「そういえばこんなこともあったね~」と、夫と昔話をしながらソファでごろごろしていたときのこと。
ふと、衝撃的事実に気づいた。
わたし、ドイツに住んでもう8年経つんだ……!
8年っていったら、もうすぐ義務教育終わるレベルの長さですよ。信じられないね。
いまや海外生活の特別感なんてほとんどなくなり、あるのは平凡な日常だけ。
すっかりドイツに根を下ろした気でいたけど、最近改めて、「外国人はやっぱり『弱者』なんだなぁ」と思い知らされた。
外国人は致命的に「知らない」
きっかけは、コロナだ。
ワクチン接種が推奨されようになり、わたしはいつ、どのワクチンを接種するか、それともしないのかの選択を迫られた。
どうしようかと思いつつさっそく情報収集をはじめたものの……
全然わからん!
いままで耳にしたことがない医療用語のオンパレード。
遺伝子がどうの、副反応がどうの……。早々に匙を投げてしまい、結局夫に解説してもらった。
で、「こうしよう」という方針が決まったのはいいが、どこでどう接種するのかがわからない。
病院でいいのかな?
日本のニュースでは役所で予約、みたいなのも見かけたけど、ドイツではどうなんだろう?
とりあえずかかりつけ医に連絡して予約できたので、ほっと一息。
しかし「予防接種パスポートありますか」と聞かれて困惑。
母子手帳のアレか? それともドイツにはまた別のなにかがあるのか?
「ないなら大丈夫です」で終わったのだが、もし「いままで接種した予防接種の記録をドイツ語に翻訳してもってきてください」なんて言われていたら……。
そういえば以前、バセドウ病になったときもこうだったなぁ、と思い出す。
初診で「Schilddrüsenüberfunktionの疑いがある」と言われたけど、「なんじゃそりゃ」とその場でグーグル翻訳起動。
甲状腺機能亢進症、いわゆるバセドウ病のことだと判明。
かかりつけ医は丁寧に説明してくれたが、それでもさっぱりわからない。
そのうえ、専門医のところに行くように指示されても、まったくピンとこない。
日本なら紹介状をもって大学病院に行くのがふつうだけど、ドイツはどうなんだろう。
専門医ってどこにいるんだ、大学病院か?
っていうかドイツって大きな病院=大学病院なのか?
甲状腺って何科? 内科でいいの?
混乱しつつ質問を重ねるわたしに、かかりつけ医は「甲状腺はNuklearmedizin(日本語のウィキペディアがなかったけど、直訳すると核医学)の領域だから、近くの医者を紹介するよ」と紹介状を書いてくれた。
で、2年くらい薬でどうこうしていたが、いっこうによくならないので、ついに手術をすることに。……手術!?
お金は? 万が一の場合はどうなるの? 保険はこれでいいの? ドイツでの入院生活ってどんな感じ? 日本で手術を受けたほうがいい? セカンドオピニオンしていいの? ドイツは担当制だから別の医者に行ったらダメ?
わからない!!
長いこと住んでいたつもりでも、ある程度その国の言語ができるようになっても、外国人はとにかく、致命的に、「知らない」のだ。
外国人は「知らない」から逃げられない
ふだんはその「知らない」が、新鮮な海外体験として映る。
「へぇーこうなんだ! 海外ってすごーい!」と。
でも実際に暮らしてみると、「知らない」はかなり致命的で、場合によっては命にすら関わることなんだ、と痛感する。
自然災害が多い日本で、「情報収集ができずに困る外国人被災者」というニュースを見たことがある人も多いと思う。
それもそのはずで、人生ではじめて地震に遭遇した外国人が、落ち着いて日本語で情報収集なんてできるわけがない。
で、「情報弱者」になって、まわりが受け取っているサポートを受けられなくて途方に暮れる。
そもそもどんなサポートがあるか「知らない」んだから、申請しようもない。
そういえば、よく「外国人がゴミ捨てルールを守らない」なんて愚痴も聞くが、そりゃ日本のルールを知らなければ守れないよね、と思う。
わたしもドイツで引越しのために家の内見したとき、案内してくれた人を不動産会社の人だと思ってずけずけ物件の感想言っちゃって、あとから夫に注意されたことがあった。
ドイツでは不動産会社が仲介するのではなく大家が委託している人が案内するので、ひたすら家を褒めるのがマナーだそうだ。
そうしないと、「あの人は印象が悪かった」と大家に伝えられ、家を借りられないかもしれないから。
あと、就活でリクルートスーツ着たけど、他の人はバリバリの私服でめちゃくちゃ浮いてたこともあった。
とにもかくにも、「知らない」はトラブルを招くし、ストレスフルだし、いろいろ困る。
でも外国人である以上、「知らない」からは、逃げられないのだ。
ビザ取得は全外国人の悩みの種
また、ネットではさして話題にならないが、実は「ビザ取得・更新」に躓く人は多い。
