ドイツに移住してからもうだいぶ経つが、実際に暮らしてみて、イメージとはちがうことが多々あった。
ドイツ人だって「かわいいね」とお世辞をいうし、地域によってはビールよりワインが好まれるし、みんなそこまで時間に正確なわけでもない。
そんななかで一番驚いたのが、ドイツ人がバリバリ残業して、そこそこ頻繁に職場の飲み会に顔を出していることだ。
え、ドイツ人って定時に帰るんじゃないの?
職場の人間関係はドライで、プライベートは別なんじゃないの?
最初はびっくりしたが、だんだんと、「実力主義になればなるほど飲み会が大事になる」という、イメージとは真逆の現実が見えてきた。
イメージとちがう!定時に帰るドライなドイツ人はどこ?
少し前、こんなツイートがバズっていた。
アメリカの会社で生き残る方法としては朝ちょっと早めに行ったり、定時の後他のチームメイトに手伝えることありませんかと声掛けして確認し無償残業したり、上司との飲み会BBQに参加したり週末は部内や部外の人、顧客とゴルフに行ったりするのが大事です。
— インベスター@米株民 (@investor4545) 2022年12月19日
職場の人間関係を大切にしているドイツ人をたくさん見てきたから、「アメリカでもそうなんだろうなぁ」と納得。
ドイツ人の夫を例に挙げると、有給休暇中でも職場のクリスマスパーティーには顔を出したし、上司の誕生日にはパートナーのわたしを伴って上司の家の誕生日会に行ったし、インターン生がやらかして困っていたときは土日に電話で指示して解決してあげたし、同僚のチェコ人が作成した文書のドイツ語を残業してチェックしていた。
定時に帰るイメージのドイツでも、こういう「付き合い」や「助け合い」は、珍しいことではない。
その一方で、「それは自分の仕事ではないので」とノーを突きつけたり、職場の人とは必要以上に関わらない人がいたりするのも事実だ。
日本人がイメージする「定時に帰るドライな外国人」像はきっと、こっちだろう。
さて、付き合いを大事にするドイツ人と自分の仕事だけしかしないドイツ人は、いったいなにがちがうのだろうか。
※便宜上「ドイツ人」と表現しているが、意味合い的には「ドイツで暮らし、ドイツ人とともに仕事している人」くらいのおおざっぱなもので、ドイツ国籍ではない人やドイツ語が母語ではない人も含まれる。
成果を求められなければ、職場の人間関係なんてどうでもいい
付き合いを大事にするドイツ人と自分の仕事だけしかしないドイツ人。
このちがいは、「実力主義かどうか」にある。
「なるほど、実力主義の人は個人プレーだから、飲み会なんか行かずに自分の仕事を淡々とやっているんだな」と思ったそこのあなた。
実は、逆です。
実力主義に身を置く人のほうが人間関係を大事にし、成果を求められない仕事をしている人のほうがビジネスライクなのだ。
成果を求められない仕事の例として、レストランのアルバイトをしていたときの出会った、清掃員たちのようすを紹介したい。
彼、彼女たちは、出勤してみんなにあいさつはするが、雑談することはほとんどない。わたしたちがいくら忙しくても、「これしときましたよ」と気を利かせてくれることはないし、持ち帰り自由の余ったパンをみんなと食べることもない。
出勤して、自分の仕事をして、終わればそそくさと帰る。それだけ。
なぜなら、+αの仕事をしても、まわりと仲良くなっても、給料が上がらないから。
清掃といっても幅が広いが、少なくともそのレストランの清掃に関しては、だれがやっても変わらない内容の仕事だった。
ドイツは資格社会で、管理職になりたければ別の職業訓練が必要になるから、期待以上の働きをしてもキャリアアップにはつながらない。長く続けても、仕事内容が変わることも、それにともない給料が上がることもない。
そうなれば、職場の人間関係なんてどうでもいいよね。
だって、自分の作業だけしていればいいんだから。
これは単純作業だけにかぎらず、オフィスワーカーでも同じだ。
生活できればそれでいい、昇進に興味がない、嫌になったらすぐ辞めてやる。
そういう気持ちの人は、残業してまで仕事をしないし、人間関係が悪くなろうと気にせず飲み会をパスする。「自分の担当ぶんだけしていればそれでいいんだろう」と。
