おれがおれの社会人性に疑問をいだいている

仕事の話をしたい。おれも一応は働いているからだ。

働いている以上は、仕事の話くらいしてみたい。そういう気持ちになることもある。

 

「一応は」と書いた。

実はおれ、実家の太い大金持ちであって、不労所得で遊んで暮らしていてもいいのだが、世間体もあって……みたいな夢を見た。

 

一応は、と書いたのは、おれがおれの社会人性に疑問をいだいているからだ。

大学を中退してふらふら親の金で遊び暮らしていたら、いきなりの一家離散。

 

記憶があやふやななか、気づいたら零細企業に勤めていた。

それで、なんとなく働いていて、知らない間に正社員になっていた。

だからおれは、いつから働き始めたのか、履歴書に書けない。というか、生まれてからこのかた、履歴書を書いたことがない。

 

この、ふらふら、あやふやをずっと引きずって、もう二十年くらいになる。

ちゃんと就活をして、大学を出て、新人研修とか受けて……みたいなスタートを切っていない。

 

あるいは、なにか専門的な教育を受けて、その分野を職にしている、というわけでもない。

職人に弟子入りして技を叩き込まれたわけでもない。

なんとなく、手癖と当て勘で、適当に仕事をしてきた。

だから、ほとんど成長というものをしていない。

 

そんなおれが、仕事の話をするのは、気が引ける。むずかすぎるぜビジネス。

 

会社自体もそんな感じです

とはいえ、このような人間の居場所のいる会社というのも、こういってはなんだけれども、やはりそのような感じといってはなんだろうか。

いや、違うのだ。個々人はおれとは違い、きちんとしたプロだ。

とくに、この分野では日本のトップランカーじゃないかという人すらいる。

 

が、なんというのか、経営のプロがいない。

社長は、たまたま社長になってしまったような人だ。

なんとか潰さなようにという、目先に必死になって、なんとか潰れないできただけだ。

 

悪い仕事はしていない。むしろ、かなり良いほうだ。

だからこそ、営業というものほとんどなしで、ここまでこれたのではないか。そんなふうに思っていた。

 

ただ、もう先はねえなという思いは常に抱いていた。

先どころか、今月どうするという局面もあって、おれは精神を病んだ。そんなところだ。

 

プロの経営者に見つかる

というわけで、おれより年上の人達が引退したら、この会社も終わるだろうし、おれは路頭に迷うのだろうな、と思いながらずっと過ごしてきた。ほんとう、そうなったらどうしようね?

 

ところが、いきなりなんか親会社みたいなものができた。そのあたりは前にも書いた。

ホワイトなブラック企業で働く、「意識の低い会社員」の話。

そうなって、月に一度の親会社の社長の訪問、そして全社会議(といっても数人)が、週に一度になった。

 

と、その前に、会議である。

我が社には会議というものがなかった。

会議をするまでもなく、そこに人がいて、だいたいなんか話をすれば、もうそれで会議みたいなものだったからだ。

 

経営会議というものもない。

経理も兼ねる社長がなんとなくうまくやっていてほしいというだけだった。

目の前の仕事をこなすのに精一杯で、数字がどうなっているか、どうしていきたいのか、そんなことすら明確ではなかった。

「今月はお給料が出た、よかった」。原始的だ。

 

しかし、やはり一代で会社を上場させる人間というのは違うのだな。

月々の売り上げ、前年度比、そういうものを元に、会議をするのだ! すごい! 驚き! 会社みたい!

 

というわけで、われわれは容赦なく現実的な数字を見せつけられることになった。

正直、皆で避けていた部分でもある。

とはいえ、おれにとってそれは新鮮なことではあった。

 

とはいえ、そんな数字を前にしても、親会社の社長さんは、とにかくエネルギーがあって、前向きで、明るく、盛りあげてくる。

社会経験値が不足し、人的交流もミニマムを極めている(つまりは会社の人以外に友人とか知り合いと呼べる人がいない)おれにとって、このような人と接するのは初めてだった。

 

そして、この人の言っていることはおおむね正しいし、はっきり言えば好感を持った。

おれが人に好感を持つのはまれなことだ。

好感を持つ持たない以前に、新しく人と出会うこと自体がほとんどないのだけれど。

 

経営者の目、お客さんの目

で、話はほぼ週一で行われる会議に戻る。わりと我が社の細かい話もするようになる。

 

すると、たとえば我が社社長の「この商品のここをこうしたいと思っているのですが……」といった、ややあいまいな希望に対して、「もしそれで儲かるという確信があるというのなら絶対にやるべきだが、お客さんのニーズも見えていない職人芸的なこだわりでやるのならだめだ」とか、そんな話になる。

 

そう言われてみればそうなので、おれも「たしかに、現状の商品で今までお客さんからクレームきたことなかったのなら、お金をかけて改良する必要はないんじゃないですか。そんな細かいところを改良しても、べつにたくさん売れるようにならんでしょう」などといっちょ前に言ってみたりする。

会議みたいだ!

 

で、何度か指摘されたのが、「あなたたちはプロだからそう思うかもしれないが、お客さんはそんなところ気にしないよ、気づかないよ」ということだ。

職人芸的なこだわりにはまり込んで、無駄なところでクオリティを高めても、そこがお客さんに、あるいはまだこれを知らない人に訴求することはないぜ、ということだ。

 

これは意見の分かれる話であって、もちろん分野によっても大きく違ってくるところだろう。

しかし、大昔から繰り返し論じられてきたことであって、『聖書』でも「(聖書になんかそんな話があるのを知っている人はここにそれを入れてください。聖書を知らない人は、聖書にそんな話があるんだと勝手にだまされてください)」とあるくらいだ。

 

いずれにせ、たとえ神が細部に宿るとしても、われわれの会社のレベルはそこまで行っていない。そこにこだわる段階にない。

とにかく、現状でも悪くないはずのものを作っているのだから、まずは知られることが第一だ。

営業だ、広告だ……!