現地で就職したのに企業が書類をそろえてくれないとか、ビザのために住所が必要なのに家を借りるにはビザが必要だとか、語学力不足で入学許可が下りず学生ビザがとれないとか……。
「仕事を辞めたいけど辞めたらビザがなくなってしまう」という人や、「ビザのために現地の人と結婚したい」とあけっぴろげに言う人すらいる。
わたしがフリーランスビザを取得しようとしたときも、外国人局の担当者に
「ビザ取得にはフリーランスとしての収入証明が必要です。ただしフリーランスビザを取得しないかぎり、フリーランスとしての活動はできません」
と言われ、「矛盾してるじゃん!」と押し問答してやっと取得できた。
それでも日本国籍であればだいぶラクなほうで、出身国によってはいろいろと取得条件があり、かなり大変らしい。
詳しくは知らないけど、ビザ切り替えのために一時帰国が必要になった中国人や、ドイツではビザが下りないからノルウェーで結婚したケニア人カップルもいた。
外国人は、滞在を許可してもらわないと暮らせないヨソ者。
その国の方針が少しでも変わったり、自分のステータスが少しでも変化したりしたら……滞在資格を失うかもしれない、不安定な存在。
いやー、いろいろ大変だよね、外国人は。
海外在住者が日本を恋しがる理由
海外に住むのは、もはや特別なことではない。
芸能人が海外留学するために休業、なんてニュースをちょこちょこ見かけるし、SNSでも海外在住を後押しするような投稿はいくらでも転がっている。
でもね、外国人はやっぱり「弱者」なんだよ。
情報弱者になるリスクや権利を制限される現実があって、いろんな場面でハンディを負う。
事実、「海外に行って改めて日本のよさがわかった」と言う人は多い。
わたしもそうだったし、先日シンガポールに移住したタレントの中田敦彦さんも、早々に「日本に帰りたい」とこぼしていた。
中田さんは「四季が恋しい」「温泉に入りたい」といった理由を挙げていたが、結局のところ、「慣れ親しんだ文化のなかにいるのが一番楽」だからだと思う。
日本なら、「このビザで働ける?」「保険ってどこまで効く?」「大家さんと交渉するときのマナーは?」「ホームパーティーってなにを持って行けばいい?」なんて悩まなくていいからね。
みんながとある曲を聞きながら「懐かしいねー!」と踊っているなか、その曲を知らず、ひとりだけ愛想笑いをする必要もないし。
海外移住後の「すべてが新鮮」な時期をひととおり楽しむと、カルチャーショックがだんだんと「ヨソ者のしんどさ」に変わり、「気を張らずに済む環境(故郷)」を求める。
海外在住者がどこかしらのタイミングで日本を恋しがるのは、「ヨソ者」で「弱い立場」の「外国人」であることに疲れるからなのだ。
もちろん、「そんなことない! 自分は海外生活を超楽しんでるからネガキャンすんな!」という人もいるだろう。
でもそのウラにはたいてい「優秀な現地夫」とか、「外国人ばかりの職場環境」とか、「太い実家」とかがあったりするんだよなぁ。
頼れる人がつねにそばにいて、サポート体制ができてるコミュニティに所属しているからその快適さがあるわけで、外国人が「弱い立場」である事実は変わらない。
外国人という「弱者」として暮らす覚悟はあるか
それでも楽しいこと、海外だから経験できることもたくさんある。
わたしはドイツに移住したことを後悔していないし、ドイツ移住を迷っている人がいたら背中を押したいと思う。
でも、外国人が弱者になりがちなのは純然たる事実。
何年住んでようとも、コロナ禍や自然災害のような非常時、手術前のように気が滅入ってるとき、担当者のご機嫌次第のビザ更新のとき……ところどころで、それを思い知らされる。
まぁ「弱者としての自分」を受け入れてそれに慣れてしまえば、わりとどうにでもなるんだけどね。
わたしは一度挫折したものの持ち直し、いまでは「外国人でよくわかんねぇっす! 助けてくだせぇ!」と開き直って、まわりに甘えまくって生きていけてるし。
でもそれができるかどうかは、適性と環境による。
ヨソの国で暮らすって、だからこそ楽しい部分もあれば、当然、だからこそ大変な部分もあるわけで。
言葉の壁や文化のちがいだけでなく、それによって自分が無知で不安定な立場の「弱者」になることは、覚悟しておかなきゃいけない。
とくにいまみたいな非常時において、海外在住者は、その「覚悟」が問われるのだ。
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【著者プロフィール】
名前:雨宮紫苑
91年生まれ、ドイツ在住のフリーライター。小説執筆&
ハロプロとアニメが好きだけど、
著書:『日本人とドイツ人 比べてみたらどっちもどっち』(新潮新書)
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Photo by Joshua Rawson-Harris