年度初めになると、毎年5ちゃんねるには「仕事ができない高学歴」というスレッドが立ち、ネットニュースでは「期待外れな東大卒社員」といったタイトルが並ぶ。
偏差値が高いからって、仕事ができるわけじゃない。
そう言う人は多いし、わたしもそう思う。
その一方で、「学歴フィルター」は依然として存在しているし、「学歴不問」を謳っていても、実際は高学歴しか採用しない企業なんてのも問題になった。
「仕事ができない高学歴」が揶揄されるのに、それでも高学歴が積極的に採用される。
「学歴」と「仕事」の関係は、謎だ。
今回はその謎を、わたしなりに解き明かしたいと思う。
学校は「インプット」、社会に出ると「アウトプット」重視
そもそも「高学歴」とは、偏差値が高い人、いわば「学校で求められる勉強ができる人」のことを指す。
じゃあ、「学校で求められる勉強」ってなんだろう?
それは、知識や経験を蓄える「インプット能力」だ。
学校でいわれる「頭のいい子」は、公式を教えたらすぐ応用問題が解けたり、よくものを知っていたりと、情報の吸収力が高い。
教科書の内容や先生が言ったことを自分のなかにで整理し、咀嚼、消化してどんどんインプットするのだ。
ちなみに『賢さをつくる 頭はよくなる。よくなりたければ。』という本では、「インプット力とは『抽象化能力』」と書かれている。
知識や経験を集めてそれらを整理して体系化、つまり抽象化することを意味するそうだ。
受験で例えれば、過去問をたくさん解いて、そこから出題傾向をつかむのがインプットに当たる。
A大学は、古典で毎回和歌を出す。単語の意味や助詞などの知識を問う問題に見えるが、実は登場人物の相関関係の理解を確認する意図がある。じゃあ、人間関係を重視して読解練習をしていこう。こんな感じ。
「個別の設問」という具体的な情報を集めて、そこから「この大学は学生にどんな能力を求めているのか」という抽象的な情報にまとめていく。これが、インプットだ。
では反対にアウトプットはどうかというと、抽象化に対し「具体化」の能力を指す。
自分のなかにある知識や経験から必要なものを取り出し、応用することをいう。
受験でいえば、「尊王攘夷を説明せよ」という論述問題で、「水戸学」「鎖国」「ペリー来航」「安政五か国条約」といった知識を総動員してひとつの答えにまとめる。これが、具体化であるアウトプットだ。
日本の学校のテストや受験は、いかに知識を吸収したかを問う問題が多く、インプットを重視している。
インプット重視の教育でいい成績を修めた高学歴は、インプット能力を発揮できる作業、つまり抽象化が必要な仕事において、活躍できる可能性が高いのだ。
インプット能力が高い高学歴をプレイヤーにするから「使えない」
では、抽象化するインプット能力を発揮できる仕事とは、どのようなものだろう。
『賢さをつくる』という本のなかの、「プレイヤーは具体的、リーダーは抽象的な仕事をする」という表現がおもしろかったので、紹介したい。
「プレイヤー」は、実際に「作業」をすることで価値を作り出す人だ。責任を持つ範囲は比較的狭く、何か一部分に特化することが多い。営業の仕事であれば「担当はこの何社」とか、工場の仕事であれば「この製造ラインのこの部分」という具合だ。(……)
「マネージャー」の領域になると、仕事は抽象的なことが増えてくる。売上と経費をコントロールして収支を管理するとか、ビジネスモデルを組み立てるとか、あるいは、多数の部下をまとめるための組織づくりや制度作りをする、といったことで、管理職は価値を生み出す。(……)
「リーダー」の領域では、価値を生む仕事はさらに抽象的になる。会社であれば、会社の向かう方向性を決める経営理念を考え、組織を支える文化や哲学を生み出すのがリーダーの仕事だ。
つまり、プレイヤー→マネージャー→リーダーの順で、仕事内容は抽象的になっていく。
現場のプレイヤーたちは、「この作業を1時間でこなそう」とか「3社と契約することを目標にしよう」とか「明日のプレゼンはこの商品を売り込もう」とか、短期的で実践的な仕事をする。
それは、自分の知識や経験を目の前の出来事に合わせて具体化する、「アウトプット」と相性がいい。
一方で、リーダーは「売り上げを伸ばそう」「顧客満足度を上げよう」「若者に響くブランディングをしよう」というように、長期的で理念的な仕事を担う。
それらは、多くの情報を総合して体系化、抽象化する「インプット」と相性がいい。
つまり抽象化能力が高い高学歴は、インプット重視のリーダーの仕事に対する適性が高いわけだ。
でも、新人がいきなりリーダーになれるわけではない。最初に任されるのは、みんな、アウトプット重視の現場プレイヤーの仕事。
「この作業を10分以内にできて一人前」だとか、「とにかく電話をかけまくってお客さんを増やせ」だとか。
そうすると、高学歴は得意な「抽象化能力」が発揮できない。
リーダー仕事の適性がある高学歴なのに、現場プレイヤーとして活躍できなければ、「使えない」と言われてしまう。
これが、「仕事ができない高学歴」が生まれる背景なんじゃないかと思う。
階段型キャリアで高学歴を求める必要性
となると、「仕事ができない高学歴」対策はかんたんだ。
彼らは長期的で理念的、抽象化が必要な仕事が得意なのだから、その能力を発揮できるリーダーポジションに就かせればいい。
