「学歴フィルター」という言葉を聞くと、どんなイメージを思い浮かべるだろうか。
わたしは、満席の企業説明会でもプロフィールを「東京大学」にすると予約できる……という仕様を目の当たりにしたときのことを思い出す。
「『学歴』で人を選ぶのは悪いこと、個人を見るべき」
「我が社は学歴で判断しません!」
という声がある一方で、『学歴』が人生に大きな影響を及ぼす現実は、確固として存在している。
さて、『学歴フィルター』は本当に悪なんだろうか?
そもそも、なぜ『学歴フィルター』は募集要項に堂々と記されないのか?
そのあたりを、ドイツで就活した経験から考えていきたい。
『学歴フィルター』は悪印象なので、『スキルフィルター』と呼ぶほうがいい?
この記事を書くきっかけになったのは、『「学歴フィルター」を嫌悪する日本人の超危険』という記事を読んだからだ。
内容をまとめると、以下のとおり。
1.取材した7社のうち6社が、「公式には学歴フィルターを実施していない」としながらも、選考過程で「学歴を参考にしている」と答えた
2.採用担当者は、学生やメディアが『学歴フィルター』について騒いでいることに困惑、憤っている
3.企業は採用のグローバル化を進めているが、学歴フィルターが(ネガティブな意味で)クローズアップされる日本の事情に苦慮
4.世界から優秀な人材を集めるために、今後は日本の企業も、学歴フィルターの存在と中身を公開することになるだろう
そして記事の最後に、こんな提案がある。
ここで厄介なのが、日本では企業が「学歴を見る」と口にした途端、学生だけでなく一般国民・メディアから「差別をする会社だ」と袋叩きに遭うことです。そうならないためには、「学歴フィルター」という用語を止めて「スキルフィルター」とするなど、工夫が必要かもしれません
わたしは、「『学歴フィルター』はイメージが悪いから『スキルフィルター』という言葉を使ってはどうか」というこの主張に、強い違和感を覚えた。
だって、『学校歴』を意味する『学歴フィルター』と、『専門歴』を意味する『スキルフィルター』では、まったく意味がちがうから。
こっそり『学校歴』で判断するのはそれなりの理由がある
『学歴』には、ふたつの側面がある。
出身の学校名や偏差値を判断基準にする『学校歴』と、学校でなにを学んだかを判断基準にする『専門歴』だ。
日本で言われる『学歴』は主に、「いい大学を出ると得をする」という『学校歴』である。
「東大生は説明会を予約できるのに自分はできない」なんて事例が、その最たる例だ。
この『学校歴フィルター』は『学歴主義』とも呼ばれ、日本ではすこぶる評判が悪い。
その理由としては、
・いい大学を出ているからといって、仕事ができるわけではない
・受験は家庭の経済力の影響が大きいから不公平
・偏差値主義は詰め込み教育の悪しき伝統
などが挙げられるだろう。
では、このような批判があるにもかかわらず、なぜ『学校歴フィルター』が存在しているのか。そのうえで、なぜ企業はそれをオープンにしないのか。
答えはかんたんで、「『学校歴フィルター』は便利」だけど、オープンにすると「面倒くさいから」だ。
企業側は、限られた時間、人数で、多くの応募者を選別しなければならない。
募集は、専門知識を求めない「総合職」や「営業職」。エントリーシートはどれもテンプレの内容。
じゃあどこで応募者を差別化するの? 『学校歴』でしょう!
