かつて少年ジャンプに花さか天使テンテンくんという漫画があった。
この漫画は「人は誰もがサイダネ(才能の種)を持っており、誰もがそれを大切に育んで花開かせる事ができる」という物語だ。
主人公であるヒデユキはアクシデントによりサイダネの代わりに梅干しの種を埋め込まれてこの世に誕生してしまったという災難にあい、テンテンくんと共に本来入るはずだったサイダネを見つけ出すという作業に勤しんでいく。
この漫画の登場人物に山吹トオルという男の子がいる。
彼は珠玉のサイダネという10万人に1人持っているかの希少なサイダネを持つものだ。
珠玉のサイダネはいわゆる万能型のサイダネであり、彼はそのおかげであらゆる分野で常人よりも優れた業績を叩き出せるという設定であった。
僕がかねてから抱いていた疑問の一つがこの手の何でも卒なくこなせる奴はいったい何でそんな事ができるのかというものであった。
勉強はちょろっとやったら良い点数が叩き出せて、運動神経もそこそこあり、ゲームも上手、という風に、とにかく何をやっても人より平均して上手。こんなの、あまりにもチートにも程があるではないか。
この手の人間は進学校にいくと結構いる。幼き頃の僕は彼らをみて
「こいつら一体、どんな凄い人間になっちまうんだろう…」
と羨望の眼差しでもって眺めていたのだが、齢40を手前にした彼らがその後どうなったかというと、実は思ったほどにはパッとはしていない。
もちろんそれなりによい社会的ポジションは獲得しているのだが、卓越したユニークさを発揮して一角の人物となったと言える人はこの手の人物の中にはほぼおらず、逆に学生時代は劣等生だった人間の方がかなり面白い事をやっていたりするのである。
「これは一体どういう事なんだろう?」
最近そのように疑念を深めていたのだが、自分の中で一つの回答が出たので今日はその話をしようかと思う。
要旨を言えば珠玉のサイダネとはテンプレートにはまり込みやすい能だという話である。
弁護士には愛国や保守が少ないような気が、なんとなくする
かつて弁護士をやっている友人とメシを食っていた時
「弁護士に愛国とかガチガチの保守が妙に少ない傾向があるように僕にはみえるのだけど、気のせいかな?」
と聞いてみた事がある。
友人はちょっと考えた後に
「国を相手取って闘う事が多いからなのか、国家権力の本当に嫌な部分を人より目にする機会が弁護士には多い」
「そういう経験を何度もすると、現政権を含む国家権力に反発する心が自然と生まれやすい傾向があるような気はする」
「なんつーか反権力思想が心地よくなるんだよね。保守をやりにくいっていうか。まあそうじゃないって人もそれなりにはいるけれど」
と答えた。
この答えを聞いた時は「仕事って人格形成にかなり強く関わるんだなぁ」ぐらいにしか思わなかったのだけど、よくよく考えてみるとこれは興味深い話である。
どんな仕事につくかでその人の思想が決定づけられるのだとしたら……
あなたの好みも自由意志なんかではなくて、ひょっとしてある種のテンプレート通りに作用しているだけなのではないだろうか?
所属する集団がそう思う。故に、我もそう思う
人はみな己の心は自由だと思っているかもしれない。だが、実際は先ほどの話のように心は様々な方面から影響をうけている。
己に確固たる信念のようなものがある人間ならまだしも、多くの人はそこまで強い芯のようなものはない。
故に多くの人は所属する集団の理念のようなものに自然と自分のスタンスが寄っていく傾向がある。
このように多くの人間にとっての思想は「我思う故に我あり」のように、自分が発端となって始まるようなものではない。
「所属する集団がそう思う。故に、我もそう思う」というように、どちらかというと所属する共同体の持つ理念≒自分の思う正しさに近似してゆく。
つまり、あなたの居場所こそがあなたの思想の発生源なのだ。
役を演じているつもりが、いつの間にか役に演じさせられている?
