今日のトークテーマ(?)は、「既婚女性を『主婦』と呼ぶことに問題があるのかどうか」だ。
さっそくだけど、まずはこちらを読んでいただきたい。
料理家が、主婦業から発展して職業になった部分は確かにある。しかし、人が誰かを「主婦」と呼ぶとき、そこには「アマチュア」というニュアンスを含む場合がある。趣味の領域であって、その仕事によって自立するプロフェッショナルとは異なる、という含みだ。
1990年代、小林カツ代氏が『料理の鉄人』の出演依頼を受けた折、肩書を主婦としたがる番組スタッフに、主婦ということでステイタスを上げようとするのは、主婦でもそうでない人にも失礼だ。ましてプロとプロの戦いに主婦を登場させるのは鉄人にも失礼だ、とその肩書を拒絶したことがある。既婚女性を安易に「主婦」と呼ぶ問題点を、端的に表した言葉である。
気になったのは、「既婚女性を主婦と呼ぶ問題点」というところだ。
たとえば、企業勤めで月給をもらう人を「サラリーパーソン」と呼ぶこと、高校で野球部に所属している人を「高校球児」と呼ぶことに、なんら問題はないだろう。
でも、「既婚女性を安易に主婦と呼ぶ」のには、問題があるらしい。
「主婦」を使うことが、なぜ「鉄人」にも「主婦でもそうでない人」にも失礼だったのだろう。
わたしは小林カツ代さんのレシピ本を何冊か持ってはいるが、そのポリシーや人柄までを詳しく知っているわけではない(当時とは時代もちがうしね)。
だから、あくまで「もしかしたらこういう気持ちだったのかも?」と、わたしなりに考えていきたい。
主婦は「家事担当者」であり、「仕事人」ではなかった時代
『料理の鉄人』は93~99年に放送された番組で、ゲストシェフが料理のプロである「鉄人」に料理対決を挑む、というものだ。
幼少期のおぼろげな記憶ではあるが、鉄人がしかめっ面で腕を組んで登場し、スモークが派手にたかれ、ものものしい空気で始まっていたと思う。
そして「この鉄人は有名レストランの偉い人で、すごい賞をもらって、こんな異名がある人だぞ」というVTRが流れ、その日のお題と食材がデデン!と発表される。
そういう雰囲気だから、「主婦」という肩書きは、たしかにちょっと場違いかもしれない。
調べてみたところ、もともと「主婦」とは、明治時代に「家事担当者」という意味で普及した言葉らしい。
そして戦後、男性が「サラリーマン」になる一方で、女性は「専業主婦」になった。
『料理の鉄人』が放送されていた90年代当時は、まだ女性の大学進学率が低く、就職しても寿退社からの専業主婦ルートがあたりまえの時代だ。
いまでは死語の、「家事手伝い」「お茶汲み係」「腰掛けOL」なんて言葉も、日常的に使われていただろう。
「主婦」は、結婚して家事(と育児)をする存在。
プロとして仕事をするわけじゃないから、アマチュアである。
こういったイメージが、今よりももっと強く、「主婦」という言葉と結びついていたはずだ。
だから小林さんは、「主婦としてプロの鉄人に挑戦するのは失礼」とおっしゃったのだと思う。
「家庭的じゃないので主婦と呼ばないで」
……なんて書くと、「主婦を見下しているのか!」という怒りの声が聞こえそうだが、それはない。絶対にない。
わたしは「主婦」を、心から尊敬している。
わたしの母は、仕事から帰ってきてどんなに疲れていても、毎日おいしいご飯をつくってくれた。
弓道部のわたしが使っていた袴も丁寧にアイロンがけしてくれたし、家にあるもののほとんどの所在を把握している。
家族で出かけると、帰宅時間にちょうどお風呂が沸いて、ご飯が炊き上がってる。
わたしはというと、夫に
「ご飯つくるの面倒だから適当にデリバリーにしようよ。床なんて数日掃かなくても死にはしないって。あぁ、パンツ足りないの? どんまい」
と言うような人間である。
こんな雑な家事をしているわたしからすれば、自分が「主婦」だなんて、恐れ多いというかなんというか……。
「家庭的な女じゃなくてスミマセン」という気持ちになる。
同じように思っている人は、案外多いらしい。
レシピ本を何冊も出版している料理研究家の山本ゆりさんも、実はそのひとりだという。
10年前に結婚し、3人の子を持つ山本氏は、単に「主婦」と書かれるだけでなく、「カリスマ主婦」と紹介されることもある。しかしそれは「主婦の方に申し訳ない」と山本氏は言う。それは、自身を「どちらかといえば仕事人間」と位置づけていることに加え、家事が苦手だからだ。
同氏の『おしゃべりな人見知り』では、「料理以外の家事がすべて苦手、そして嫌いだ。掃除も嫌いだし、アイロンがけは嫌いとかいうレベルを超えてもういっさいしてないから家事にすら入れてない」「なかでも特に嫌いなのが洗濯である。しかも洗濯は逃れられない」と書いている。
