我が家の愛犬クロは、元保護犬だ。

ルーマニアで保護されたあとドイツに移され、その後受け入れ先が見つかるも1か月で捨てられ、我が家にやってきた。

 

愛くるしく、頭がよく、臆病で、ちょっと頑固な、最高の家族。

 

しかしクロをしつけるようになって、いままで自分が「なにかを教える」という経験をしてこなかったことに気がついた。

中・高校の部活は2年生で辞めてるし、アルバイトも下っ端でいることが多かったし、まともにどこかの企業で働いていたわけでもないし……。

 

外国人の友だちに日本語を教えたり、ゲーム内で初心者にレクチャーしたりはあるが、それくらい。

責任をもって「教える」という行為は、したことがない。

 

だからこそクロをしつけるなかで、「教える」とはどういうことかを考えた。

わたしの結論は、こうだ。

「教えるときに大切なのは、期待せず分析すること。応援せず調整すること。指示せず誘導すること」

 

「うちの子はどうせ伏せができない」と諦めた理由

クロはとても賢く、「散歩」「ごはん」「ストップ」などの言葉をすぐに理解した。

お手もお座りもお手の物、すぐに覚えてくれる。

 

しかし、「伏せ」は苦戦した。

伏せは服従のポーズとも呼ばれ、コマンドのなかでもとくに重要であり、なおかつ教えるのがむずかしいとされる。

 

クロはもともと野良犬だったからか自尊心が強く、散歩ではいたるところにマーキングし、すべてのにおいをチェックし、ほかの犬を見るとすぐに臨戦態勢。抱っこされるのも大嫌い。

5歳〜8歳くらいの成犬だし、伏せは正直無理だろうと思っていた。

 

「お手」であれば、前脚をつかんでわたしの手のひらに乗せて褒めてやれば、「お手=手のひらに前脚を乗せること」だと教えることができる。

でも「伏せ」はどういうポーズなのかを教えるのがむずかしくて、お座りからなかなか上半身を崩してくれない。

 

YouTubeで調べたところ、体育座りをして膝を立て、足の下を犬がくぐるように誘導し、体勢を崩したタイミングで「伏せ」と言って覚えさせる方法があるらしい。

「なるほど!」と試してみたものの、クロはわたしの足の下をくぐろうとはせずに、鼻先だけ膝の下に突っ込んで餌をとろうとしたり、逆側から回り込んで餌を食べようとする。

 

で、そうそうに匙を投げた。

「クロはやっぱり伏せはできないんだ」と。

 

相手の様子を観察、分析することで第一ハードルはクリアするも…

諦めてから1か月くらい経っただろうか。

やっぱり伏せを教えるのが大事だという結論に至り、もう一度試してみることにした。

 

再挑戦するなら、同じ轍は踏みたくない。というわけで、考えてみる。

なぜクロは、わたしの足の下をくぐってくれないんだろう?

そういえばクロは、抱きつかれるのが好きじゃないし、最初のころは毛布をかけられることすら嫌がって飛びのいていた。

 

もしかしたら、身動きとれない状況になるのが嫌なのかな。

ためしに、体育座りで膝を立てるのではなく、床に座って足をソファの上に乗せることで、広めのトンネルを作ってみた。

するとどうだろう、クロはためらいなくくぐってくれるじゃないか!

 

なーんだ、単純に狭いところを通るのが嫌だっただけなのね。

それがわかってから、まずは広いトンネルからはじめ、それを少しずつ、少しずつ狭め、体育座りトンネルにし、それもさらに狭め……と、ゆっくりゆっくり進めていった。

 

もともとクロは賢い子だ。

あれよあれよと低いトンネルに慣れ、伏せのポーズができるようになった。

 

「いけるじゃん!」

そうやって期待したものの、どうやらトンネルくぐること=伏せだと認識してしまったらしく、わたしが足でトンネルをつくらないと、「伏せ」と言っても困ったように見上げるだけになってしまった。

 

再開してからうまくいっていたからこそ、結構がっかりした。

「トンネルくぐるのは手段であって目的じゃないんだよ~」と言っても、クロに伝わるわけもなく……。

 

教える側に必要なのは、期待という感情より分析という観察

そこで、教える側には「期待」という感情は必要なく、すべきことは「分析」なのだと痛感した。

 

期待しないと、少しでもうまくいかなかったとき「ほらやっぱりできない」とすぐに投げ出してしまう。

逆に、期待が高すぎると、「なんでできないんだ」とイライラしたりがっかりしてしまう。

でもそれって、教えられる側としてはたまったものじゃないよね。

勝手に希望を持たれて、勝手に失望されてさ。本人は、できることをやっているだけなのに。

 

期待のかわりにすべきは、分析だ。

これはできたけどこれはできない、なぜ? できるときとできないときはなにがちがう?

