文章で想いを伝えるって、簡単そうで難しいんだな。

ふと、そんなことを思ったのは、知り合いが作ったHPを見に行って、そこに書かれていた宣伝文が一体何を言わんとしているのか、さっぱり分からなかったからである。

 

その知り合いは学生時代の同級生で、近頃FacebookやInstagramなどのSNSを通じ、新しく始める事業の宣伝を熱心に繰り返している。

彼女が新しく始める事業とは、近頃流行っている空き家をリフォームしたコミュニティスペースだ。

スペースはキッチンを含めて3部屋あり、部屋ごとに有料で貸し切ることもできるらしい。

 

彼女とは昔馴染みとはいえ、親しい訳ではない。今ではSNSで繋がっているだけの浅い付き合いだ。

その彼女が、昨年からやる気に満ちたポエムを連投している。

ポエムに頻出する言葉は、以下の通り。

 

「新しいチャレンジ!」

「ワクワクすることに挑戦!」

「本気の取り組み!」

「走りながら考える!」

「素晴らしい仲間と出会いに感謝!」

 

はて?一体何をやっているのだろう?

熱っぽい言葉が並ぶ割にはふんわりしていて、具体的に何をしているのか、これから何をしようとしているのかが見えてこなかった。

 

彼女は以前デザイン関係の仕事をしていただけあって、SNSに投稿する写真はどれもオシャレだった。何ともいえない独特の雰囲気がある。

だが、そうした味わいのある写真の被写体や風景が何なのかは判別できず、載せてある文章との関連性も分からない。

 

かろうじて汲み取れるのは、

「内装工事中の店舗を撮影しているらしい」

「古民家と呼べるほど古くはないけれど、昭和の家を改装してオシャレな何かを始めるらしい」

ということだ。

 

「いよいよ営業開始!コミュニティスペースのテーマとなるのは、『生まれる』と『育てる』。この場所から様々なアイデアやプロダクトが生まれて、それが世界へと羽ばたいていく!その過程を私たちが発信することで、応援していく。チャレンジする人たちのメディアとなる場所作りを目指します!」

 

気合が入っている様子と鼻息の荒さだけは伝わってくるが、やはり話の中身はよく分からない。

ともかく熱意には圧倒されるので、「頑張って欲しいな」という気持ちでハートマークを押したものの、「何のこっちゃ?」と首を傾げた。

メディアとなる場所って、一体どういう意味なのだろう?メディアという言葉の使い方を間違えているのではないだろうか。

 

SNSで発信されている抽象的なポエムでは意味不明だが、HPに行けば事業内容が詳しく分かるのかもしれない。

彼女の投稿に貼られてあったリンクから、HPへ飛んでみることにした。

 

画面を開くと目に飛び込んでくるのは、

「ここは毎日新しい何かが生まれる場所。それを育てていける場所」

という、大きな文字で書かれたキャッチコピーだ。

 

続いて、

「ここでは、食にまつわる新しいビジネスやプロダクトの開発を考えているイノベーターを応援しながら、食の課題に取り組みます。
プロ仕様のキッチンを備えていますので、場所に囚われない新しい働き方を考えているシェフの方や、飲食での起業を考えているスキルのある方が、ポップアップカフェやバルを出店できます。

また、サスティナブルな社会の実現に向けて、環境に配慮している生産者や事業主の方が、新商品の試食やメニュー開発、独立に向けた準備にも活用していただけます。
ご相談に応じて商品開発にクリエイティブチームが関わり、まだ形にできていないアイディアの企画化をサポートし、ビジョンを明確にします。さらに、プロジェクトのPRも共に考え、プレスルームの役割も担います。

私たちのチームは、様々なアイデアを持つ人たちのプラットフォームとなることを目指しています」

 

な、長ぇ…。しかもやたらとカタカナが多く、何を意味しているのか瞬時に分からない。

 

要するに、ちょっとした飲食店をやりたいなと考えている人が、期間限定で間借りをして、お試しで出店できる。

他にも、何かの食材でオリジナルの商品開発を考えている人が、必要であればサポートを受けつつ試作品を作り、その反応を見る場所として利用ができると言いたいのだろうか。

 

ともかく、「これから何らかのフードビジネスにチャレンジしたいとぼんやり考えている人たちが、色んなことを試せる場所」という理解で合っているのかな。

 

そう思って読み進めていると、「スペースの利用法」には、セミナーやワークショップ、結婚式の2次会や周年記念イベント等、とありふれたことが書いてあったので、余計に訳が分からなくなってしまった。

結局のところ、目的もターゲットも絞れておらず、何でもありということなのか。

彼女が繰り返し使う「走りながら考える」の言葉通り、需要がどこにあるのかも、実際に運営していきながら考えようとしているのだろう。

 

