先日、あるミーティングで、
「「早く行きたいなら一人で行け、遠くへ行きたいならみんなで行け」という格言が好きです。」
と述べた方がいた。
まあ、なんとなくいい話である。うまいこと言ったな、という感じか。
だが、前にも同じような話を何処かで聞いたことがある。
「誰の言葉なんですか?」
と聞くと、「アフリカのことわざらしいですよ」と言われた。
なるほど。
Googleで調べてみると、たしかによく引用されている言葉のようだ。
しかし「出典はどこか?」については、一様に「アフリカのことわざらしい」と推測の域を出ない。
調べていくと、ブログでこの言葉について書いている方がいた。
If you want to go far, go together.
年明けにNHKで、たまたま世界食糧計画(World Food Programme)の活動を紹介する番組を見た。そこに登場したジョゼット・シーラン事務局長が、アフリカの諺を紹介しながら、食糧援助の重要性を語っていた。なるほどと思わせる諺なので紹介したい。
“If you want to go fast, go alone. If you want to go far, go together.”(速く行きたいなら、一人で行きなさい。遠くへ行きたいなら、みんなで行きなさい。)
で、そのとき思い出したが、昨年秋にシーラン事務局長が訪日し通訳した際、たしか本人がこのフレーズを口にし、私はそれを通訳していた。テレビを見て思い出したのは情けない。
実は、この諺は、アル・ゴア前副大統領が昨年12月のノーベル平和賞授賞式典の演説でも使っている。
“There is an African proverb that says, ‘If you want to go quickly, go alone. If you want to go far, go together.’ We need to go far, quickly.”
「あるアフリカの諺です。『早く行きたいなら、一人で行きなさい。遠くへ行きたいなら、みんなで行きなさい』。私たちも遠くへ行かなければなりません、それも速く」
なるほど、元ネタはアル・ゴアのようだ。
確かにアル・ゴア氏のツイートには、たしかにこの言葉が残されている。
“If you want to go fast, go alone, if you want to go far, go together.” To solve the climate crisis, we have to go far. Quickly.
— Al Gore (@algore) 2013年6月10日
もう少し調べると、私と同じような事を考えている人のコラムを発見した。
On the Origin of Certain Quotable ‘African Proverbs’
だが、この方もはっきりとした原典については不明、としている。
ふーん、と思った。
共感を呼ぶ言葉ではあるが、出典は不明、つまりアフリカのものかどうか、ことわざであるかどうかすら、よくわからない、というのが実情だ。
もっと言えば、誰かがでっち上げただけなのかもしれない。
まあ、ウェブではよくある話だ。
*****
この言葉に限らず「出典の怪しい、いい話」は数多く存在する。
特に、リーダーシップ領域、マネジメント領域に関しては「願望」と「現実」が混ざり、
「共感はされるけれども、現実には合わない話」が数多く存在することは周知の事実だろう。
例えば、「リーダーは正直で、公明正大であるべき」という言葉は、もっともらしい。
よく引き合いに出されるのが、「ジョージ・ワシントンの斧」という逸話だ。
しかし、現実はもう少し複雑だ。
スタンフォード大、ビジネススクール教授のジェフリー・フェファーは、著書の中でこんな話を取り上げている。
嘘をつかないというのは、初代大統領であるジョージ・ワシントンと結びつけられたじつにアメリカ的な徳である。
斧をもらった六歳のジョージが桜の若木を切り倒してしまい、激怒した父に「ボクがやりました」と正直に告白したというエピソードはあまりに有名だ。
このエピソードがパーソン・ウィームズ(本名メイスン・ロック・ウィームズ)の創作だと知っている人はほとんどいない。ウィームズは出版業と作家を兼務していた人物で、自ら書いたワシントンの評伝の売り上げを伸ばすためにちょいと演出したらしい。
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アメリカ初代大統領が嘘をつかなかったという逸話は、それ自体が嘘である、とは、誠に持って皮肉がすぎると思うが、事実は書かれたとおりである。
ビル・ゲイツやスティーブ・ジョブス、マーク・ザッカーバーグなど、シリコンバレーにおける成功者や、世界的に有名な政治家などの「いい話」はよく引用されている。
また、日本においては、孫正義氏や稲盛和夫氏、古くは井深大氏などが神格化されがちだ。
だが、それは多分に事実と異なるか、聞き手の願望が入った切り取り方をされていると見たほうが無難である。
「成功者の格言」で固められた自己啓発が怪しいのはそのためだ。
前述したジェフリー・フェファーは次のように述べる。
リーダシップの教科書や教材の中で、リーダーたちは自分自身や自分の業績について自分が信じたいことを語り、さらには戦略的に、他人に信じてほしいことを語る。
リーダー自身が話すことや自分の代わりに他人に言わせることは、魅力的な伝説を生み出すように入念に練り上げられているのである。
これらのストーリーは、控えめに言っても信用できない。よいイメージを演出するために作られているのだから当然だが、厳しい吟味に堪えられるようなデータの裏付けに乏しい。それどころか、データなどまったくないこともある──宣伝をデータと呼べるなら話は別だが。
同じように、研究者の知人は、いつもこう言っている。
「「いい話」や「成功者の話」は、単なるエンタテインメント。よく言って仮説。そう割り切って利用するならいいんじゃないの?」
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安達 裕哉(あだち・ゆうや)
ティネクト株式会社 代表取締役/ワークワンダース株式会社 代表取締役CEO
Deloitteにてコンサルティング業務に従事後、監査法人トーマツの中小企業向けコンサル部門立ち上げに参画。大阪・東京支社長を経て、2013年にティネクト株式会社を設立。
ビジネスメディア「Books&Apps」運営。2023年には生成AIコンサルティングの「ワークワンダース株式会社」も設立。
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(2025/6/2更新)
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