わたし、買い物がヘタになったかも……。
ステイホームを続けるなか、ちょっとした用事があり、先日約2年ぶりに街に出た。
徒歩圏内の村のスーパー以外に行くのは久しぶり。
せっかくなら、仕事に必要なノートや文房具、ずっと切らしていた化粧水や乳液も買ってしまおう。
ついでに、ちょっとお高いオーガニックシャンプーも。
長らく離れていた外の世界に少し緊張しながら、街で一番大きなドラッグストアへ向かう。
香水の匂いが漂う店内には、ブランド別に分けられたさまざまなスキンケア商品がずらり。
ああ、なんだか懐かしいなぁ。
久しぶりの買い物に心が踊る。
……で、なにを買えばいいんだろう?
そういえばここのところずっと、買い物はamazonのおすすめやレビューを見て適当に決めていた。
いざ商品棚の前で「どうぞ好きなものを選んでください」と言われても、なにを手がかりに決めればいいのかがわからない。
ネットを使った便利な買い物に慣れきっていたわたしは、いつのまにか「自分の好きなものを選び取る能力」を失ってしまったみたいだ。
選ぶことをやめた人が頼るのは、AIと口コミ
あまりにも日常的すぎて深く考えていなかったが、「買い物」という行為は、ここ最近急速にかたちを変えているらしい。
それを丁寧に解説しているのが、『2025年、人は「買い物」をしなくなる』という本だ。
そこには、わたしたちが「選ぶ」という面倒くさい作業を避けるようになったことが書かれている。
たくさんの中から一つの商品を選ぶことも、実は面倒くさい作業の連続なのである。
価格を比べ、機能を比べて、店員に意見を求めることもある。その一連の流れは、時間もかかるし、頭も使う。モノによっては数日間、悩みっぱなしということもあるかもしれない。
「一カ所に多くの商品が集まっている」ことは、現代の忙しい消費者にとって魅力的ではなくなっているのだ。
(……)
すでに選ぶことをやめた人たちは、どんな情報を頼りに、買うか買わないかの判断をしているのだろうか?
彼ら(もはや「私たち」と言ってもいいかもしれない)が信頼を寄せる情報源は2つある。”AI”と”口コミ”である。
わたしたちは「自分で選ぶ」という面倒な作業をやめ、だれかが良いと保証してくれたものを買うようになっているというのだ。
「他人に判断を委ねている」と言い換えてもいいだろう。
そういえば以前わたしは、『本屋さんには「本が選べる・買えること」以外の本質的な価値がある。』という記事を書いた。
2018年、もう3年も前のことだ。
本屋をぶらぶらしていると、ふだん読まないジャンルのおもしろい本と出会うことがある。
気になる本を並べて試し読みして、一度本屋を出てランチ中にどちらを買うか考えて、また本屋に行く……なんてこともしょっちゅうだ。
そうやって、好きな本を買っていた。
でもamazonで本を買うとなると、画面のおすすめに出るのは、自分の趣味志向に沿ったもの、もしくは売れ筋の商品だけ。
商品にはレビューがついてて、おもしろそうだと思っても、レビューが☆1だと途端に興味をなくしてしまう。
自分の好きなものを自分で見極めるために、本は本屋で買いたい……という内容だった。
「選ぶことをやめてだれかに選んでもらうようになった」というのは、3年前、わたしも思ったことなのだ。
たしかに、amazonは買い物における「面倒くさい」を減らしてくれた。
でもそのぶんわたしは、わたしたちは、「良いものであるという他人からの保証」がなければ、自分で選ぶことができなくなってしまったらしい。
買い物の大前提である「買って手に入れる」すら壊したサブスク
サブスク(定額制サービス)に関する記述もおもしろいので、紹介したい。
