自分は中国で暮らして3年ほどになるが、日本の知人にしばしば聞かれるのは「中国ってどんな国?」という極めてアバウトな問いである。

何しろやたらと巨大な国だけに、ひと言で答えるのは難しい。

しかし、あえて自分が一番伝えたい点を挙げるなら、次のようになる。

 

「中国とは、路上を歩いていると捨てられた便器を普通に見かける国です」

 

いやあなた、3年も暮らして出てくる答えがそれですかーーといった反応が返ってくることは承知している。

しかし、自分がわざわざ便器に着目するのは、それなりに理由がある。

 

結論から先に言うと、街歩き中にふと見かける路傍の便器から、景気動向や人々の生活水準など、さまざまなことを読み取れるからだ。

いわば中国の路上放置便器とは、日本でいうタクシーの運ちゃんが語る景況感のようなもの。

 

かっちりとした統計ではないが参考に値する情報ソースであり、中国の経済・社会を映し出す鏡でもある。

ゆえに、自分と志を同じくする中国在住便器ウォッチャーたちは、「いい便器」を見つけた日には即座に情報をシェアすることを常としている。

何しろ中国は秘密主義のお国柄であり、その実態は現地にいても掴みにくい。

 

だからといって便器からこの国の姿を読み取るのは、いくらなんでも飛躍しすぎではーー?

 

そんな疑問をお持ちの方に語る、中国便器論。

汚い話と敬遠せず、ぜひお聞きいただきたい。

 

なぜ中国では路上で普通に便器を見かけるのか?

こちらに住んでいると、年に何度も騒音で起こされる。

賃貸用や分譲を問わず、中国では物件が売れたら内装全とっかえが当たり前で、それこそ壁に穴を空ける勢いで徹底的に工事をやる。

 

最初は文句を言っていたが、口喧嘩で中国人の右に出る者はなく、基本的に無駄な労力。

仕方ないので放っておくと、やがて大量のゴミがマンションの敷地内や路上にうず高く積まれる。

そしてそこには必ずと言っていいほど、便器がまるっと置かれているのだ。

 

初めて見た時は、カルチャーショックを受けた。

日本であれば、まず内装で出たゴミを路上放置する時点でアウト。

いやそれ以前に、自分が長年使い込んだ便器をご近所さんの目に晒すこと自体、羞恥の極みである。

 

 

ところが中国の人々にとってはどうでもいいことらしく、多い時には1日に2〜3個遭遇してしまう。

物珍しさから見つけた便器は必ず写真を撮るようにしていたら、ある時、上海で暮らす中国在住10年、大手企業の中国支社で代表を務める現役第一線のビジネスマン、青木氏が全く同じことをしていると判明した。

 

彼からは、便器と中国経済の関連性を教えられた。

いわく、路上放置便器とはマンション販売の良し悪しを表すものだという。

「確か2013年から2015年くらいだと思うんですが、とにかく街中でやたらと便器を見かけたんですね。

当時中国経済はイケイケで、自分のビジネスも前年比200%とかそんな勢いで伸びていました。

爆買いっていう言葉が出だしたのもこの頃で、日本ではインバウンドばかり注目されていましたが、中国国内ではマンションがバカ売れしていたんですよ。

肌感覚とはいえ、不動産や景況感に関しては便器を見るのが早いですね」

中国とは国際総生産に占める不動産セクターの比率が極めて高い国。

中国国家統計局の2020年のデータによると、建設業まで含めた不動産部門のGDPシェアは約15%に及び、投資や関連サービス業といったところまで含めるとさらに膨れ上がる。

 

要は世界の工場と言いつつも国内経済、そして景気はマンション販売次第、みたいなところがあり、不動産業は重要なチェックポイントなのである。

ただ、いくら中国とはいえ政府発表の各種経済指標があり、結局ビジネスで頼りになるのは感覚ではなく統計なのでは、という疑問もなきにしもあらず。

 

それでも便器に注目する理由を、引き続き青木氏に説明してもらった。

「中国の公式データというのはまず数字ありきで、『こういう結果にまとめろ』っていう上からの指示が感じられるものも少なくありません。

さらに何でも大きく言う文化なので、仮に本当は正しいものだったとしても身構えてしまうんですね。

この国では必要な情報は自分で集めないとだめで、ちゃんと本腰を入れてやるという前提付きですが、日本に比べてむしろデータが取りやすい国でもあるんです。

僕の場合アンテナを張っていたらそこに便器も引っかかった、ということです。

あと、肌感覚というか勘も中国では大事ですよ。

例えば、判断に悩んでいることをこっちの人に相談すると、メンツがあるから分からなくても答えちゃうんですよ。

しかも、それが自信満々なんですね、根拠があろうがなかろうが。

そうなると最後に信じられるのは自分だけで、感覚的なことも結構大きいんです」

 

在中日本人(の一部)が中国トイレに注目する理由とは

世界第二位の経済大国でありながら、中国は今も不思議の国。

街に便器が放置されていることもあれば、管理室付きの公衆トイレに清掃員が夫婦で住んでいることもある。

 