話を冒頭の”何でも卒なくこなせる奴”に戻そう。
僕は彼らを「思ったほどにはパッとはしていない」と書いたが、なにも彼らは落伍者になったというわけではない。
みなそれなりに良い成績で大学を卒業し、世間でいうところの一流企業に務め、それなりに順調な人生はやっている。
それなのに何故僕がパッとしないと僕が感じたかといえば、彼らにユニークさのようなものをあまり感じられないからだ。
話をしていてもRPGでいうところのNPCのような対応が返ってきたりするように感じる事が多く、あの学生時代に感じた「こいつなら何にでもなれる」という無限の才能の輪編は全くといっていいほどに無い。
しかし改めて考えてみればである。何でも卒なくこなせるという事は、逆にいえば適応するのが巧すぎるという事だ。
そんな適応上手な存在が、どこかの集団に放り込まれた後にどうなるのかといえば…言うまでもなくその集団に最速で適応するというだけの話でもある。
そうして所属する集団に高速で適応した結果どうなるかといえば、そりゃもうテンプレートにハマって没個性的になるに決まっているのである。
何でも卒なくこなせる人間が、役割の型にハまりこんでしまうのはある意味では必然だったのだ。
珠玉のサイダネを持つものは、オッサン・オバサンになるのも物凄く上手い
また、なにもテンプレートにハマりこむのは職業に限らない。
世の中には「歳と共に、そういう風になりやすい」というある種の傾向がある。頑固者、オッサン化、オバサン化、老害などなど…
自分の周りにもこの手のワードを使って形容したくなるような人達が上の世代を中心に結構いるのだが、彼・彼女らが最初から陳腐な存在だったのかというと、そんな事も無さそうだ。
過去には才能の片鱗があったのだろうなと美しい憧憬のようなものを感じられる人も多い。
若かりし頃の自分は、頑固・オッサン・オバサン・老害のようなものに成り下がる人間は単純に能力が無いからそうなるのだと思っていたのだが、どうも周りを見渡すとそんな事は無い。
むしろ、能力がある人の方がこの手のテンプレートにカチッとハマっている事例を多数目にするぐらいである。
これはどういう事なのだろう?と長いあいだ思っていたのだが、改めて考えてみれば頑固・オッサン・オバサン・老害だって立派に人生の”役”である。
身の回りが”そういう風”になれば、そういう人間と共にいて心地よくなる存在に収束していく素因は間違いなくある。
それなら頑固・オッサン・オバサン・老害にならない理由がむしろ無い。
所属する集団がそういう傾向に収束していくのなら、むしろそれに最速でもって適応する方が優秀とすら言えるだろう。
こうして多くの人は自分でもビックリするぐらいにテンプレートな存在へと収束していく。
望む望まないに限らず…ほっといたらテンプレートに勝手に収束するのが人間というものの宿命なのだ。
反社会性を持て
ここまで読んで背筋が寒くなる思いをした人も多いだろう。
「どうやったらテンプレートに収束しないで自我を保ち続けられるんですか?」
と聞きたい人も多いだろう。
これに対する僕の答えは反社会性を持てというものだ。
これは何も今から過激な右翼の宣伝カーを運転しろという意味ではない。
所属集団の意見を積極的には取り入れず、集団に馴染みすぎない為に必要なのは、その集団を斜に構えてみる必要がある。
集団にあえて適応しない。
身も心もそこに染まりきってしまえば確かに仕事は覚えやすいし居心地もよかろうが、あえて己を異邦人のような存在として保ち続ける。
そういうスタンスを己の中に宿す事で過度に集団に没落しないという手法を、ここでは反社会性という風に定義づけたい。
この反社会性を手にするのに最も手っ取り早いのは、とにかく自分の思う面白いものを深堀りし続けるという事だ。
仕事と同じかそれ以上に、自分の面白いというものにも真剣であり続ける。
そうしていれば、自然と仕事上での価値観と自分の価値観を相対してみる機会が増える。
よく社会人以降に忙しすぎて趣味を辞めてしまい仕事だけの人生に突き進んでしまうタイプの人がいるが、こういう人はちょっと自分の価値観が組織に染まっていないか改めて考えてみた方がよいと思う。
社会性をバリバリに発揮して組織の色に染まった方が仕事は素早く覚えられるだろうし人間関係も心地よくなるとは思う。
だが、その代わりに何か大切なものが失われてしまっていたら元も子もない。
自我を保ち続けたいのなら、自分のクオリアのようなものは絶対に手放しては駄目である。
あなたの周りにもいるでしょう?人の話を全然聞かないやつ
僕が思うに反社会性を持つ人間は劣等生と言われている人達や芸術肌の人に多い。
この手の人物は良くも悪くも我が強く、人の話を本当に全然聞かない(笑)
みなさんの周りにもそういう奴が一人ぐらいいるだろう。
あれを表立ってやれとまでは言わないが、黙ってコソッとやるぐらいの覚悟は必要だ。
冒頭に書いた学生時代は劣等生だったが社会人以降に面白い事をやっている人間なんて、改めて考えてみれば進学校にいるくせに勉強を全然しないという立派な反社会性を幼い頃からやっていたわけで、そりゃまあ型にハマったいい子なんかになるはずがないのである。
注意点としては、この反社会性を発揮し続けるのは本当に気合が必要だという事だ。
集団に思想を同化させずに異邦人をやり続けるだなんて、ぶっちゃけオオカミの群れの中で羊をやるようなものだし、かつ羊をやりながらオオカミと対等に渡り合う為にはする必要のない苦労を本当に沢山する必要がある。
生きにくい事この上ないし、忍耐と根性が無いと潰れるのでマジでコストパフォーマンスは最悪な生き方だけど、これをやり抜けられるのなら間違いなく一つの強さになる。
単に反社会性という型にはまり込むだけの人達もそれなりにはいるので安易には推奨し難いのだが、自分は気骨があるという人は是非とも頑張ってやり抜いてみて欲しい。
人の話を本当に全然聞かない一人の人間として、僕はあなたの参入を心から歓迎します。
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【著者プロフィール】
都内で勤務医としてまったり生活中。
趣味はおいしいレストラン開拓とワインと読書です。
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noteで食事に関するコラム執筆と人生相談もやってます
Photo by Ben Lambert