すぐ隣で仕事をしている人が、こんなことを言っていた。

「なんで自分にはこんなに集中力がないんだろう?仕事をはじめても30分で耐えられなくなってしまう。昨日の夜は溜まっていた仕事になかなか手がつけられず、つい朝まで寝てしまった。」

 

私は答えた。

「科学的には、「とりあえず、5分でも10分でもやってみる」とやる気が出るらしいですよ。」 

参考:どうにもやる気がおこらない時、やる気を出せる技術。

「やる気」は脳の研究分野の1つでもあり、科学的なアプローチも進められてきた。

脳科学者の池谷裕二氏は著書の中で、「やる気」について言及しており、「何かを始める」と、側坐核という脳の部位が活性化し、やる気が出るとしている。

これはつまり「気分」「マインド」が先ではなく、「行動することでやる気が出る」という、従来のイメージと逆の主張だ。

確かに個人的にこれは思い当たるフシが数多くあり、「やる気がでない」と言う言葉は、単純に「まだ始めていない」の単なる言い換えに過ぎないと感じる。

つまり、

「勉強のやる気が出ません」⇒まだ勉強を始めていません

「仕事のやる気が出ません」⇒まだ仕事を始めていません

ということだ。

本質的には「始めさえすれば」やる気は自然に湧いてくるのである。つまり、仕事、運動、習い事、何にしろ大変なのは、「最初の一歩」だ。

隣の人は、

「いやいやいやいや、その5分、10分始める、が難しいんじゃないですか……。」

といって、iPhoneを取り出し、何やらネットの巡回を始めてしまった。

 

「とりあえず始めてみよう」というアドバイスは、集中力がかけている人には、負荷が高すぎるようである。

では、どうすればよいのか。

 

*****

 

「集中力の欠如」は、仕事を始めようと言う人にとっての最大の問題の一つだ。

そういう人は、上述した方のように

「私みたいに、集中力のない人はだめな人なんだ」

と、落ち込んだりする。

 

だが、その方の言うことをそのまま受け取っていいのだろうか。

 

これについて、一つ有益な情報がある。「集中力」は消耗資源である、という事実だ。

 

 スタンフォード大学教授で、GoogleやGapへのコンサルティングを行っていることで知られるチップ・ハースは、著書の中で、こんな実験を紹介している。

「味覚に関する実験を行う」との名目で、お腹をすかせた大学生を集め、「チョコチップ・クッキー」と、「ハツカダイコン」のおいてある部屋に集めた。

部屋にはチョコチップクッキーの良い匂いが充満している。

 

実験者たちは大学生を2つのグループに分け、半数には「チョコチップ・クッキー」だけを食べてもらい、半数には「ハツカダイコン」だけを食べてもらった。

当然、ハツカダイコンのグループはチョコチップクッキーの良い匂いの誘惑に耐えながら、ウサギの餌をかじることになる。

つまり、彼らには「誘惑を我慢させた」のだ。

 

さて、その後実験者たちは大学生を別の部屋に移動させ、「高校生と大学生の問題解決能力を比較する」という名目で、どうやっても解くことのできない、難解なパズルに取り組んでもらった。

 

さて、この実験結果は、面白いものだった。

「誘惑のない」学生、つまりチョコチップ・クッキーを我慢せずにすんだ学生は、課題に一九分を使い、問題を解こうと三四回の試行錯誤を行った。

一方、ダイコンを食べた学生は、それよりも我慢がもたなかった。わずか八分であきらめ、わずか一九回しか試行錯誤を繰りかえさなかった。

 

なぜこのような違いが起きたのか?

それは、「我慢した」学生は、すでに、セルフコントロールを使い果たしてしまっていたからである。

繰り返しになるが、セルフコントロールは、消耗資源である。使えば減り、休めば回復する。

 

上述したチップ・ハースは実験結果を踏まえ、こう結論づけている。

さまざまな研究によって、自己管理が心身を消耗することが証明されている。

たとえば、ウェディング・レジストリ(訳注/アメリカで、結婚時に新郎新婦がつくる結婚祝儀の〝ほしいものリスト〟)の作成や新しいコンピュータの購入など、複雑な選択や検討をさせられた人々は、させられていない人々よりも集中力や問題解決能力が落ちることがわかっている。

ある研究によると、病気の動物を描いた悲しい映画を観るときに、感情を抑えるよう指示された被験者は、自由に涙を流した被験者と比べて、その後の身体持久力が低下することがわかった。

こう考えていくと、「心配事」が多い人は、集中力も低く、クリエイティビティも発揮しにくい。

むかし、「貧乏人はなぜ怠け者とみられるのか」という問いに対して、「お金のことを心配するのに手が一杯で、他のことを考えられなくなってしまうから」と回答した人がいた。

あながち間違いではないのかもしれない。

 

これについても、チップ・ハースは次のように述べている。

怠け者で頑固だから変わるのがむずかしいというのは、完全にまちがっている。実際にはその逆だ。

変わるのがむずかしいのは、体力を消耗しているからだ。これこそ「変化」のふたつ目の意外な事実だ。怠けているように見えても、実は疲れきっている場合が多いのだ。

冒頭の隣人は、昼間のタスクで疲れ切っていた。

疲れ切っている人は、惰性で動いてしまう。

「意志力」がなくて行動を変えられないのではなく、「意志力」を使い果たしてしまったため、行動を変えることができなくなっている。

 