でも実力主義の世界でキャリアアップを目指すなら、そうはいかない。
仲間として認められるためには努力が必要
大前提として、ドイツでは「仲間意識をつくるのは手動」だ。
日本人であれば、同じ企業に勤めているとか、同じ大学出身だとか、同郷だとか、共通点があればなんとなく仲間意識が芽生える。
たとえその人のことをあまり知らなくても、「同期のよしみ」と親切にしてあげることもあるだろう。
でもドイツには、そういった考えはまずない。
以前、ドイツの大学でグループワークの課題があったとき、ドイツ人たちの会話についていけずダンマリしていたところ、翌日の勉強会には呼ばれず、さらに担当を勝手に決められたことがあった。
抗議したら、「わたしたちは授業のあとみんなでランチに行って、そのあといろいろ決めたけど、あなたいなかったでしょ。授業中も発言してないし」と一蹴された。
えぇ? でも同じチームなんだからさぁ……。
そうは思いつつ、緊張していて発言できなかったけどやる気はあること、ドイツ語力の問題で話についていけなかったこと、外国人学生用の授業があったからランチは一緒にできなかったけど仲良くしたいことを伝えた。
すると、「なんだそうなの。オッケー、じゃあ一緒にやろう」とあっさり解決。
そう、嫌われてたんじゃなくて、単純に「仲間」だと思われていなかったから、誘われなかっただけなのだ。
相手はわたしを仲間外れにした意識なんてないから、一切悪びれもしない。
とまぁこんな感じで、所属で仲間意識が生まれるのではなく、ともに時間を過ごし、会話することで仲間になっていくのだ。
それは仕事でも同じで、同じ職場というだけでみんなが助けてくれるわけではない。
出勤したら笑顔で雑談し、困ったことがないかたずね、ときには酒を飲みに行き、「チームの一員」になる努力をする。
その努力なしでも仕事はできるが、おいしい仕事から外されたり、面倒な作業をぶん投げられたり、最新のプロジェクトの話を教えてもらえなかったりする。
でもそれは悪意による嫌がらせではなく、仲間ではないから優しくされないだけ。
そういう環境でも困らないのは、自分の作業だけやってりゃいいと割り切った人のみ。
チームメンバーとして受け入れられるためにいい関係性の構築は不可欠で、ある程度大きな仕事をしたいなら、チームの一員として馴染むことは必須である。
実力社会はコネ必須、社交的であることが求められる
また、実力主義の世界では、要求ステータスがきっちりと設定されている。
「この仕事ができる人を募集。大学で〇〇を選考し、成績が2.0以上の人。経験3年以上。修士や上級職業訓練修了者優遇。××が専門だとなおよし」のように。
つまり「だれに仕事を任せようか」と迷ったとき、候補に上がるメンバーは全員、必要ステータスは満たしているのだ。
そのうえで選ばれるにはどうすればいいか。
それが、コネである。
そもそもジョブ型のドイツには、「企業内で人材を育てる」という発想がない。
だから、必要ステータスを設定し、すでにスキルを持った人を探すことになる。
そうなると、「ちょうどいい人知ってますよ」とか「そういえばその資格をもった友だちが転職したがってました」というような紹介も、しぜんと増えていく。
つまり「いい話」にありつくには、人脈を使うのが一番なのだ。
だからみんな、いろんな飲み会やパーティーに顔を出し、「こういう仕事をしてるんです」「いまこういう勉強をしていて」「へぇ、その仕事おもしろそうですね」なんて感じで、いたるところに細い縁をつないでおく。
もしかしたらそのツテが将来、役に立つかもしれないからね。
実際そんな打算的な人ばかりではないけど、「まっとうな大人」であれば、社交的でだれとでも仲良く会話するのは、もはやマナーや常識の範疇。
社交性がない、付き合いの悪い人に対する風当たりは、実は日本よりかなり強いのだ。
人間関係のしがらみは抑止力であり、保険でもある
そしてこれはかなり主観的な考えなのだが、そうやって社交性を重視することが、実力主義のビジネス環境における「抑止力」であり、「保険」でもあるんじゃないかと思う。
