暑い。
どこに行っても、とにかく暑い。
わたしが住んでいるドイツは北海道の北端よりも緯度が高いので、「真夏」といえるのは2週間くらいだ。
日中は暑くとも、朝・晩はわりと過ごしやすい。
……の、はずなのにな!? なんかめっちゃ暑いぞ!!
そもそもドイツには、ほとんどエアコンがない。大学にもなかったし、夫のオフィスにもないし、もちろん各家庭にもない。
エアコンがないバスや電車に乗ると気分は最悪、座っているだけでダラダラと汗をかき、目的地に着くころにはもうクタクタだ。
ドイツという国は、エアコンが必要になるほど暑くなることが想定されていない。
それなのに毎日暑いのだから、やってられない。
日本の猛暑のニュースもよく耳にするから、この暑さにまいっている人はたくさんいるだろう。暑いもんね、うん。
殺意が高い暑さを前に、改めて思う。
わたしたちはいま、「本当に大切なことはなにか」を問われているのだと。
タライを抱えて出勤した夫、理由は「暑いから」
一昨年、猛烈な熱波がヨーロッパを襲い、連日35℃超えの日が続いた。
夜になっても家の中の空気が冷えず、暑くて寝られない。よく眠れないせいで、食欲喪失。どんどん体調がおかしくなっていく。
オフィスの夫から、1時間おきに生存確認LINEが届くくらいの酷暑だった。
そんななか、我が家で購入したのは「タライ」。
ちょっとおしゃれに言えば、「足湯」。
要は、タライに冷水を入れ、そこに足を突っ込んで涼をとろうという、かんたんお手軽対暑作戦だ。
これがだいぶ効果的で、12時から17時ごろは、定期的に水を変えながらタライの冷水足湯を愛用。
足を冷やすだけで、体感温度はかなり変わる。
そんななか、ある日、出勤前の夫が予備のタライを抱えていた。
わたしの母親からプレゼントされたユニクロのリラコ(ステテコみたいなもの)にサンダル、片手にタライ。
浮き輪抱えてプールに行く大学生みたいなたたずまいだ。
「それ会社に持っていくの?」
「うん、暑いから」
「いやいや、さすがにオフィスでタライはまずいでしょ」
「なんで? 室温30℃超えてるんだから、少しでも集中するためにはいい工夫だと思うけど」
「いやぁ……とはいっても……」
「楽しみだなー! 昨日は暑くて全然仕事にならなかったけど、今日はパフォーマンスがよくなるかもしれない!」
わたしはやや心配しつつ、ルンルン気分の夫を見送った。
さてさて、18時半。
夫は手ぶらで、上機嫌で帰ってきた。
「足湯すげぇ! 今日はいい仕事ができた! 明日からもずっと使う!」
「まぁ、うん、仕事できてよかったね。ほかの人はどんなリアクションだった?」
「みんなこっち見てたよ! きっとうらやましいんだな!」
「いや、そうじゃないと思う」
夫の主張は単純明快で、「暑くて仕事にならないから、少しでも仕事に集中できるようにタライをもっていった。なにが悪いの?」。それだけ。
「ふつう、怒られそうなものだけどね。オフィスでタライとか……」
「いやいや、社員が自腹で買ったタライでパフォーマンスが上がるならコスパ最高でしょ。どうせ部屋にはチームメイトだけだし」
「そういうものかなぁ」
「俺は別に、サウナしにオフィスに行ってるわけじゃないもん。なにをそんなに気にしてるの?」
なるほど、たしかにそうかもしれない。
大学の授業は廊下の地べた!?ドイツで経験した「避暑」
「なんでそこにこだわるの? 本当に大事なのはここでしょ?」というのは、実は以前、ドイツの大学に留学中の夏にも聞かれたことがある。
その日のゼミの教室は屋根裏階で、部屋に入った瞬間、ムワッとした熱気に顔をしかめるほどの暑さだった。
ノートで顔を仰いでいる人もいれば、上裸の男の人もいる。
Tシャツ姿で入室してきた教授が開口一番に言ったのが、「ここで授業は無理」。
すると、みんなおもむろにノートや筆記用具を鞄にしまいはじめる。訳が分からないまま、わたしも移動準備をした。
みんなで部屋を出て、校舎を大移動。
教授は、地下に降りて、突き当りがある廊下で止まった。
「ここの壁ならプロジェクターも使えるだろう。近くの教室からテーブルを2つ持ってきてくれ」
えっ、廊下で授業するの!?
