第5波後の日

今、これを書いている現在、日本における新型コロナウイルス感染症は第5波が落ち着いたところにある。

第5波どころか、2021年で一番落ち着いているという具合である。

第5波は、とても高い波だった。そこから考えると、あまりにも落ち着いてる。

 

落ち着いていて悪いことはない。当たり前の話だが。

落ち着き始めたころには、「なぜ落ち着いたのか」、「よくわからない」という専門家の記事なども多く見かけられたが、そのような記事もネット上では少なくなっているような感じだ。

 

なんで波が収束したのか、おそらくはいろいろの複合要因があるのだろうが、結局のところよくわからない、というのはちょっとよくない。

波を収束する手段が明確であれば、次の波への対応策も打てるだろう。

 

現状では、やはりワクチン接種をすすめ、手洗いなど基本的な対策をして、密を避けて、ということになるだろう。

第5波が去ったのは紛れもない事実だとはいえ、第6波が来ないと言っている専門家の意見も、これまた見たことはない。

また何回か波が来て、だんだん波の高さが低くなっていって、コロナに打ち勝つ、またはコロナと共存するという段階に至るのであろう。

 

コロナと零細企業の景気

ところで、おれが働いている、吹けば飛ぶような零細企業は、新型コロナウイルス感染症の流行によって大きな影響を受けた。

具体的には、昨年の、最初の緊急事態宣言のときなどは、この世が止まってしまったかのように仕事がなくなった。

 

おれが勤めているのは、飲食店でもない。観光業でもない。人流が影響するようなお店屋さんでもない。

それでも、世界が止まってしまった。

前年の売り上げをおおいに下回った。コロナでしか説明のつかない落ち込みであった。

 

親会社的なところがなければ、とうに破産していたことは間違いない。

親会社的なところができたのは、運良くコロナ前のことであった。

親会社的なところにとっては、運悪くお荷物を抱え込んでしまったということになるが。

 

とはいえ、第5波が収束して、緊急事態宣言が解除されて数週、ちょっと忙しくなった。

忙しいといっても、当たり前の仕事量に戻りつつある、というていどだが。

それでも、なんとなく世の中が動いているのを感じる。

なんとなく世の中が止まってしまったときと対照的に。あくまで感覚にすぎないのだが。

 

売り上げの落ち込みにともなって、いろいろ新事業みたいなものをやれと言われてやり始めた。

通常事業が戻ってきて、さらに乗りかかった新事業みたいなものの業務が重なって、すっかり暇になれてしまったおれにはちょっと苦しくなっている。

貧乏暇なし、底辺を這う無能者にとっては、このくらいでなくては、生きる価値がないのだろうが。

 

いったい、みんな景気はどうなんだい? そこんところがよくわからない。

大手企業でも業種によっては大被害を被っている。零細でも飲食や観光など大ダメージだ。

でも、飲食店には支援金のようなものが出ていたりして、小さな飲食店については「焼け太りだ」という批判があったりもする。

 

それはそうと、報じられにくい、コロナと直接関係ないような会社はどうなんだい。

コロナによって業績アップという業界もあるだろうが、そうでない業界もあると思う。

あるはずなんだと思うが、どうもネットを見ていると、優秀なIT関係などの人が多く、「コロナ禍が終わってリモートワークが終わるのが嫌だ」などという贅沢な悩みが支持を集めていたりする。

 

おれなどは、それどころじゃないだろう、会社が無くなって、おれの食い扶持が無くなってしまうだろう、おれは死ぬしかないだろうと思ってしまうのだが、そのくらい辛い現実に直面している人間は多くないのか。そのあたりがよくわからない。

 

なんか、それなりにうまくやっている企業や個人は、コロナ禍でもなんかそれなりにうまくやって、もとからうまくやれていない企業や個人は、コロナ禍でまったくやれなくなっただけなのか。

富めるものはさらに富み、貧しいものはさらに貧しくなる。そういう格差が表面化しただけなのかもしれない。

 

おれもなりたかったIT系。

IT系が具体的にどういうものかわからないくらい、その方面に疎い、算数からできなかった無能、それがおれである。

今の世の中、算数ができない人間が生きるには向いていない。

機械の言葉がわからないのは、人の言葉がわからないより辛いことかもしれない。

 

それでもコロナ後はやってくる

いずれにせよ、第6波は来る。

だから、今現在、かなり新規感染者数が減っていても、まだ慎重に、慎重に、と呼びかけられている。

人と人とはアクリル板で遮られ、飲食店への「要請」もまだあり、大規模イベント、スポーツ興行の観客数も絞られている。

 

そして、人々はマスクをしている。

 

おれの観測するところでは、道行く人のマスク着用率は99%というところだ。

もっと人の多い都会であるとか、夜ににぎやかな繁華街などとなると、そうでもないのかもしれない。

それはおれが見ていないのでよくわからない。

 

ただ、おれが見る限り、おれが生活する、横浜のあまり上等とはいえない地域においても、みなマスクをしている。まだマスクをしている。マスクをずらしてタバコを吸うやつなんかはいるが、それは前からだ。その数も少ない。

 

みんないったい、いつまでマスクをするのだろう?