サブスクのメリットは、「好きなものをどれだけ使っても料金は一定である」という点だ。中には買い取り形式のものや、回数制限のあるサービスもあるが、一回ごとに商品の値札を見て、財布と相談する必要はない。
サブスクが省略している買い物プロセスとしては、店舗への移動・決済・商品の包装・受け渡しなどが挙げられる。また、「選ぶ」についても、長い時間をかけて検討することはあまりない。いろいろなものを実際に使ったり、食べたり、試したりすることができ、また多くの場合は解約も簡単なので、たとえ商品選びに失敗しても、それほど痛手ではないだろう。
いわれてみればたしかに、サブスクはさまざまな「買い物の面倒くさい作業」を減らしてくれた。
だからこそ、面倒くさいことを嫌うわたしたちの生活に受け入れられたのだ。
サブスクがウケた背景には、「所有の概念の変化」があるという。
20世紀後半の高度成長期には、「高価なものを所有すること」が一つのステータスだった。(……)
しかし今は、所有することだけではなかなか喜びを見出せない時代なのだ。むしろサブスクやレンタル、シェアなどで、所有することのリスクやコストを減らしたいという人が増えている。自動車や電化製品を所有していないからといって「恥ずかしい」という感覚を持つことも、あまりないのではないだろうか。
「買ったら自分のものになる」というのが、買い物の大前提だった。
でもいまは、「自分のもの」にこだわる人は減っている。
むしろレンタルのほうが、かさばらないし、維持費もかからないし、気分で選べるし、お得ですらある。
買ったとしても、気に入らなきゃメルカリで売るだけ。
自分のものじゃなくていい。ほしいときにだけ手元に置きたい。都合よく利用したい。
買い物の面倒くさい作業はどんどん減り、「所有」という大前提すら崩れているのが、いまの買い物事情らしい。
たくさんの制約のなかで、それでもほしかった漫画
話は変わるが、これは2021年現在、我が家(ドイツ)のわたしの本棚である。
この『神風怪盗ジャンヌ』は1998年から2000年に『りぼん』で連載された人気漫画で、小学生だったわたしが初めて本気でハマった少女漫画だ。
「おもしろいから」というより、もはや「大切だから」という理由で、わざわざドイツにまでもってきた。
うちは父親が本好きだということもあり、親の方針で「本は漫画も含め好きなだけ買っていい。ただし、漫画は1日2冊まで」という決まりがあった。
本屋に行くのはだいたい週末だから、漫画は1週間に2冊。
当時『ONEPIECE』のアニメがグランドラインに突入したタイミングで勢いがあり、『ONEPIECE』の漫画も集め始めていた。
でもジャンヌもほしい。
なけなしのお小遣いでジャンヌを買うか?
でも今月の『りぼん』のぶんのお小遣いも確保しなきゃいけないし、来週末はプリクラを撮りに行く約束があるし……。
いくら「好きなだけ」と言われても、さすがに本棚から溢れるのは困る。
新しく漫画を買うのであれば、なにかしらBOOKOFFに売らないと。
コナンの特別編を切るか? いや、それなら『ケロケロちゃいむ』が先か?
あしたもお父さんとお母さんがお出かけするなら、それについていけばもう一度本屋に行けるかもしれない。
それならONEPIECEは明日にして、今日はジャンヌを買ってもらうか……。
小学生のわたしには、買い物にたくさんの制約があった。
親にお店まで連れて行ってもらわなきゃいけないし、予算も収納スペースも限られている。
だから買い物ではつねに、「そこまでして手に入れたいか」を問われていた。
テニプリの新刊を諦めてまでジャンヌを読みたいか?
ケロちゃを売ってまで続きが気になるか?
プリクラを我慢する覚悟があるか?