したがってその方に必要なのは「集中力を回復させる」ための休息である。iPhoneを見ていたのでは、集中力の回復は望めない。

集中力を回復させなければならないときには、注意を必要とするような、例えばサイトを巡回したり、本を読んだり、テレビを見たりすることは推奨されない。

 

逆に、「始められない」「どうにもやる気が出ない」など、消耗していると思ったら、短時間でも「意志力の回復」を行うこと。

仮眠をとったり、場所を変えたりすることも効果がある。

ライフハック的ではあるが、努力なしで生産性を上げられる小ワザ6選という記事によれば、

「可愛い動物の赤ちゃんを見る」

「オフィスの温度や照明を見直す」

「普段は聞かないジャンルの音楽を聴く」

なども効果があるかもしれない。

 

 

何れにせよ、「自分には集中力がない」と考えることは間違っており、「自分は疲れている」と認識することが重要だ。

 

もう一つ、チップ・ハースは自分に「何かを開始する」という変化を与えるには、「アクション・トリガー」の設定が有効だと述べている。

たとえば、大学生を対象にしたある研究を紹介しよう。学生たちは、クリスマス・イブの過ごし方に関するレポートを書くと、講座で追加の単位がもらえるという選択肢を与えられた。

ただし、ひとつ条件があった。単位を取得するためには、レポートを一二月二六日までに提出する必要があったのだ。

大半の学生にはレポートを書く意志はあったが、実際に書いて提出したのは三三パーセントだった。

一方、別のグループの学生は、アクション・トリガーの設定を課せられた。つまり、あらかじめレポートを書く正確な時間と場所を宣言させられたのだ(たとえば、「クリスマスの朝、全員が起きるまえに父親の書斎でレポートを書く」など)。

すると、なんと七五パーセントの学生がレポートを書いた。

これほどわずかな心理的投資にしては、驚きの結果だ。

 つまり、「もし◯◯が起きたら、自分は◯◯する」と心のなかで決めておくのが、「アクション・トリガー(行動の引き金)」

 

これは非常に有効な手段の一つである。

なぜなら、「セルフコントロールを消耗する、困難な意思決定をする必要がない」からだ。

実際、これらは病院などにおいても実績をあげている。

アクション・トリガーが困難な状況にいる人々にどう役立つかを見るために、股関節や膝関節の置換手術のリハビリ患者の研究について考えてみよう。(中略)

あるグループの患者にだけはアクション・トリガーを設定するよう伝えた。

たとえば、「今週、散歩に出かけたいと思ったら、歩く時間と場所をあらかじめ書き出してください」という具合だ。

研究の結果は驚くべきものだった。アクション・トリガーを設定した患者は、平均三週間で介助なく入浴できるようになった。ほかの患者は七週間かかった。

また、アクション・トリガーを設定した患者は三・五週間で立ち上がった。ほかの患者は七・七週間だ。

さらに、アクション・トリガーを設定した患者は一カ月で自分の自動車に乗り降りできるようになった。ほかの患者は二・五カ月かかった。

ゴルヴィツァーによると、基本的にアクション・トリガーには「にわか習慣」を生み出す役割があるのだという。習慣はいわば行動の自動運転だが、アクション・トリガーはまさにそれを生み出すのだ。

消耗することなく、自分の行動を「自動化」できれば、望ましい行動を集中力を使うことなく誘発できる。

もちろん、これは仕事にも応用可能だ。

アクション・トリガーを職場で応用する方法はいくらでもある。

営業担当者がいまある人間関係を深めることよりも新たな契約を結ぶことに躍起になっている場合は、「コーヒー&電話」トリガーを与えよう。一杯目のコーヒーを注いだとき、得意先のひとりにあいさつの電話を入れさせるのだ。

あるいは、業界のカンファレンスに参加した従業員を思い浮かべてほしい。オフィスに戻るころには、メールが山のようにたまっていて、カンファレンスで学んだことを話し合う気分にはなれないだろう。

そこで、アクション・トリガーを設定しよう。帰りの機内で、「電子電子機器の使用OK」のアナウンスが出たら、チームの全員に向けて感想を送信するのだ。

アクション・トリガーは、通常の意識の流れをさえぎるくらいに具体的で明確でなくてはならない。「すばらしいことをした従業員をほめる」というトリガーは、あいまいすぎて使い物にならない。

「自分には集中力が無いのではないか」と悩む前に、適切に休息をとろう。

そして、「今日は疲れすぎているので、夕食をとったらすぐに入浴して就寝しよう。朝4時に起きてレポートを片付けよう」と、「アクション・トリガー」を設定しよう。

 

自分が自分に課した約束を遂行できたときほど気分がよく、自信に繋がる行為はない。

こうした積み上げで、すこしずつ人は変わっていくのだ。

 

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(Photo:Will Clayton)