 

おれとマスク

マスクを外すとき、それが来るのか。

おれにはそれが想像つかない。べつにおれは反マスク派(というのか?)というわけでもない。

効果がありそうであれば、みんなマスクをしていたほうがいいし、感染症の恐怖、感染症の後遺症の恐怖に比べたらなんということもない。そう考えている。

 

だから、早くマスクを外したい! というわけでもない。

むしろ、人相や表情を隠せるマスクをありがたいと思うような人間でもある。

ある部分において心を病んでいる人は、コロナより前からそうだったろう。

 

明確に心を病んでいるおれ(精神障害者です)も、コロナ禍でマスクをつけはじめてから、なんとなく楽になった気もしている。

なんなら、コロナより前のころから、春先などに「花粉症のコスプレ」などといって、マスクをつけたりしていた。

本当に花粉症の人には悪いけれど、そういうところがあった。

 

だから、べつにマスクは嫌いじゃない。

それほど不織布マスクが皮膚に影響しないとか、耳が痛くなるとか、そういった運にも恵まれた上でそう言っている。

 

色とりどりの不織布マスクを買って、今日はどれをしようかなんて悩むのは、ちょっとだけ楽しい悩みでもある。

おしゃれとはいえないだろうが、毎日のピアスを選ぶくらいのおもしろさはある。

おれは左耳に三つのピアスをつけているが(べつに洒落にならないエピソードもない)、毎日とりかえるのは耳たぶのひとつであって、一つならそれほど苦にならない。むしろ楽しい。

 

いつかマスクを外す日

でも、いずれはマスクを外す日が来るのだろう。

それがいつになるかはわからない。一年後かもしれないし、二年、三年、あるいは五年後かもしれない。

それは想像がつかない。専門家も明言しない。明言できない。

 

ひょっとして、おれが生きている間は来ないのか。そんな想像もする。

ポストコロナは来ない。マスクしつづけて人々は生きる。そういう可能性がないでもない。

 

たとえ三年であっても、たとえば中学生、高校生にとっては、その学校生活まるごとであって、同級生の本当の顔を知らないで終わった、なんて話になるかもしれない。

いや、それはもう半ば現実になっている。

 

でも、諸外国の映像を見ると、なんかもうマスク外しちゃってるよな、というところもある。

ワクチン打ったら、もうマスクいいだろ、くらいの感じ。

 

一方で、そのせいかどうか、ワクチンけっこう打ったのに、また流行が、みたいな話もある。まだ、わからん。

もともとあまり一般市民がマスクをしない国々の人々にとって、マスクなんて面倒なものはとっととやめたい、やめるべきだ、もとに戻りたい、という気持ちが強いのかもしれない。

 

一方で、この日本、べつに一般人がマスクをして街を歩くこと自体、もとよりそれほどおかしくなかった。

おれは外国人の知り合いもいないし、伝聞で「そういうものらしい」と知るばかりだが、冬や花粉症の季節、マスクをして歩く日本人を見て、海外から来たひとは奇異に感じるという。

 

マスク度が高い国、といっていいかもしれない。

そして、このマスク度の高い国のマスク民、大きな波が去ったからといって、我先にマスクを外すということはしていない。

 

良し悪しはわからない。わからないが、とりあえず、日本はそうだ。

マスクへの親密度だけでなく、同調圧力が強い、という面もあるかもしれない。

マスク警察とか、そういう人がいるかもしれない。

いるかいないかわからないが、そういう人に絡まれるのが面倒なのでマスクを外せないというところもあるだろう。

 

あらためて言うが、それがコロナウイルス対策として良いか悪いかわからない。

おそらくは良いのではないかと思うが、おれは専門家でもないし、専門家の断言を目にしたわけでもない。

 

で、そんな日本人が、いつマスクを外すのか。

もう、興味本位というか、ちょっとおもしろがっている自分がいる。

どういったらいいのか、みながマスク着用を強いられる社会の変化というのは、まあマスク嫌いではないおれにとっても、そんなにおもしろい話ではなかった。では、マスクを外すときは?