前出の青木氏によれば、街のトイレがある日いきなり住宅に改造されて、そこに家族が暮らし始めたのも見たという。

 

多くの駐在や留学生などはスルーするであろうそれらのカオスな事象に、あえて目を向ける。

そうすることで中国の等身大の姿が見えてくることもある。

「捨てられている便器の価格帯で生活水準が見えてきますし、便器が拾われていくことから中国のリサイクル意識のすさまじさにも気付かされます。

確かに、中には『これ換える必要あるの?』って思うものもありますし、ハイソな場所の放置便器は輝いて見えるんですね。

とはいえ便器は便器ですから、少なくとも日本では持って帰ろうって話にはならないじゃないですか。

中国というのは使えるものは何でも徹底的に再利用する国で、換金できるものは真っ先に持っていかれますし、拾ったチョーヤの梅酒の瓶を水筒代わりに使っているおばさんを見たこともあります。

つまり、一般に持たれるイメージとは真逆のある意味SDGs先進国で、中国便器はそういう気付きも与えてくれます」

 

 

これは全く青木氏の言う通りで、こちらでは食品の浪費といった問題がある一方、リサイクル熱は極めて高い。

 

北京の官庁街や上海の高級住宅街であってもゴミ収集を生きがいとする住人が必ずと言っていいほどいて、拾ったダンボールに水を染み込ませて重くし、少しでも高く売ろうとしている場面に遭遇する。

 

それで得られるのはわずかな金。

しかし、そういう人に限って意外に自宅持ちで、下手すれば「売れば億」という物件に住んでいる。

金に対するあくなき執着と、使えるものはとことん使うという意識が相まって、中国は便器すらカバーするリサイクル大国となっているのだ。

「結局、便器に注目するのは中国理解の一助になるからです。

日本と中国では常識にずれがあって、こちらでビジネスをする以上、そのギャップを把握していないと市場で受け入れてもらえません。
よく日本から来たばかりの人が『日本ではこうだから』とか言いますが、それって通用しないんですよ。

ちなみにコロナ後、めっきり便器を見かけなくなって、実際景気は中国政府が言っているほど良くありません。厳しい中で生き残るために、これからもしっかりこの国に根ざしてビジネスをしていきたいですね」

 

それにしても、なぜ便器ウォッチャーたちはそれほどまでこのテーマで熱くなれるのか。

いや、何も便器に限らない。

中国を語る上で、トイレの話題は避けて通ることができないもの。

 

壁のない「ニーハオトイレ」は日本でも知られているが、それ以外にも一歩足を踏み入れたらそこは異次元、みたいなところはごまんとあり、中国在住者同士であればお手洗いトークで数時間はつぶせるのが普通である。

自分の見立てでは、街の放置便器にしろ気絶しそうになるトイレにしろ、発展とともに失われていく「古き良き中国」の原風景であるからだ。

 

長年この国と付き合ってきた日本人の心の内には、全員とは言わないもののルール無用でカオスに満ちた中国に対する憧憬がある。

世の中無茶苦茶、でも明日は今日よりきっとよくなると皆が思えた時代が懐かしいのだ。

それが今や、都市によっては日本が後進国と感じられるほどインフラが整備され、高層ビルが立ち並ぶ。

 

その街並みに現代アートのごとく鎮座する便器ーー。

「やはりこの国は、こうでなくては」

中国に魅せられた、もしくは取り憑かれた者たちが便器に思わず注目してしまうのは、そんな思いもあるのかもしれない。

 

 

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【登壇者紹介】

安達 裕哉(あだち・ゆうや)
ティネクト株式会社 代表取締役/ワークワンダース株式会社 代表取締役CEO
Deloitteにてコンサルティング業務に従事後、監査法人トーマツの中小企業向けコンサル部門立ち上げに参画。大阪・東京支社長を経て、2013年にティネクト株式会社を設立。
ビジネスメディア「Books&Apps」運営。2023年には生成AIコンサルティングの「ワークワンダース株式会社」も設立。
著書『頭のいい人が話す前に考えていること』(ダイヤモンド社)は累計82万部突破。2023年・2024年と2年連続で“日本一売れたビジネス書”に(トーハン/日販調べ)。
日時:
2025/7/14(月) 16:30-18:00

参加費:無料
Zoomビデオ会議(ログイン不要)を介してストリーミング配信となります。


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お申し込みはこちら東京都令和7年度中小企業サイバーセキュリティ啓発事業「経営者向け特別セミナー兼事業説明会フォーム」よりお申込みください

(2025/6/2更新)

 

 

 

【プロフィール】

御堂筋あかり

愛媛県松山市出身。スポーツ新聞記者、月刊誌編集長を経て現在は中国にて編集・ライター業を営む。廃墟と紙一重の中華アパートで猫とふたり暮らし。

Photo by : Michael Coghlan