先日、ネット古老の人々とオンライン広告について談話する機会があった。

 

「最近、ネットの広告がひとまわり精度良くなった気がする」

「欲しいと思うものが表示されることが増えた。ねえ、なんで知ってるの? って思うことがある」

「広告を踏んで、まんまと買ってしまう。買わされている。」

 

皆、ネットを二十年以上やっているベテランであり、いわゆるネットリテラシーという点では合格点が与えられそうな、そのような人びとがネットの広告を踏み、購買行為に至っているという。それは最近の私自身の購買行為とも一致していた。

 

「前は、自分が買ったことのある商品が広告に出るか、肝心なところで見当違いをしている広告がよく出ていた。けれど、今は本当に欲しいものが広告に出る」

「しっかり監視されて分析されてるんだなーって。」

 

いや、まったくもって。

こうした私たちの印象は、ひょっとしたらネットを20年やっているうちに歳を取り、ネットリテラシーと前頭葉機能が衰え、広告に対して脆弱になっただけだ、と解釈できなくもないかもしれない。

 

だがそうでないなら……どうして”彼ら”は、私が検索したおぼえもクリックしたおぼえもない栄養剤を目の前に登場させたのか?

どうして”彼ら”は、観ようか観るまいか迷っていたけれども誰にも黙っていたはずの映画の広告を、かくも見事に表示させるのか?

 

ネット広告のなかには、粗雑としか言いようのないものも残っている。

たとえばゲーム攻略系サイト、ある種のまとめサイトの場合、相手を選んでいるというより、単に広告料が高いからといった理由で、ひたすらきわどく(そして目障りな)広告を表示しているようにみえる。

 

他方、たとえばツイッターに紛れ込んでくる広告などは、ときに不気味なほど私の欲しいものを捕捉し、先回りしてみせる。

2010年代後半の頃、私はツイッターの広告で少しでも気に入らないものがあったら非表示にするようにしていた。

それが “彼ら”に知恵をつけさせてしまったのだろうか?(ちなみに2020年代に入ってからは、”彼ら”に知恵をつけさせることを怖れ、ツイッターの広告の非表示ボタンをなるべく押さないようにしている)

 

フィルターバブルだのパーソナライゼーションだの言っても、しょせん、ネット広告などユーザーのcookieを追いかけることしか知らない、人口無能の所業だと馬鹿にしていたのだけど。

 

その人口無能が、なにやら知恵や応用力を身に付けたかのようにあれこれ広告してみせ、私たちを購買行為へといざなっている。

 

私たちは、どうなっちゃうんだろう?

 

実力をつけるネット広告、行動経済学、その先に見えるのは

実力をつけつつあるようにみえるネット広告。その行方はどのようなものだろうか。

 

まず、市場規模を確認してみる。電通『2021年 日本の広告費』によれば、2021年の日本の広告規模は約6兆8千億円規模となっており、なかでもインターネット広告費は主要マスコミ広告媒体を初めて上回り、約2兆7000億円規模、成長率にして108.9%を誇っているという。

日本インタラクティブ広告協会(JIAA)の20周年記念シンポジウムのレポートによれば、これからのインターネット広告は、以下のようなものと語られている。

・より生活者に寄り添った広告
生活者視点から見ると、よりパーソナライズされた広告や見たい広告という、適した広告だけがほしい傾向がある。広告主にとってもより高い効果を生み出すため、この傾向は5年、10年続くと考えられる。

・最適な形で振り分けられる広告
現在はさまざまな広告の形があり、有効な広告の形がわからないことが広告主の悩みだ。フォーマットや場合に合わせて考えずとも、最適な形でユーザーに広告が振り分けられるようにしたいという要求が増えていくと考えられる。

・ユーザーに選択肢を与えた上での広告
広告を配信する側ではなく、受け取る側にもっと選択肢を与えていくべきだという考え方がGoogleのなかで主流になってきている。
「どうやってあなたに配信されたのかという透明性」と、「その広告が欲しいか欲しくないか、もしくは自分のデータを使っていいかどうかの選択肢」をユーザーに与えることが重要になる。

よりパーソナライズされた広告。

広告を出す側も、有効な広告をますます求めてゆく。

ひとつめとふたつめの項には、私が最近のネット広告に感じていることそのものが記されている。

 

そしてみっつめの項、google のなかで主流となっている「受け取る側に選択肢を与えてゆくべき」という考え方。これは、行動経済学でいうナッジという考え方に沿っているもののようにみえる。

ナッジとは、行動経済学の知見に基づいて人々の行動をよりよいものに導いていくものでるべきで、そうではない誘導はスラッジと呼ばれ、邪悪とされる。みっつめの項は、「行動経済学的にダーティーな、スラッジ的広告ではなく、クリーンなナッジ的広告にしていきましょう」というステートメントとして読み取りたくなる。

 

広告がクリーンなのは結構なことだ。

欲しいと思うものが広告されることも結構なことだ。望んでもいないスパム広告が無限に表示されて、解除もままならないよりは良い……はずである。

 

しかし、購買を促す側も促される側もwin-winな広告がますます洗練され、そのためのノウハウも蓄積していき、それが倫理的に正当性を伴っているとするなら、近未来の私たちは、買いたいものを広告に選んでもらい、その選んだ広告任せに品物やサービスを買うばかりの、えらく受け身な存在になってしまうのではないだろうか。

 

行動や欲求や欲望を広告に先回りしてもらい、いいようにやってもらうのは快適なことではある。

だが、不快な広告も不要な広告も観なくて良い、それどころか私たちが無意識のうちに欲しがっていて自分自身でも気が付かなかったものまで広告にレコメンドされ、”正解”を促されるとしたら、私たちの主体性とは、私たちの自由意志とは一体どのようなものになるのだろうか?