そういえば、SNSの投稿には「とにかく動いてみる!失敗しても修正していけばいい」と綴られていた。

なるほど。本人がそれでいいなら構わないと思うが、ただ、スポンサーが居るわけでもないのに、経営が軌道に乗るまで試行錯誤を続けていける資金と時間の余裕はあるのだろうか。

 

HOMEの次にABOUT USのページへ飛ぶと、「私たちのSTORY」と題して、コミュニティスペースを作るに至った理由が語られていた。

 

「いくら良いものを作っても、世の中に知ってもらえないために日の目を見ない。どうやって良さを伝えたらいいのかも分からず、発信力もない。地方には、そんな悩みを持っている方々が多く居らっしゃいます。

確かに情熱は大切ですが、それだけでは伝わりません。先ずはその思いを整理して、伝わる形に落とし込むことが重要です。そして、正しい情報を発信するメディアも必要です。

私たちは、本当に良いものが世界の市場と繋がっていくお手伝いがしたい。そこで、リアルな空間自体がメディア機能を持てないかと考え、このコミュニティスペースを立ち上げました」

 

情熱だけが前のめりになっている本人が、「情熱だけでは伝わりません」と書いているのだから、ギャグにしか思えない。

しかし、彼女はいたって真面目に、「良いものを伝えたい」「伝えることで応援したい」という使命感に燃えているのだろう。

 

「空間自体がメディア機能を持つとは、一体どういうことなのか?」という疑問は、彼女のプロフィールを見ていると何となく理解できた。

 

彼女は自身のことを、「恐れず、常に変化し続ける起業家」だと自負しているらしいが、転職歴がやたらと多いのだ。

ここ数年は連絡をとっていなかったので知らなかったが、彼女は3年前には出版社を立ち上げ、自らが記者と編集長になって雑誌(地域情報誌)の創刊もしていた。だが、休刊までは2年と保たなかったようだ。

 

雑誌の創刊と並行してYouTubeチャンネルを開設し、動画を用いての情報発信にもチャレンジしているが、チャンネル登録者数は20人にも満たず、そちらも休眠状態だ。

 

つまり「空間をメディアに」とは、雑誌やネットでは失敗したことを、手法を変えて再チャレンジしようという訳か。

彼女の頭の中のイメージでは、最先端でおしゃれな空間を作ることで感度の高い人々を集め、そこで行われることが話題となるような場所作りがしたいのだろう。話題の発信源をメディアと言い表すことについては、やはり言葉の定義を間違えていると思うが、意図とするところは理解できる。

 

彼女が一体どんな風に雑誌を作っていたのか調べてみると、彼女の友人らしい人物のコメントを読むことができた。

「◯◯さんは、とても熱意と魂がこもった文章を書かれる方です」

 

「あぁ、なるほど。それでか」と、合点がいった。

熱量を伝えることだけに注力し、主観的で暑苦しい文章を書いていた為、読めたものではなかったのだろう。

それで購読者を掴むことができず、すぐに潰れてしまったのだ。

 

読まれる文章を書くためには、俯瞰の視点と客観性を見失わないことが必要なのだから。

意識的にせよ無意識にせよ、対象となる人物なり事象を観察し、解体し、噛み砕いてしまう酷薄さを備えていなければ、物書きなど務まらないのではないだろうか。

 

彼女は愛される好人物であるが故に、その適性がないのだろう。容姿の良さと気遣いのできる明るい性格で、学生時代から人気者だった。

だからこそ誰も彼女に本当のことを言わないのだ。わざわざ傷つけるようなことを言って、嫌われたりしたくない。

 

どこが欠点なのか誰も指摘してくれないなら自分で気がつくしかないが、思考に毒を持たない者は他人にも己にも疑いを持たないため、褒め言葉だけを額面通りに受け取って、無謀なチャレンジをし続ける。

 

彼女はどんなプロジェクトを立ち上げても、一緒に仕事をしていく仲間や協力者たちが集まってきた。そして仲間内でばかり大いに盛り上がり、一向に客はつかず、赤字が続いて廃業することの繰り返しだ。

恐らく、今度のコミュニティスペースも、今のままでは同じ道を辿るだろう。その証拠に、HP上で表示されるカレンダーはいつまでたっても真っ白のままで、開業して以来ずっと利用者がゼロだということを示している。

 

これ以上失敗を繰り返さないためには、彼女自身が情報の発信者であろうとしないことだ。少なくともHPの文章くらいは、プロのライターを雇った方がいい。

その愛されて敵を作らない天賦の才は、対面での営業や接客で活かせばいいじゃないか。

 

そうは思うが、それをわざわざ言おうとは思わない。私とて彼女に嫌われたくはないのだから。

 

 

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【著者プロフィール】

マダムユキ

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Twitter:@CrimsonSepia

Photo by Tatiana Niño