ラーメン二郎という食べ物がある。
ある日のラーメン二郎・三田本店より
茹でたモヤシとキャベツ
刻んだ生ニンニク
分厚い豚
化学調味料たっぷりのスープと極太麺
もともとは1968年と日本がまだそれほど豊かではない時代の頃、お金のない学生でも安くて腹いっぱい食べられるようにという崇高な目的でつくられたそれは、飽食時代の現代においても無性に人を引きつけてはやまない魔性の食べ物として現代社会でも異様な存在感を放ち続けている。
実のところ野菜とラーメンの組み合わせ自体はそう珍しいものではない。
家庭のラーメンで「健康のために」とお母さんが子供たちを気遣って野菜炒めが乗っかったラーメンを作ることはそう珍しいものではないし、町中華においてもタンメンという名前で野菜×麺類の組み合わせは以前から普通に存在はしていた。
ちょっとマニアックなところだとサンマーメンのようなあんかけ野菜炒め×ラーメンという亜種も存在する。
だがしかし…ラーメン二郎はそれらとはあまりにも似て非なるものだ。
例えるならそれはホモ・サピエンスという種族名でもって映画のトップ俳優と普通の男子高校生を比較するようなものといっていいかもしれない。
「二郎はラーメンではなく二郎という食べ物なのだ」という有名な文言があるが、実際問題としてラーメン二郎はあまりにも普通すぎる構成要素のはずなのに、明らかに目の前に置かれた時の”圧”が違う。
例えるならそれは、グラップラー刃牙における普通の闘技者と範馬勇次郎ぐらいには生物としての”格”が異なる。
つい先日、僕はイノベーションが「それまでに築き上げられたテクノロジーの意外な組み合わせにより成されるものだ」というマッド・リドレーの説を取り上げたが、そういう目でみるとラーメン二郎は紛れもないイノベーションそのものである。
ラーメン二郎存在前に「俺、野菜と豚とラーメンの組み合わせで一攫千金狙ってるんスヨ」という若者が目の前に現れたとして、あなたはその若者に「成功する!間違いない‼」と太鼓判を押せるだろうか?
ぶっちゃけ無理じゃないだろうか?
いやはや、実に先見の明というのは持つのが難しいものであるし、イノベーションというものも生み出すのが難しいものである。
僕は三度の飯よりメシが好きな人間で、高級フレンチから3万円の鮨も食べれば冒頭の写真に出したようなラーメン二郎も食べる人間なのだけど、最近になってようやく
「二郎の革新性って、ひょっとしてラーメンにおいて唯一コース料理の妙が敷き詰められているのがポイントなのではないか?」
という事に気がついた。というわけで今日はラーメン二郎で学ぶフルコースを食べる喜びについて書いていこうかと思う。
ラーメン二郎とはラーメン界唯一のコース料理である
家庭料理と料亭やレストランといったところの最大の差分はコースという料理の物語性にある。
家庭料理は一汁三菜のような普通のものにしろ豪勢なパーティ料理にしろ基本的には料理がほぼ一緒くたに出される。
「いやいや、順々に出る事もあるよ」と思われる方もいらっしゃるかもしれないが、そこに「この順番で食べれば最高に美味しいに違いない」といったような物語性まで考慮して作られる事はまずない。
コース料理はもともとは宮廷ロシアにおいて「ドカンといっぺんに料理を出したら冷めちゃうじゃん。
ぜんぶ暖かく食べられるように出来たてで提供すれば、もっと美味しくない?」という至極まっとうな発想の元に作られたものだが、現代は既にその段階のはるか先にいる。
野菜や肉をどういう順番で出したら最も美味しく食べてもらえるかは当然の事として、最先端のレストランともなると客の力量ごとに細かい塩分濃度や食材のポーション、調理方法に至る全てのものが事細かに異なる。
このようにコースの流れはもはや一様ではなくなりつつあるのだが、オーソドックスな編成は一応ある。
非常に大雑把にいえばイタリアンなら前菜・パスタ・メインの順で料理は進むし、日本料理なら突き出しからスタートして椀物、焼き物、〆の炭水化物という順でコースは進む。
茹でられた野菜は前菜と思え
前置きが非常に長くなってしまい恐縮なのだが、ラーメン二郎には他のラーメンにはない”前菜ポジション”がある。
それがピサの斜塔のようにタテに高く積まれた野菜だ。
<ラーメン豚山・最近急速に勢力を拡大しつつある二郎系>
この茹でられた大量の野菜を前にこう…ムクムクと食欲が沸き起こってこないだろうか?一見すると健康の事を気遣って
「炭水化物と塩と脂だけ食べてないで野菜もちゃんと食べなきゃダメだよ」
とお母さんの偉大なる愛を感じさせられるようでいつつ、横に添えられた大量の刻んだニンニクと脂身たっぷりの豚が
「けどやっぱり茹でた野菜ってテンションあがらないよね。野菜なんて生のニンニクをかじったときに感じるスパイキーさがないと食ってらんないよ。肉味が欲しけりゃ各自で横の豚もテキトーにつまんで食え」
という父性も呼び起こす。
食欲の喚起という前菜ポジションが果たすべき役割を十全に果たしつつ、そこにある種の作り手の「こう食ったら旨めぇゾ」という我の押し付けがましさまでもセットである。
改めてみれば、盛り付けもなんだか美しくみえてはこないだろうか?