たしかに床は石だから冷たいし、地下で空気もひんやりしていてだいぶ過ごしやすいけど、それでも廊下だよ!?
困惑するわたしとはちがい、友人たちは「よかったー」「うん、あの部屋は無理だったね」と言いながら廊下に座り、膝の上にノートを乗せて、授業を受ける準備をする。
廊下に……座るの……? まじで……?
みんな廊下に座り、壁にパワポを映して、いつもどおり授業がはじまり、いつもどおり授業が終わった。
友だちの反応は、こんな感じだ。
「いやぁ暑くて死にそうだったから助かったよ」
「うん、わたしさっきの授業は中庭の木の下だったけど、やっぱり地下のほうが涼しいわ」
「俺もさっき外で授業やった。パワポが使えないから発表のときちょっと困ったよ」
「たしかにw でも屋根裏部屋じゃ、授業どころじゃないもんね」
「そうそう、無事発表できてよかった」
みんなの考え方はシンプルで、「暑くて勉強に集中できないから、勉強しやすい環境で授業を受けたほうがいい」。それだけだった。
マナーや常識は「猛暑」を前提としていない
日本のオフィスにサンダルで出勤し、タライの水に足をつけて働いたら、高確率で変な目で見られるだろう。
だって、オフィスではきっちりした格好でいるべきだから(まぁ、ドイツならどこでもOKというわけではないだろうけど)。
大学で青空教室を強制したら、ツイッターで拡散され、「〇〇大学は生徒に地べたで授業を受けさせる」なんて批判されそうだ。
だって、授業はちゃんとイスに座って机の上でノートをとるべきだから。
でもよく考えてみれば、オフィスに行くのは「仕事をするため」であって、「きちんとした格好でいるため」ではない。
大学は「勉強するため」の場所であって、「イスに座って机につくため」の場所ではない。
本来の目的を考えれば、タライをもって出勤するのも、廊下で授業を受けるのも、たしかにひとつの正解なのだ。
とはいえ、「さすがにマナー違反では」「非常識かも」「ありえない」と思ってしまう部分はある。
でも、そもそもマナーや常識は、「連日40℃の暑さ」「室内気温35℃」を前提に成り立っているわけではない。
暑さで人が死ぬことを考慮すれば、マナーや常識だって変わるべきなのだ。
たとえば、いままで日傘は女性が使うイメージだったけど、最近は熱中症予防のため男性も使うようになっているって聞くしね。
暑さが問いかける「本当に大切なもの」と「本来の目的」
わたしたちがいま問われているのは、「本当に大切なことはなにか」だ。
仕事でいいパフォーマンスをすることが大事なのか、スーツを着ていることが大事なのか。
集中して授業を受けることが大事なのか、イスに座って机につくことが大事なのか。
生徒たちの『かくれ脱水』を防ぐため、自分の授業では水分補給を自由にしていたら『先生のクラスだけズルイと言われるから止めて』と年配教員から注意されました。なぜ水分補給がNGなのか尋ねたら『授業してる俺らが水分補給してない』『昔から水分補給はダメ』とのことでしたが…全然納得できません。
— Childish Teacher (@TeacherChildish) 2022年6月27日
このツイートは先日バズって14万以上のいいねを獲得しているが、ここで問われているのは、「生徒の脱水症状を予防する」のと「授業中に水を飲まないマナー」のどちらが大事か、どちらを優先するか、ということだ。
猛暑を生き抜くためには、取捨選択をしなきゃいけない。
「平時」の常識に固執していては、生き残れないから。
もちろん、暑さを理由になにをしてもいい、というわけではない。
猛暑日はTシャツとリラコで出勤している夫でも、外向けの仕事のときはある程度きちんとした格好で行くしね。
あくまで、「猛暑を考慮してない常識」に縛られて、「本来の目的」を見失っては意味がない、健康を損なえばそれこそ大問題、というだけ。
この暑さのなかでも本来の目的を達成するためには、体裁・世間体・マナーを多少逸脱することが必要になるときもある。
室温35℃を前提としていない常識や慣習を、否定すべき状況もあるだろう。
暑さは、我慢するとかしないとか、そういうものではない。
生きるか、死ぬかだ。
だからわたしたちは、選ばなくてはいけない。
「本当に大切なことはなにか」を。
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【著者プロフィール】
名前:雨宮紫苑
91年生まれ、ドイツ在住のフリーライター。小説執筆&
ハロプロとアニメが好きだけど、
著書:『日本人とドイツ人 比べてみたらどっちもどっち』(新潮新書)
ブログ:『雨宮の迷走ニュース』
Twitter:amamiya9901
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