 

AIやシステムに選んでもらう、ということをもっと考えてみる

広告が、人々の行動や欲求や欲望を先回りするのは20世紀以前にもあったことだ、いつものことじゃないかと反論する人もいるだろう。

 

20世紀以前の広告には、フィルターバブルやパーソナライゼーションのように個人を個人として分析し、狙い撃つ性質はそこまで顕著ではない。マスをマスとして分析し、流行をとおして定置網のようにまとめて捕らえる、そんな性質が優勢だった。

まあ、それは於こう。

 

しかし、広告なら「慣れたこと」で済まされることでも、そうでない領域まで「慣れたこと」で済ませて構わないのか、考え込んでしまうことだってこれからは起こるだろう。

たとえば男女交際まで広告と同様のシステムによって選んでもらって、それで良いと言えるものだろうか?

2021年のマッチングサービス・アプリ利用経験者は78.2%、昨年と比べて21.1ポイント増加
利用上位のマッチングサービス・アプリはトップが「Pairs」、次いで「タップル」

 

上掲リンク先の記事によれば、2021年の独身男女を対象とした予備調査および本調査によれば、マッチングアプリの利用経験者は78.2%になっているという。

また、この調査結果はコロナ禍後のもので、コロナ前は職場や学校や友達の紹介が優勢だった男女の出会いが、コロナ禍以降はマッチングアプリに大きく傾いたことも浮き彫りにしている。

コロナ禍は、人と人が繋がる導線をオンライン化した。というより水面下で進んでいたオンライン化を一気に表面化させた、と言ったほうが正しいのかもしれない。

 

かくして男女の出会いは、AIが介在し、差配するシステムに司られるようになりつつある。

そしてAIやシステムによるマッチングには発展の余地があり、ますますあてにされるようになるだろう。

 

広告同様、マッチングアプリも私たちの行動や欲求や欲望を先回りするようになり、いいようにやってくれる未来が来るとしたら。

そこからもう少し未来を想像すると、マッチングアプリを用いない、AIやシステムのリコメンドを無視したパートナー探しが不自然で非常識で不道徳とみなされる社会まで見えてくる。

 

そんな社会になってもなお、マッチングアプリを忌避している人は、おそらく21世紀において統計やエビデンスを忌避している人と同じぐらい、時代遅れで、愚かな存在とみなされるのではないか。

 

そうしたことが購買と広告、マッチングアプリばかりでなく、進学も、就職も、住まいも決めていくようになるとしたら、私たちは、人間はいったいなんのために生き、なんのために選んで、なんのために生かされていることになるのだろう?

「あなたにふさわしい住まい あなたにふさわしい食事 あなたにふさわしい人間関係 あなたにふさわしい職業 あなたにふさわしい人生を導きます」

アニメ『PSYCHO-PASS』より

圧倒的な分析力とデータを所持し、ひとりひとりに最適な選択肢を提供し、そうやってひとりひとりひとりを生かしていくシステムが実現したらどうなるのか?

20世紀においてそれは、遠いSF小説の想像世界でしかなかった。

21世紀に入ってさえ、まだまだ時間のかかる、人間生活の一部がそうなる程度の想像世界でしかなかった。少なくとも私は、そのように思っていた。

 

しかし昨今の広告やマッチングサービスを見るに、そして私たちを個人としてもマスとしても恐ろしいほど分析している情報産業の隆盛をみるに、もう近くまできている未来のように思える。

 

私は、そうやって広告やアプリによって自由意志の介在する余地が侵されてゆくことに危機感をおぼえる。

おぼえるのだけど、広告が冴えた選択肢を提示した時、それに逆らえるほどの意志は持ち合わせていない。

かくして今夜も、先日広告がリコメンドしてきたスパークリングワインをポチっと押して注文し、届くのを楽しみにしている。

 

飼い馴らされているな、と思う。

さりとてこの暑い季節、狙いすましたようにリコメンドされたスパークリングワインの広告にどうして私が逆らえるだろうか。

 

 

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(2023/1/27更新)

 

 

 

【プロフィール】

著者:熊代亨

精神科専門医。「診察室の内側の風景」とインターネットやオフ会で出会う「診察室の外側の風景」の整合性にこだわりながら、現代人の社会適応やサブカルチャーについて発信中。

通称“シロクマ先生”。近著は『融解するオタク・サブカル・ヤンキー』(花伝社)『「若作りうつ」社会』(講談社)『認められたい』(ヴィレッジブックス)『「若者」をやめて、「大人」を始める 「成熟困難時代」をどう生きるか?』『健康的で清潔で、道徳的な秩序ある社会の不自由さについて』(イースト・プレス)など。

twitter:@twit_shirokuma

ブログ:『シロクマの屑籠』

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Photo by Rob Hampson