私がコンサルティング会社にいたころは、大量の仕事が絶え間なく降ってくるので、とにかく効率よく働くことが求められた。
特に大事だったのが、「セルフコントロール資源」の管理(=精神的な消耗を防ぐこと)だ。
セルフコントロールは使えばなくなる。
だから、野放図に使ってしまうと、たちまち仕事が立ち行かなくなる。
「なんでこんなに仕事が手につかないんだろう?」と悩む人に読んで欲しい話。
繰り返しになるが、セルフコントロールは、消耗資源である。使えば減り、休めば回復する。
集中力は、消耗資源。
だから、休憩中にマンガや本を読んだり、ゲームを
やったりすると、「やる気」が回復するどころか
逆に消耗してしまう。経験的には、仮眠が最も集中力を回復できる。
やる気を出すには、とにかく睡眠。— 安達裕哉(Books&Apps) (@Books_Apps) September 24, 2021
そのため、所属していた組織は、組織ぐるみのライフハックが存在していた。
ライフハック、というと軽く感じるが、要は組織が「仕組みを使って、消耗を防ぐには?」を突き詰めて考えていた。
だから、私の前の職場では、カルチャーや仕組みの中に、極めて細かい工夫が、いろいろとあった。
セルフコントロール資源を保存するための仕組みと、カルチャー。
例えばどんなものがあったのか。
以下に羅列する。
手帳は大きいものを使え
「手帳はできるだけ大きいものを使え」と言われた。
確かにみな、見開きのA4サイズの、大きな手帳を使っていた。
これは、小さい字を扱うこと自体が、認知資源を消耗するからだ。
文字が大きければ読むのも書くのも楽で、かつ探している情報を発見しやすい。
「さん」付け文化
社内の人間は誰であろうと、たとえCEOであろうと、「さん」付けで呼ばれた。
これはいちいち肩書などを調べることを不要にし、消耗を防いだ。
議事録を取らない
社内会議では、誰も議事録を取らなかった。
というのも、議事録の作成やチェック自体が、セルフコントロール資源を消耗させる元凶だったからだ。
議事録を取る代わりに、会議の終わりには、ホワイトボードを印刷するか、書かれたことの写真が配布された。
それで終わりだった。
「体調管理も含めて仕事」というカルチャー
体調不良はそれだけで「セルフコントロール資源」を消耗する。
だから、健康管理は仕事上とても重要視されており、毎月の定例会で「健康診断」を受けたか受けてないか、発表が義務付けられた。
あるいは、セミナー講師はインフルエンザ予防接種を必ず行うよう要請されていた。
つい先日、野村HDが「在宅勤務時にも禁煙」を社員に求めていることが報道され、「やりすぎ」と言う声もみられた。
が、従業員の健康は業績に直結するとみなす考え方が、世の中にはある。
野村HDが就業時間中は全面禁煙に、10月導入-在宅勤務時も対象
野村ホールディングス(HD)は10月から、国内のグループ社員を対象に、就業時間中の全面禁煙を実施すると発表した。出社している社員に加え、在宅勤務者も対象にするという。
頻繁な席替えと、整理整頓
オフィスでは卓上の「整理整頓」が義務付けられていた。
これは、機密情報の紛失や漏洩を防ぐという目的のほかに、「情報の検索性を高める」と言う目的があった。
実際、啓蒙のために、どこぞのビジネス書から持ってきた
「会社員が、1年間のうちオフィスで探し物をしている時間は〇時間」
というテキストが作られており、探し物のために、仕事が非効率となることは許されなかった。
なお、会社では数か月に一度席替えがあった。
席替えがあると、移動のために余計な書類などを捨てることができる
引っ越し自体は面倒だが、整理整頓と言う意味では、絶大な効果があった。
OJTのフィードバックは、当日中に行う
新米コンサルタントは、3社目まで上司や先輩が同行のもとに仕事をすることになっていた。
いわゆる、OJT(現場でのトレーニング)だ。
そして、この現場でのトレーニングに対するフィードバックは、必ず当日中に行うこととされた。
これは記憶の新しいうちに素早いフィードバックが行われることが非常に効果的、かつ、日程調整などが不要で、生産的だったからだ。
同様に、セミナー資料などの改訂も、セミナーが行われた当日に行われた。
「後日やりましょう」は、非生産的なのだという認識は、社内で一般的だった。
意思決定は「メリットとデメリット」を比較して機械的に
何かの施策を実施する際には「メリットとデメリット」の比較を機械的に行って、意思決定せよ、と言われた。
そこでは、好き嫌いなどの感情や思い入れ、伝統、人間関係などはあまり考慮されない。