実力主義の世界には、足の引っ張り合いがつきものだ。
でも足の引っ張り合いは双方消耗する泥仕合になるだけで、お互いにとって損。
だから仲良くなってしがらみをつくることで、「お互い助けあっていこう」という雰囲気にしているんじゃないかと思う。
また、実力主義社会では仕事の担当がきっちり決まっているため、できなかったときの責任はすべて、その担当者がとらなくてはいけない。
とはいえ当然ながら、うまいかないこと、時間が足りないこと、知識や経験不足で対処できないこともある。
そんなときは、他人に助けを求めるしかない。
しかし前述したように、同じ職場だから、同期だからといって助けてくれるわけではない。
だから助けてもらうためには、日ごろからいい関係性を築いておく必要がある。
他人が困っていたら、助けてあげる。
自分が困ったら、助けてもらう。
それが成り立つように、保険として、味方を増やしておくのだ。
ちなみに「自分の作業だけしてればいい派」の仕事は基本的に大きな責任を伴わないため、助け合いネットワークの外にいても支障ないのである。
実力主義でキャリアアップしたいなら、飲み会参加は必須だと思うべし
というわけで、これらの現実を踏まえ、冒頭の「実力主義における飲み会はめちゃくちゃ大事」という結論になったわけだ。
ちなみに飲み会は、パーティーやらコンサート鑑賞のイベントなども含まれる。
改めて考えると、当然だ。
どの国であっても、仕事は結局、人と人がするもの。そりゃ、いい関係性があったほうがいい。
「自分はドイツで働いていたけど飲み会なんか行かなかった! それでも問題ない!」っていう人が現れそうだけど、それって仲間と認識されずに誘われなかっただけ、もしくは人間関係なしでもやっていける程度の仕事をしていたってだけじゃないかな……と思ってしまう。
事実、自分だけで完結する程度の作業、だれがやっても同じような内容の仕事では、「仲間」がいなくても問題ないからね。
でも実力主義のなかで活躍したい人はみんな、ある程度飲み会を大切にしているんじゃないかな。
日本だろうがドイツだろうがアメリカだろうが、人間が集まってだれかのために仕事をするのであれば、協調性は不可欠だから(意外かもしれないが、ドイツの求人でも応募要件に「協調性のある人」と書いていることは多い)。
いや本当、同僚が助けてくれるだろうとか、先輩がなんとかしてくれるだろうとか、そういうの全然ないからね。
自分からちゃんと人間関係をつくらないと、みんなめっちゃ冷たいから。ビビるよ、本当。
意地悪されるんじゃなくて、「自分には関係のない人」扱いされるのよ。
所属するだけでとりあえずは仲間扱いしてもらえて、なんやかんや先輩が面倒見てくれて、飲み会を断っても「そういう人もいるよね」と理解してもらえた日本は優しい環境だったんだな……と、しみじみ思う。
日本でも最近「実力主義」という言葉が好んで使われているけど、そうなったらみんな、面倒な付き合いにも参加することになるからね!
しかもただ参加するだけじゃなくて、社交的にいろんな人と仲良くしないといけないし!
なんならパーティーはパートナー同伴で、パートナーの同僚たちと仲良くできないとパートナー本人の評価が下がるからめっちゃ気を遣うぞ!
付き合いをおざなりにすると「それはお前の仕事だろ」ってだれも助けてくれなくなるし、キャリアアップにつながるいい紹介話なんかももらえないからね!
というわけで、「実力主義なら面倒な人間関係は必要ない」というのはむしろ逆で、「実力主義でこそ人間関係構築力が求められる」という話でした。
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【著者プロフィール】
名前:雨宮紫苑
91年生まれ、ドイツ在住のフリーライター。小説執筆&
ハロプロとアニメが好きだけど、
著書:『日本人とドイツ人 比べてみたらどっちもどっち』(新潮新書)
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Photo by :UnsplashのMimi Thian