 

これは本当にどうなのか。

波はおさまり、新規感染者数が相当に低く維持されるようになったら。

 

たとえば東京都での新規感染者数……これについて、東京都での新規感染者数ばかり注目されているのはちょっと妙だとは思うが、関東圏の人間だからこその感想だろうか。

他の地方でも東京都の新規感染者数が注目されていたのか、よくしらない……が毎日十数人、あるいはもう数人となったあたりで、なおマスクしつづけるのだろうか。

 

それとも、ある段階で、専門家の助言などがあった上で、政治家が「みなさん、もうマスクはしなくていいです」と宣言したりするのだろうか。

なかなか、その宣言には勇気がいるよな。

 

もし、新規感染者がゼロと呼べるような状況であれば、宣言できる……よな。

そうなったら、みんな一斉に外すのだろうか。

でも、そういう宣言がないかぎり、みんな外さない、そういう予感もある。

 

もう寒いし、みんな長袖かな? 上着を着ているかな? とかそういう話ではない。

べつにかなり寒い中で半袖の人間がいても、あるいはかなり暑い中で厚着をしている人間がいても、ちょっと変に思われるだけだ。

なんとも思われないかもしれない。「変に思われるのは嫌だ」というのは、そいつだけの問題だ。

 

だが、感染症となると話は別だ。「迷惑なやつだ」ということになる。

みんなの問題になって、そこに敵視と排除の力が働く。

流行時からそれを問題に思い、表明する人もいた。

 

おれは流行時にそれはねえだろうと思ったが、すごくすごい収束状態になっても続くようなら、ひょっとしたら「ちょっと問題かもな」くらいに思うかもしれない。

そういう自分の感情の変化についても見ていきたい。それはなにか、興味深い。

 

それでもコロナ禍には去ってもらいたいが

と、興味深いなんて言ってられるのは、あくまでマスクの着用についてだけだ。

まだ気が早いと言われるのは承知で言えば、早く経済がもとに戻ってほしいという思いはある。

思いはある、というか、社会の下のほうの人間にとっては切実な問題だ。直近の問題だ。喫緊の問題だ。

 

すでに職を失った人もいるだろう。食えなくなってしまった人もいるだろう。

だろう、ではない、いるのだ。そして、おれもこのままでは遠からずそうなる。

コロナ禍がなくてもそうなるのが、早まる。それはやばい。やばいでは済まない。

ちょっとでも長く生きるためにも、とりあえずコロナ流行前の水準くらいまでには戻ってもらいたい。それでもカツカツだったのだ。

 

これについても、やはり政治の決断のようなものが必要だろう。

緊急事態ではないけれども、平常でもない、という中途半端な状況をどこで断ち切るのか。

 

もちろん、専門家の判断でも完全に収束した、という状態が最良ではある。

とはいえ、それをいつまで待てばいいのかわからない。

それまで、人々の暮らしがもつのか、国の経済がもつのか、それが問題だ。

早すぎれば批判も浴びるだろうし、流行が長続きしてさらにひどいことになる。

それは避けたい。一国民としても避けたい。かといって……。

 

それが悩みどころだ。

べつにコロナ禍なんてたいした影響じゃないよ、リモートワークの新しいライフスタイル歓迎だよ、という上流の人々には関係ない話かもしれない。だが、おれにとってはそうではない。

 

となると、マスクを外す日を想像することも、興味深いなどと言っていられる余裕がないのかもしれない。

というか、言っていられない。

まだ自分がこの生活を続けられると思っていたのかね、ということだ。

 

そう嘆いてもどうにもならない。

より簡便で有効なワクチン、治療薬の開発を願うが、願ったところで願うしかない。

 

そして、もし元に戻ったとしても、自分の人生がすぐ破綻に直面するという現実も変わらない。

いろいろなものに恵まれていない人間、生きること自体が苦痛だ。マスクをしたところで逃れられるものではない。

かくして人生の不幸は続く。

 

 

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【著者プロフィール】

著者名:黄金頭

横浜市中区在住、そして勤務の低賃金DTP労働者。『関内関外日記』というブログをいくらか長く書いている。

趣味は競馬、好きな球団はカープ。名前の由来はすばらしいサラブレッドから。

双極性障害II型。

ブログ:関内関外日記

Twitter:黄金頭

 

Photo by Claudio Schwarz