改めて考えると、「主婦」には、「模範的で家庭的な女性」という意味もあるのかもしれない。
外で働く夫を支えつつ、毎日きっちりと家事をこなし、家族全員が快適に暮らせる環境をつくる。
「ちゃんと」家事をして、まわりから「いい奥さん」と言われるような、そんなイメージ。
だからだろうか。
わたしは、自分を「主婦」だと思ったことはなかった。家事で手を抜きまくっているから。
平凡な既婚女性のロールモデルという「ステイタス」
さて、小林さんが「主婦ということでステイタスを上げようとするのは、主婦でもそうでない人にも失礼」と言った理由についても考えていきたい。
最初わたしは、「主婦でステイタスが上がるってどういうことだ?」と思った。
「主婦を名乗ることでなんのステイタスが上がるの?」と。
それはきっと、「主婦」には「平凡なわたしにもできたのであなたにもできる」というメッセージが含まれるからだ。
いままで長々書いてはきたが、「主婦」の大前提は「既婚女性」。
その言葉のなかには、「平凡な生活を送っている」というニュアンスもある。
たとえば、amazonの本カテゴリで「主婦」を検索してみてほしい。
「ふつうの主婦が起業するまで」「いますぐ真似できる主婦の節約術」「ズボラ主婦のかんたんレシピ」といったタイトルが見つかるはずだ。
「主婦」を謳えば、「学歴や職歴がすごいわけではない、どこにでもいる既婚女性」という属性をアピールし、「平凡な既婚女性が成功したロールモデル」というポジションを取れる。
小林さんの言う「『主婦』でステイタスを上げる」というのは、「平凡な既婚女性の成功モデル」という側面を指していたのかもしれない。
だから、料理研究家が「主婦の代表」として出演するのは「主婦に失礼」だし、その肩書きを利用するのは「他の人にも失礼」だと考えたんじゃないかなぁ、と思う。
そもそも、主婦のための料理を考案するのと、主婦として料理をするのでは、まったくちがうしね(ちなみに山本ゆりさんは、商品としての料理は食卓に出さないので、商品はあるけど夕食はないから家族にはお惣菜で……なんてこともあるらしい)。
「主婦」という言葉を使うのはむずかしい
内容が散らかってきたので、ざっくりとまとめたい。
「主婦」という言葉には、
・仕事に関してはアマチュアの嫁入りした既婚女性
・家事を担当する家庭的な既婚女性
・目立った学歴や職歴がない平凡な既婚女性
という、3つの意味合いがある。
だからだれかを「主婦」と呼ぶ場合、「プロとしてやってるから主婦と呼ばないで」「仕事が忙しくて家事は外注だから主婦ではありません」「節約本を書きましたがそれは元銀行員だからなので主婦をアピールしないでください」なんて言われるかもしれない。
単純に、「うちは共働きで家事を夫婦で分担しているので、『女だから家事をして当然』という意味で『主婦』と呼ばれるのはいやだ」という人もいるだろう。
「家庭を大切にする人」という意味で「主婦」を使うなら、既婚男性も等しく「主夫」であってほしいしね。
仕事は趣味程度、もしくは無職で家事をメインでやっている、平凡な(これもまた語弊がありそうだけど)既婚女性ならどの意味でも「主婦」と呼べそうだが、それは他人が判断するものではないしなぁ。
……「主婦」って言葉、何気なく使っているけど、よく考えたらむずかしい!
もちろん、「学歴も職歴もとくにないけど、家事を一生懸命やって、その結果こういうことができるようになった!」という意味で「主婦」を名乗り、そこにプライドを持つ人がいるのは否定しない。
「専業主婦」という属性を表すとき、「主婦」という言葉は便利だ。
でも既婚女性がみんな、自分自身のことを「主婦」だと思っているわけではない。
昔みたいに「寿退社から専業主婦」「子育てが終わってからパートに出る」「家事は女の仕事」がスタンダードではないからね。
というわけで、相手が自分自身を「主婦」だと言わないかぎり、このご時世、もう「主婦」という言葉は使わないほうがいいのかもしれない。
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【著者プロフィール】
名前:雨宮紫苑
91年生まれ、ドイツ在住のフリーライター。小説執筆&
ハロプロとアニメが好きだけど、
著書:『日本人とドイツ人 比べてみたらどっちもどっち』(新潮新書)
ブログ:『雨宮の迷走ニュース』
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