 

……と、こんな当たり前の、初歩の話し合いを、今まで何十年もしてこなかった。

それで続いてきたのも驚きだが、そんな会社員たちを見る親会社の社長も驚いているんじゃないか。そんなふうに思う。

 

顧客が本当に欲しかったもの

そんなわけで、べつのある商品では、本当に職人技を持つ人が職人技で仕上げるのだけれど、それでも失敗することもあって、失敗したときのために素材を二倍用意しておくことがあった。

が、会議らしきものをして知ったのだが、失敗する要素、苦労する要素は、ほんの些細なこだわりの部分であって、まっさきに「労力に見合っていないよ、こんなの誰も気づかないよ」と言われてしまった。

 

しかもしれ、なんと、零細だからツーカーだろうと思っていたおれも、その部分のために苦労しているとは知らず、「えーっ」となってしまったりもした。

ほんと、少人数でも定期的な話し合いは必要です。わかるようでわかってないのです。

 

ともかく、そのあたりは、親会社の社長が我が社の仕事とちょっとだけ重なっているけど、ほとんど知らないところの目線からくることであって、そんなふうなご意見をいただけるのもありがたい。

ようわからんが、経営者としてのコスト感覚と、お客さんとしての感覚を両方持っておられるようだ。

 

営業畑から身をなした身をなした人らしい。

そこんところ、まったくなかったね、私ら。

対極やね。だから、意見が合わないし、ちょっとその営業的な考え方は合わないな、ということもないではないのだけれど。

 

そういえば、会議とはべつに、こんな話も最近あった。

新しいお客さんから「これこれこういうことをやりたいのだけれど、御社に似たような事例はありますか?」と問い合わせ。

 

まったく同じような案件の事例があったのだけれど、そのデザインはお客さんの方が指定してきたもので、まあ創英角ポップ体(偉大なフォントですけれど、使い方、使い所があるでしょう)を使いまくりの、色使いもなんかなという、当社としてはあまりオススメできないものだった。

でも、あまりにも似た案件なので、「こんなのがありますが」と渋々見せたところ……想像はつきますよね、問い合わせてきたお客さんが「すばらしいデザインです! こういうのが欲しかったのです」と。

 

これにはちょっぴりガクッとくるところはあった。

が、しかし、この社会にどれだけ創英角ポップが溢れているか考えると、私らも変な「プロ目線」、「プロ意識」みたいなものを見直すべきなんじゃないかと思った次第。

 

みんなが好きだから、よく使われている。

みんなが好きなものは、よく売れるかもしれない。

そこんところ。それを忘れてしまって、「もっといい感じのフォントあるのにな」とか思って「ばかり」いてはいけない。

 

マクドナルドのハンバーガーは世界で一番売れているから……ではないけれど、みんなが好きなものは、それなりの理由があって、そこを軽視してはいかんのだ。

それでもなお……という姿勢がプロとしては大切だけれど、「それでも」の「それ」を忘れてはいけない。

 

そうだ、こんな話もあった。

親会社の社長が商材としているものについて、我々は「ちょっとありふれている、飽きられているものではないか」と思ったら、なんとそれが大売れして、増産するとのこと。

親会社の社長さん、それみたことかと、「あなたたちはそう思うだろうけど、普通の人はこれ以外知らないんだから」と。

 

そうなのだ、当たり前なものは、それだけ当たり前に好かれているから当たり前なのだ。

とはいえ、それってレッドオーシャン? で勝負するってことでもあるんだろうけれど。

 

けれど、そのあたりのことを、こう言語化するというか、あらためて確かめるのは大切なことよな。うん、会議、大事。すごい、おれ、ビジネス、わかってきたぞ!

え、その結論、マジか?

 

とはいえ先は暗いのだけれど

とはいえ、先は暗いのである。

コロナを機に、今までなんとかなってきたものがなんともならなくなり、「新規事業だ」という話になるも、どうにもうまくいかない。

うまくいかないが、「5つやって4つ失敗していい」とは言われている。

数を打たなきゃ当たらないし、失敗しなくては見えてこないものもあるという。そのためにする投資はしてもいい。

 

が、どうもおれにはうまくできんような気がしてならないのだ。

通常業務に加えて、新規事業、さらには広告宣伝。

手一杯になりつつあって、なんかもう早く人生の手じまいをしたいとか思いつつもある。

それでもまあ、人生の最後にちょっとだけビジネス的なものに触れられたのは悪くなかったかなとも思ってはいる。

 

みなさまにおかれましては、決してプロの陥穽にはまることなく、かといってプロの矜持を忘れることなく、日々の労働に勤しんでくださいませ。以上。

 

 

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(2024/3/26更新)

 

 

 

【著者プロフィール】

著者名:黄金頭

横浜市中区在住、そして勤務の低賃金DTP労働者。『関内関外日記』というブログをいくらか長く書いている。

趣味は競馬、好きな球団はカープ。名前の由来はすばらしいサラブレッドから。

双極性障害II型。

ブログ:関内関外日記

Twitter:黄金頭

Photo by Denis Oliveira