手に入れたものはすべて、そういった質問を押しのけてでもほしかったものばかりだ。
そのなかでもジャンヌはとくに思いいれがあるから、kindleを買えば手軽に読めるとわかっていても、わざわざドイツまで現物を持ってきたのだ。
だって、一番好きな漫画だったから。
自分の好きなものを探すのが「面倒くさい」になった結果
買い物は、「制約」と「好き」の戦いだ。
大人になったいまだって、所有スペース、維持費、予算などなど、買い物にはいつもなにかしらの制限がある。
その制限と、「これがほしい」という気持ち、どっちが勝つか。その戦い。
「自分がなにをどれほどほしいのか」を考えるということはつまり、「自分が好きなものを選び取る」ということでもある。
そう考えているわたしは、この部分にちょっと違和感を覚えた。
先ほど、封を開ける瞬間が一番楽しいのではないかと述べたが、人によっては、店の雰囲気を楽しんでいるという人や、買い物中の会話を楽しんでいる人だっているだろう。
わずらわしい買い物のプロセスを省略していくことで、人々はもともとあった「買い物の本当の楽しさ」に再び気づくことになるのである。
そうだろうか。
amazonやサブスクサービスで面倒くさい買い物の作業を減らした結果、わたしたちは買い物をもっと楽しめるようになるのだろうか。
人によっていろんな意見があるだろうけど、少なくともわたしは、そうは思わない。
だってわたしたちが「面倒くさい」と排除したその手間は、「自分の好きなものを探す時間」だったはずだから。
好きなものを探し、選び、それを大切にする。
その過程を簡略化、省略したうえで気づける「買い物の本当の楽しさ」ってなんだろう?
なんで開封が楽しいのか? それは自分がほしいものをやっと手に入れたからだ。
なんで店の雰囲気を楽しむのか? それはゆっくりと自分の好きなものを探せるからだ。
なんで買い物中の会話を楽しんでいるのか? それは大切な人と自分の好きなものについて話せるからだ。
そういった楽しみは全部全部、「好きなものを選び取る」ための過程にある。
アルゴリズムによるおすすめや他人のレビューで選び、家の中でワンポチで注文。
サブスクで気になったものをつまみ食いしてすぐにポイ。気に入らなければメルカリで即日さよーなら。
気軽で気楽、自分をわずらわすものはなにもない。
制約もなければ覚悟もいらない。
そんななかで、「選び取る」「楽しさ」なんてあるのだろうか?
自分の「好き」の価値を下げないためにすべきこと
買い物が面倒くさければ面倒くさいほど、わたしたちは自分の「好き」に真剣になる。
「そこまでしてほしいか」を、つねに考え続けるから。
逆に、買い物がかんたんで手軽になればなるほど、わたしたちは自分の「好き」を適当に扱うようになる。
「他の人がおすすめしてるものでいいや」
「気に入らなきゃ売ればいいや」
と、自分の「好き」の価値を、自分で下げてしまう。
自分が本当に「好き」なものはなんなのか、わからなくなってしまう。
もちろん、口コミで話題の小説を買うのだって、ネトフリで最新アニメを見るのだって楽しい。
「新たな買い物体験」を否定するわけではないし、この買い物の形式が成立している現在だからこそ、ステイホームしながら生き延びることができたのも事実だ。
でもこのままではいずれ、「自分がなにを好きかわからない」状態になってしまうかもしれない。わたしは、それが怖い。
自分の好きなものは、自分で探して、見つけて、買って、並べて、にんまりしたい。
自分のことは、自分で喜ばせてあげたい。
だからわたしは、お手軽な買い物もいいけど、「面倒くさい買い物」も楽しみたいと思うのだ。
自分の「好き」が、わからなくならないように。
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システム開発やITコンサルティングを経て、
外資系製薬企業で15年以上のITビジネスパートナーとして人事からコマーシャル、 メディカルなど製薬企業の様々な分野のプロジェクトに携わる。
現在はネクセラファーマ株式会社で、システムだけではなく、企業風土改革や業務改善をリードし、
日本発グローバルバイオ製薬企業にむけて、同社の成長基盤の構築に尽力している。
岡田 雄太(ワークワンダース株式会社 CTO)
野村総合研究所に新卒入社後、証券総合バックオフィスシステムやオンライントレードシステムなどの開発に従事。
その後、8 Securities(現SoFi Hong Kong)へ出向し、日本人唯一のエンジニアとして国際的なプロジェクトに携わる。
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(2026/01/19更新)
【著者プロフィール】
名前:雨宮紫苑
91年生まれ、ドイツ在住のフリーライター。小説執筆&
ハロプロとアニメが好きだけど、
著書:『日本人とドイツ人 比べてみたらどっちもどっち』(新潮新書)
ブログ:『雨宮の迷走ニュース』
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