どこぞの前衛的なモダンフレンチも顔負けな圧倒的なビジュアルである。
このように物語性の付与に加えインスタ映えもするという、モダン料理らしさも混在したこの妙…
後付といえばそれまでではあるのだが…そりゃ流行るはずなのだ。
二郎はクラシカルであるようでいて、ときにジャズのような突拍子の無さも許してくれる
この前菜ポジジョンを処理する最中、多くの人は「天地返し」といって下から麺を持ち上げて野菜と麺の位置を逆転させる。
自分は食に関しては保守的なところがあるので、前菜である野菜を完食した後にメイン兼パスタ的なポジションであるラーメンへと食べつなげる事が多いのだが、天地返しでもって食べる人の気持もわからなくはない。
モキュモキュと天高く積まれた野菜を処理する中、「ああ…はやく麺喰いてぇ…」となるのは当然の発想だ。
「麺がスープを吸って伸びてしまいデロンデロンになってしまうのではないか…」と心配するのも食べ手として当然の順繰りであろう。
そういうアンビバレントな感情がせめぎ合う中、下から麺をリフトさせて
「もう我慢できない。わい先に麺いっちゃうもんねー」
と保守派である僕からすれば「前菜を食べ終わる前にパスタに手をつけるだなんて…イタリアンに対する冒涜だー」と言いたくもなるようなこの突拍子もない展開だって許してくれる。
そう……ラーメン二郎ならね(そもそも二郎はイタリアンじゃねぇというツッコミはこの際無しでお願いします)
僕も頭が固い人間なので、かつてはこの天地返しをあまり良い目でみれなかったのだが、最近はこれを「予定調和をぶっ壊すってのはある意味ではジャズらしさもあって、それはそれでアリなのかもしれない…」と改めて良いものであるようにも思えるようになってきた。
「天地返しなんてしちゃったら、野菜でスープの味が薄まっちゃうじゃん」だとか「野菜がスープに入った麺が食いてぇならタンメンを喰え」だとか色々と言いたいことはなくもないのだが、そもそもの大前提として人は二郎が食べたくてラーメン二郎の行列に並ぶのである。
その二郎の象徴とも言える極太のオーション麺を「いちばん美味しいうちに一口食べるンゴね。野菜の完食なんて待ってられないンゴよ」という考えも、それはそれで食べ手としては至極当たり前の意見だろう。
その予定調和のスキップにはクラシカルには無くてジャズにはある自由のようなものがある。
改めて考えてみると、フレンチやイタリアンでも「この店、メインと前菜の順番をひっくり返した方が満足度高いんじゃね?」という店は無くもない。
王道を王道のままにいく方が大抵の場合においては正解ではあるのだが、時にそれでは人はより良い道にはたどり着けない事もある。
自分の進むべき道は己の欲に常に正直であるべきだ。漫画・孤独のグルメでは
「モノを食べる時はね。誰にも邪魔されず自由で…なんというか救われてなきゃあダメなんだ」
という非常に有名なセリフがあるが、こういう明らかに身体に悪いものを健康に悪いと重々承知しつつ背徳感を一切合切忘れて食べ耽る事には…確かに言葉には表現しにくい救いのようなものがある。
とはいえ…健康には気をつけて
こう食欲がグッと沸き立つ人もいるであろう中、このような事を書くのもアレなのだが…最後に健康には気をつけてと書いて文章を〆たい。
ラーメンは旨い。これは間違いなくこの世の真実の一つである。
しかしラーメンは非常に身体に悪い。これもまたこの世の一つの真実である。
有名なところではラーメンの鬼として高名な支那そばや創立者である佐野実氏が若くしてこの世を去られている。
彼は63歳でこの世を去られたが、死因となった背景には糖尿病の悪化があったという。
これ以外にも、時々若くして亡くなられるラーメン愛好家やラーメン店・店主の情報がTwitterを駆け巡る事が時折ある。
実のところラーメンは構成栄養素といったカロリーベースだけでは説明がしようのないぐらい身体に悪い食べ物だという実感は自分自身で食べていても感じる事が多い。
スープまで完飲完食をキメると大抵翌日は体重が2~3キロは増えている。
この体重増加量はちょっと他の食べ物では類がない。
かつて2ちゃんねるのラーメンスレの名言で「ラーメンを1杯でも多く食べたければスープは飲むな」というものがあったが、これは実に至言である。
確かに食事はこう…自由で救いがなくては駄目だ。けど自由や救いも…健康の上に築かれるべきものでもある。
そのひと口をグッと我慢。杯の中に名残惜しさを残心し、笑顔いっぱいで「ごちそうさまでした」と店主に礼を述べる食べ手であり続けたい。
一人のラーメン愛好家として、誠にそう思うのだ。
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【著者プロフィール】
都内で勤務医としてまったり生活中。
趣味はおいしいレストラン開拓とワインと読書です。
twitter:takasuka_toki ブログ→ 珈琲をゴクゴク呑むように
noteで食事に関するコラム執筆と人生相談もやってます