慣習として行われている業務はすぐにその意味を問われた。
基本的には、マネジャー以上から「無駄」と判断された業務は、即日停止された。
それは現場の「消耗を防ぐ」ことにつながった。
結論から言って
報告や相談は、必ず結論から言うことが求められた。
相談されたほうは、「結論から言って」と、率直に言うことが許されており、冗長で形式的な報告を防ぎ、消耗を防いだ。
また、これは、対顧客コミュニケーション能力の強化にもつながった。
会議中は上司も部下もない
肩書や立場を忖度することは消耗につながる。
だから、会議中は上司も部下もなく、新人ですら、対等に意見を言うことが求められた。
特に、明確に論拠をもって「反対意見」を言うことは、推奨され、評価の対象となった。
もちろん、その分、会議自体は大変だった。
主張には明確なロジックが求められたからだ。
が、あとから「本当は反対だった」とか「言いたいけど言えなかった」といった事態は発生しなかった。
会議は事前に「議事」を回覧する
事前に議事が回覧されない会議を開くことは禁止された。
少なくとも事前に
会議のゴール
ディスカッションしたい事項
会議招集者の意見と論拠
などを記した議事が共有された。
これによって、会議の時間は短縮され、消耗を防いだ。
定義の定まらない言葉の使用は禁止
議案を提起したり、意見を述べるときは「認識のブレが少ない言葉をつかえ」という指示が出ていた。
これは、皆の認識の不一致を招き、認識合わせと言う余計な仕事、消耗につながるからだ。
例えば「ベストプラクティス」、「コラボレーション」、「バリュー」、「イシュー」といった、外来語。
コンサルティング会社のイメージからして、意外かもしれないが、こういった、わかったような、分からないような言葉は、使用を禁止されていた。
辞書を携帯せよ
言葉の定義に関しては、ディスカッションするようなものではなく、辞書を引け、という通念があった。
「その言葉の定義はなにか」は、議論すれば出てくるようなものではなかったからだ。
原稿チェックは紙で行う
印刷物、例えばセミナー資料や、クライアントへの配布物のチェックは、PCの画面上ではなく、最終的に紙に印刷して行うことが求められた。
これは実際に、誤植などの発見率向上に寄与し、消耗を防いだ。
成果につながらない仕事はやってはいけない
「仕事をやっているよう見せかける仕事」や、成果につながらない仕事は、やってはいけないと命じられた。
「あなたの時間を無駄遣いすることは、会社全体の損失だよ」と言われた。
コンサルやってた時、
「提案書作りましょうか?」と絶 対 言 う な
と教えられた。
作りましょうか?と言ったら、
絶対作ってくれ、と言われるし、
そういう時の提案って、
作るの大変な割に、ほぼ受注にならない。提案書は、「提案してくれないか」
と言われてはじめて、取り掛かるもの— 安達裕哉(Books&Apps) (@Books_Apps) June 21, 2021
不平不満と、課題を区別せよ
不平不満と、課題は厳密に区別せよ、と言われた。
不平不満は、利己的な動機によるもの。基本的には愚痴。
単に聞くだけでいい。
課題は業績につながるもの。
これは要解決。手を動かす。
会社ではよく上司に「それはなぜ課題だと言えるのか?」と聞かれた。
明確な理由を述べることができない場合は「単なる不平不満じゃないの?」とも言われた。
確かに、この二つを明確に区別することで、余計な仕事を増やすことを防いだ。
なんでそんな細かい話を気にする?
上の話を読んでもらって、「なんでそんな細かい話を気にするのか」と訝しく思う方もいるだろう。
しかし、生産性とは突き詰めると「人と人の摩擦」によって大きく損なわれることが頻繁にあるのだ。
いかに商品が良くとも、ビジネスモデルが優れていても、摩擦が大きい組織の仕事は、効率的とは言えない。
大量の仕事をこなしていた組織の背景には、上のような細かい「消耗を防ぐカルチャー/仕組み」が数多く存在していた。
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【著者プロフィール】
安達裕哉
元Deloitteコンサルタント/現ビジネスメディアBooks&Apps管理人/オウンドメディア支援のティネクト創業者/ 能力、企業、組織、マーケティング、マネジメント、生産性、知識労働、格差について。
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