観察して、どうするべきかを考えれば、次になにをしてあげればいいのかがわかる。

「きっとできる」「どうせできない」なんて感情は不要。

 

「きっとできる」と雑に信じるより、根拠に基づいて「これならできるはず」という課題を与えるべきだし、「どうせできない」と思うのなら、「どうやったらできるか」を考えたほうがいい。

 

というわけで、期待という先入観を捨て、「トンネルをくぐる=伏せだと認識しているクロ」の対処法を考えた。

 

1.トンネルを使って伏せの状態になったら「伏せ」と言って床を指さし、ご褒美のおやつを与える

2. 伏せの状態のまま「待て」をさせ、足をどけてトンネルをなくす

3. 伏せを崩して立ち上がったら「ノー」と言ってご褒美を与えず、もう一度やる

4. 伏せを維持したら、褒めまくって追加のおやつをあげる

 

これを繰り返すことで、「伏せ」とはお腹を床につけたまま維持することなのだと理解してくれた。

まだ完璧ではないにせよ、こうしてクロは、伏せができるようになったのである。

 

精神論で応援してもできないものはできない

「トンネルをくぐる=伏せだと認識しているクロ」への対処法を考える際に強く思ったのは、教える側に必要なのは「応援」ではなく「調整」だということだ。

 

「きっと大丈夫! できるよ!」「がんばって!」と言ったところで、できないものはできない。

応援は、落ち込んでいる相手を励ますときや、もうすでに天命を待つ状態のとき、具体的なアドバイスができないときなどにすればいいもの。

教える側は、相手の努力に依存する精神論としての「応援」なんてすべきじゃない。

 

教えてもうまくいかない場合、応援という精神論にすり替えるのではなく、課題の難易度を相手に合わせて調整してあげるのが「教える側の務め」だ。

 

むずかしい課題を与えて「君ならできる! がんばれ!」と言うより、「まずは難易度1から、それができたら2、次は3……」と難易度調整する指導者のほうが、よっぽど頼りになる。

だから教える側に必要なのは、応援ではなく、課題の難易度の調整なのだ。

 

ゴールまで誘導することが教える側の務め

そして、もうひとつ気づいたこと。

「あれやっといて。そしたら次はこれね」と指示しただけで、教えた気になってしまうことは多い。

でも必要なのはきっと、指示ではなく「誘導」だ。

 

「伏せ」がなにかわからないクロに「伏せをしろ」と指示したところで、クロは途方に暮れるだけ。結果を出せるわけがない。

だから、必要なのは指示ではなく誘導なのだ。

 

まずは足で広いトンネルをつくって、おやつで引き付けてトンネルをくぐるように「誘導」する。

それが出来たらトンネルの幅を狭くして、低い姿勢に「誘導」する。

それができたら、トンネルなしでもその姿勢になるように、「待て」のコマンドを使って伏せの維持を「誘導」する。

 

教える側の仕事は「課題ができるように導く」ことであって、「課題を突きつける」ことではない。

指示して丸投げは、教えたことにはならないのだ。

ちゃんと相手が課題をこなせるように誘導してゴールへの道筋を作ってあげることが、「教える」ってことなんじゃないかと思う。

 

「教える」とは、相手に課題をクリアさせるための手助け

というわけで、クロに「伏せ」を教えた過程で学んだことをまとめると、

 

・「期待」という先入観をなくし、いま現在なにができてなにができないか、どうすればいいのかを「分析」する

・精神論で「応援」するのではなく、相手がステップアップできるように適した難易度の課題に「調整」する

・やっておけと「指示」だけするのではなく、適宜フォローして相手が自然とクリアできるように「誘導」する

 

と、こんな感じだ。

 

ちなみに、元・日ハム投手コーチの吉井氏も、著書のなかでこう書いている。

基本的に僕のコーチングスタイルは、はじめに「観察」する。これはほとんどのコーチがやっていると思う。次に「質問」する。コーチから選手に「何をやりたいか」「どう思っているか」などを聞く。最後に、その選手の立場に立って「代行」する。指導する選手にはどのような方法が合うか、どう伝えればいいか、その選手になりきって考えるという意味だ。
出典:『最高のコーチは、教えない。』

表現はちがうが、観察とは分析に必要なことだし、質問は適した課題を用意するために必要だし、代行は課題解決に誘導するということだ。

 

もちろん、期待されることで伸びる人もいれば、応援されることでモチベーション維持できる人、ざっくりとした指示のもと自由にやりたい人もいるだろう。

ただ、教える経験をしたことのない人間が、犬をしつける過程でこういうことを学んだよ、という体験談を紹介することで、だれかのお役に立てればなぁ~と思って書き記した次第である。

 

さてさて、次はなにを教えようか。

ゴロンも教えたいが、果たして……。

 

 

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【著者プロフィール】

名前:雨宮紫苑

91年生まれ、ドイツ在住のフリーライター。小説執筆&写真撮影もやってます。

ハロプロとアニメが好きだけど、オタクっぽい呟きをするとフォロワーが減るのが最近の悩みです。

著書:『日本人とドイツ人 比べてみたらどっちもどっち』(新潮新書)

ブログ:『雨宮の迷走ニュース』

Twitter:amamiya9901

Photo by JC Gellidon