……とまぁ、こうなるのもうなずける。
とはいえ、
「なんで早慶上智はよくてMARCHがダメなのか」
「貧困家庭だけどまじめに勉強して成績オールSなので、Fランでも努力を評価してください」
と言われても、正直困る。
採用基準をすべて説明する義務はないし、あくまで選考基準のひとつ。
だから秘密にしておこう。と、こうなるわけだ。
こっそりと『学校歴』でフィルタリングするのは、「正しい」かは別として、「合理的判断」だとはいえるだろう。
『専門歴フィルター』は精度が高いマッチングのために必要
一方で、学校でなにを学んだかを指標にする『専門歴フィルター』はどうだろう。
多くの国では、『専門歴』という意味での『学歴フィルター』が存在している。
わたしが就活したドイツもそうだ。
「経理募集。経済学、もしくは数学系の学位を取得しており、優秀な成績を修めていること。専門が会計学、数理ファイナンスの人はとくに歓迎」
「旅行代理店の窓口担当者募集。ツーリズム系を学んでいる人。同等の資格でも可」
など、募集では必ずといっていいほど『専門歴』が指定される。
企業は「こういう人がほしい」と条件をつけ、求職者は「この知識や経験を活かしたい」と申し込む。
『専門歴フィルター』は企業側と求職側のマッチングに役立つから、『学校歴』とはちがって、オープンにするのが前提だ。
ではこの『専門歴フィルター』は、『学校歴フィルター』のように批判されないのだろうか。
結論からいうと、批判されることはほとんどない。
なぜなら、『専門歴フィルター』があたりまえの国では、このような前提があるからだ。
・学生であっても、インターンや資格、学位取得などで即戦力になるスキルを身につけておく(社内教育は最低限)
・欠員募集が基本で、求職者は自分のスキルを高く売れる職場を探す(「総合職」のような募集はない)
・就職後も、継続的にスキルアップする環境が社外にある(仕事をしながら大学に通う、などが容易)
・企業は求職者のスキルに応じて、相応の待遇を用意する(初任給という考えはなく、交渉で給料が決まる)
こういった仕組みがあるからこそ、企業は堂々と
「この大学でこれを勉強して、これくらいの成績を修めた人だけ来てください。相応の仕事内容と待遇を用意しますよ」
と言える。
一方求職者は、「自分はこれができるので、高い値で買ってください」と交渉できる。
売るスキルがなければどこかで習得して来い、というだけの話だ。
『専門歴』は企業と求職者双方にとって最重要交渉材料だから、重視されて当たり前。批判なんかされない。
そもそも、日本でも中途採用や専門職では、『専門歴』が求められることが多いしね。
『学校歴』も『専門歴』も、まとめて『学歴』と呼ぶからややこしくなる
このように、『学校歴フィルター』と『専門歴フィルター』は、『学歴』というひとつの言葉でくくられがちだが、まったくちがう性質をもっている。
それを踏まえると、冒頭で紹介した記事の、
「『学歴フィルター』はイメージが悪いから『スキルフィルター』という言葉を使ってはどうか」
という主張に違和感を覚えるのも、ご理解いただけると思う。
『学校歴』という意味の『学歴フィルター』であれば、『スキルフィルター』とはまったくちがうので、言葉の代替性がない。
『専門歴』という意味の『学歴フィルター』であれば、イメージが悪くないので、言葉を変える必要はない。
だから、いずれの意味にせよ、「ちょっとちがうんじゃないかなー?」と首をかしげたのだ。
最近はこのように、「『どの学校を出たのか』ではなく、『なにを学んだか』を重視すべき」という主張をよく見かける。
多くの国が『専門歴』を重視することに倣って、「グローバル化にともない日本もスキル重視にしよう」というのだ。
言いたいことはわかるけど、『専門歴フィルター』にも当然、良い面と悪い面がある。
企業は、「とりあえず良さそうな人を採用して育てる」戦法が取れないから、ターゲットを絞って募集するしかない。
そのうえ、高スキルを求めるなら相応の待遇を用意しないと、「給料低すぎワロタ。他の企業行くねバイバーイ」と相手にしてもらえない。
求職するほうは就職前に即戦力になっておかないといけないから、1ヶ月タダ働きインターンも当たり前。
「売れる」スキルを身につけられなかったら、自分を叩き売りするしかない。
『専門歴』重視は合理的だけど、それはそれで大変なのだ。
現状の日本システムと『専門歴フィルター』は相性が悪い
この『専門歴フィルター』のデメリットに対し、『専門歴』を重視する国々は、この2つの前提条件を満たすことでその仕組みを成り立たせている。
・企業は(仕事内容がすでに決まっている)欠員採用メインで、スキルに見合う待遇を個別に用意する
・求職者は、スキルを身につける手段が豊富なので、その気になれば(社外で)スキルアップできる
一方日本は、仕事内容が未定の一括採用がメインで、待遇も「初任給」のようにある程度固定。
求職者は社内でスキルを磨くのが前提のため、社外でスキルアップする方法は限られている(とくに、社会人になってからの学位取得はむずかしい)。
現行の日本のシステムと『専門歴フィルター』は、根本的に相性が悪いのだ。
それなのに、日本で『専門歴』を求めても……ねぇ?
採用のグローバル化を掲げ、『専門』を重視するのは結構。
でもそれなら、日本の求職者(とくに新卒の学生)たちにも、ほかの国と同様に専門知識や経験を身につけるチャンスを用意し、企業はそのスキルに応じて個別に待遇を用意しないと、仕組みとして成り立たないよね、という話だ。
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【著者プロフィール】
名前:雨宮紫苑
91年生まれ、ドイツ在住のフリーライター。小説執筆&
ハロプロとアニメが好きだけど、
著書:『日本人とドイツ人 比べてみたらどっちもどっち』(新潮新書)
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