そしたら学校でいい成績を修めたように、仕事でも活躍できるかもしれない。
……でも残念ながら、現実ではそうはならない。
日本は年功序列だから、基本的にみんな同じスタートラインからキャリアを歩みはじめる。
高卒・大卒のちがいはあるが、大学でなにを学んだか、どんな成績だったかはほとんど無視され、一律「初任給」からスタート。
リーダー適性が高い人でも、「新人はまず契約100件取って一人前」だと言われ、プレイヤーとして優秀な能力を求められる。
そしてそこで「無能」のレッテルを貼られたら、もう上には上がれない。「使えない高学歴」として、端っこに追いやられてしまう。
リーダー適性が高いから「学歴」を買うのに、リーダーにせず「プレイヤーとして活躍できないから無能」といわれるなんて、おかしな話だよね。
もちろん、「まずは現場を理解するべき」というのはわかる。
でもリーダー適性を期待してわざわざ高学歴を採ったのなら、プレイヤーとして一流になることを求めなくてもいいはずだよね。
ほら、スポーツでも、元トッププレイヤーじゃないと監督になれないわけじゃないし。
プレイヤーから叩き上げる階段型キャリアなのであれば、そもそも最初から、高学歴じゃなくて専門学校生とかを採用して育てればいいしのに……。なんだか、変だよね。
海外ではなぜ30代のリーダーが生まれるのか
ちなみに多くの国には、「エレベーター型キャリア」がある。
現場でひととおり基礎を学んだら、高学歴組はエレベーターでさくっと上層階に上がれるのだ。
30代で取締役や国会議員とか、海外ではよく見るでしょ? その人たちは、高学歴キャリアエレベーターを使って、そのポジションに就いたというわけ。
ジョブ型が一般的な国では、日本のように横並びスタートではないので、企業が高学歴を「買う」にはカネがかかる。好待遇で迎えないと、優秀な人が来ないから。
高いカネを出すのだから、さっさと上にいって、むずかしい仕事をこなしてガンガン結果を出してくれ、と思うのは当然だ。
高学歴組は相応の優遇を受けるが、そのぶん期待に応えられるかどうかがつねに問われる。
「海外のエリートは日本人より激務」なんて言われる所以だ。
まぁ「高学歴」とはいっても、日本のような偏差値ではなく、マスター(修士)以上や仕事に直結する分野を専攻して優秀な成績を修めたとか、そういう意味だけどね。
でも、高学歴を優遇するからといって、現場を軽視するわけではない。
たとえばわたしが住んでいるドイツでは、10代で「大学に進学して学問するか、職業訓練して手に職をつけるか」を選ぶ。
職業訓練のほうに進んだら、現場プレイヤーとして活躍できるよう、勉強しながら実務経験を積む。
高学歴組よりは給料が低いことが多いが、だからといって社会的地位がめちゃくちゃ低い、なんてことはない。
プレイヤーの仕事はプレイヤーに、リーダーの仕事はリーダーに。
2本の道はきっちり分かれているから、「学歴差別」「ずるい」という感情はあんまりない。
どちらも職場には必要だから、役割分担している、というだけ。
プレイヤーがリーダーになりたければ、資格やら学位やらを取ってキャリアエレベーターに乗る切符を手に入れなければならない。
もともとその切符をもっている高学歴組が先にエレベーターに乗るのは、多くの国では、当然の権利として認められるのだ。
「仕事ができない高学歴」は日本ならではかも?
「日本の働き方はほかの国とはちがうメンバーシップ型」とよく言われるけど、改めて考えてみると、「使えない高学歴」も、もしかしたら日本独特なのかもしれない。
まぁ「仕事ができない人間」っていうのは、世界各国どこにでもいるけどね。
でも日本の「高学歴」(偏差値が高い大学出身者)を取り巻く環境は、ほかの国の「高学歴」(専門分野をもち優秀な成績を修めた人)の環境とは、ちょっとちがう気がする。
日本は横並びスタートなので、高学歴だからって待遇が良くなるわけでも、そのぶんむずかしい仕事がまわってくるわけでもない(エンジニアや研究職などは別として)。
そのわりに、「高学歴なんだからある程度できるだろう」なんて期待をされ、リーダー仕事の適性が高いのに、プレイヤーとして活躍できないとがっかりされる。
しかも、期待に応えたらすぐに出世できるかというと、そういうわけでもない。
高学歴を積極的に採用するのなら、もっとわかりやすいキャリアエレベーターをつくってあげればいいのになぁ……と思いつつも、日本じゃ「高学歴=その分野の専門知識がある人」ではないから、エレベーターに乗せても意味ないかもなぁ、と思ったりもする。
「使えない高学歴」は、プレイヤーから叩き上げる階段型キャリアの日本で、実践ではなく理論を学んだ高学歴に高い期待を寄せる矛盾を、ズバリ表している言葉なのかもしれない。
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(2024/12/6更新)
【著者プロフィール】
名前:雨宮紫苑
91年生まれ、ドイツ在住のフリーライター。小説執筆&
ハロプロとアニメが好きだけど、
著書:『日本人とドイツ人 比べてみたらどっちもどっち』(新潮新書)
ブログ:『雨宮の迷走ニュース』
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