確認をしておこう」と考え。
なんやかんや、考えてしまう。
少し手が空いたらスマホを手に取り、なにかしらの情報を頭に入れようとしてしまう。
そういう生活に慣れ切っていたから、「単純作業に没頭してなにも考えない」のがすごく新鮮で、そして気持ちがよかった。
もしかしたら、定年後に蕎麦打ちにハマるお父さんが多いのも、同じ理由なのかもしれない。
昨今のソロキャンプブームも、キャンプの設置やキャンプ料理など、いろいろな作業に没頭することで、疲れた頭を休ませているのかもしれない。
少し前まで、「蕎麦打ちとかひとりキャンプとかなにが楽しいんだ?」「蕎麦なんてスーパーで安く買えるし、なにもしなくて済むロッジのほうが楽じゃん」と思っていたが、きっとそうではないのだろう。
単純な作業に集中できるからこそ、楽しいのだ。
なにも考えずに集中する動的瞑想が人生を豊かにする
こういった心地よさは、どうやら「アクティブメディテーション(動的瞑想)」というらしい。
「アクティブメディテーションとは、何かの動きに没頭する中で一種の瞑想状態になることです。通常の瞑想は動きを止めて自分に意識を向けるイメージですが、こちらは動きながら精神的な安定状態になるのが特徴」「何かに没頭するうちに動きの中に入っていくというか、ハマっていく感覚になるんですよね。そういう体験は、日常生活では相当意識しないとできないかもしれませんが、自然の中では生まれやすいと感じます。風や木々の音は聞こえるのに、動きに集中しているので心は無の状態になるような。特にコツコツと繰り返しやり続ける作業が良いと思いますね」
「瞑想状態」がどういうものかあまりピンとこないが、要するになにかの作業に集中して没頭することで精神的に安定するということだ。
ちなみに写経や塗り絵、ランニングなんかもそれに当たるらしい。
「健康のために走る」のはわかるが、「楽しいから走る」はさっぱり理解できないインドア派のわたしだが、「なにも考えずひたすら手足を動かすのが心地いい」と考えると、編み物にハマったいま、その気持ちが少しわかる気がする。
忙しいのに慣れてしまうと、「単純作業に没頭する」機会はどんどん減っていく。よりクリエイティブに、自分らしくあるべきだと言われるから。
でも普段、朝から晩までなにかしら考えて、処理しきれないほどの情報に溺れているわたしたちは、そういう「単純作業に没頭する時間」こそ必要なのかもしれない。
そういう意味で、かぎ針や編み棒と毛糸があればすぐにはじめられる編み物はぴったりだし、作ったものを身につけるのもまた心がほっこりするので、めちゃくちゃおすすめだ。
ティネクト(Books&Apps運営会社)提供オンラインラジオ第6回目のお知らせ。

<本音オンラインラジオ MASSYS’S BAR>
第6回 地方創生×事業再生
再生現場のリアルから見えた、“経営企画”の本質とは【ご視聴方法】
ティネクト本音オンラインラジオ会員登録ページよりご登録ください。ご登録後に視聴リンクをお送りいたします。
当日はzoomによる動画視聴もしくは音声のみでも楽しめる内容となっております。
【今回のトーク概要】
- 0. オープニング(5分)
自己紹介とテーマ提示:「地方創生 × 事業再生」=「実行できる経営企画」 - 1. 事業再生の現場から(20分)
保育事業再生のリアル/行政交渉/人材難/資金繰り/制度整備の具体例 - 2. 地方創生と事業再生(10分)
再生支援は地方創生の基礎。経営の“仕組み”の欠如が疲弊を生む - 3. 一般論としての「経営企画」とは(5分)
経営戦略・KPI設計・IRなど中小企業とのギャップを解説 - 4. 中小企業における経営企画の翻訳(10分)
「当たり前を実行可能な形に翻訳する」方法論 - 5. 経営企画の三原則(5分)
数字を見える化/仕組みで回す/翻訳して実行する - 6. まとめ(5分)
経営企画は中小企業の“未来をつくる技術”
【ゲスト】
鍵政 達也(かぎまさ たつや)氏
ExePro Partner代表 経営コンサルタント
兵庫県神戸市出身。慶應義塾大学経済学部卒業。3児の父。
高校三年生まで「理系」として過ごすも、自身の理系としての将来に魅力を感じなくなり、好きだった数学で受験が可能な経済学部に進学。大学生活では飲食業のアルバイトで「商売」の面白さに気付き調理師免許を取得するまでのめり込む。
卒業後、株式会社船井総合研究所にて中小企業の経営コンサルティング業務(メインクライアントは飲食業、保育サービス業など)に従事。日本全国への出張や上海子会社でのプロジェクトマネジメントなど1年で休みが数日という日々を過ごす。
株式会社日本総合研究所(三井住友FG)に転職し、スタートアップ支援、新規事業開発支援、業務改革支援、ビジネスデューデリジェンスなどの中堅~大企業向けコンサルティング業務に従事。
その後、事業承継・再生案件において保育所運営会社の代表取締役に就任し、事業再生を行う。賞与未払いの倒産寸前の状況から4年で売上2倍・黒字化を達成。
現在は、再建企業の取締役として経営企画業務を担当する傍ら、経営コンサルタント×経営者の経験を活かして、経営の「見える化」と「やるべきごとの言語化」と実行の伴走支援を行うコンサルタントとして活動している。
【パーソナリティ】
倉増 京平(くらまし きょうへい)
ティネクト株式会社 取締役 / 株式会社ライフ&ワーク 代表取締役 / 一般社団法人インディペンデント・プロデューサーズ・ギルド 代表理事
顧客企業のデジタル領域におけるマーケティングサポートを長く手掛ける。新たなビジネスモデルの創出と事業展開に注力し、コンテンツマーケティングの分野で深い知見と経験を積む。
コロナ以降、地方企業のマーケティング支援を数多く手掛け、デジタル・トランスフォーメーションを促進する役割を果たす。2023年以降、生成AIをマーケティングの現場で実践的に活用する機会を増やし、AIとマーケティングの融合による新たな価値創造に挑戦している。
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(2025/7/14更新)
【著者プロフィール】
名前:雨宮紫苑
91年生まれ、ドイツ在住のフリーライター。小説執筆&
ハロプロとアニメが好きだけど、
著書:『日本人とドイツ人 比べてみたらどっちもどっち』(新潮新書)
ブログ:『雨宮の迷走ニュース』
Twitter:amamiya9901
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