日課のYouTubeサーフィンをしていたところ、おもしろそうな動画が目に入った。
『【パリコレ前日密着】パリでのモデルオーディションで最悪の事態にブチギレ』という動画だ。
チャンネル主である勝友美さんは「日本初の女性テーラー」であり、1着20万円以上の高級スーツを1年間で500着以上売り、立ち上げたオーダースーツブランドでミラノコレクションに出展した、敏腕経営者らしい。すごい。
動画内では、パリコレ前日に様々なトラブルに直面し、それでもめげずに奮闘する勝さんが描かれている。
この動画だが、おもしろいことにコメント欄の意見が真っ二つに分かれているのだ。
一方は、「トラブル続きでも最善を尽くす勝さんはすごい」という、賞賛のコメント。
もう一方は、「海外じゃこんなトラブルよく起こる、準備不足」という批判的、もしくはアドバイスのコメント。
さて、なぜ意見が二分しているのか。
それは、「海外における約束がいかにアテにならないか」を知っているかどうかのちがいだと思う。
もっと率直にいうと、「海外で日本のやり方を押し通そうとするとどうなるか」を理解しているかどうかだ。
予定通りにいかず「マジふざけてる」と怒り心頭
動画の流れを説明すると、
・エージェントがパリコレの日程を間違えて伝え、現地で2日かけてやる予定だった準備を1日でやることに
・コレクション前日、怒涛のスケジュールで現場はパニック状態
・エージェントが「メンズのシューズがなくなったので、当日はモデルに私物を持ってきてもらうようにした」と伝える
・勝さんは「靴を依頼していたのになんで他のブランドに取られるのか」「依頼してたんだから持ってこられるはず」と言うも、どうにもならず
・その後、採用していた現地モデルのほとんどが前日の準備に来られないことが判明
そこで勝さんとエージェントは、こんなやり取りをしている。
「この6番(のモデル)は来るんですか?」
「それは当日の話ですか? 今日ですか?」
「それで当日にもし会われへんかったら ホンマどうしてくれるんですか」
「当日は来る予定なんですね」
「100%来ます?」
「えーっと……」
「今日来るって言われてたのに、こちらに来んかったらヤバいじゃないですか」
勝さんは「服のサイズを直したいし、今日来ない人は明日の本番も来ない可能性があるから、キャスティングしたモデルは今日全員来てほしい」のに対し、エージェントは「当日は来る予定だけど今日は来ない」と答えるので、話は平行線。
そこで勝さんはエージェントに
「今どんだけ(モデルが)来てないか分かります?」
「今日中に出来るだけ全員来てって言ってください」
と言ったうえで、「マジふざけてるよな」とこぼす。
……さて、これだけ見ると、「モデルを手配できないなんて無能なエージェントだ」と思うだろう。
実際、そういうコメントも多かった(そのため、次の回からはエージェントにモザイクがかかっている)。
が、必ずしもエージェントが悪いとは言い切れない。
なぜなら、海外の約束なんて、まったくアテにならないからだ。
約束は「現時点でOK」という意味でしかない
苦境に立ち向かう勝さんをほめたたえるコメントがある一方で、動画には
・海外ではこんなトラブル日常茶飯事
・モデルはさまざまなオーディションを受けているので、ハイブランドを優先するのは当たり前。エージェントに言ってもどうしようもない
・英語を話せる人がいたら交渉が有利にできたのでは、エージェント任せなのが問題
といったコメントもあった。
実はわたしも同じ印象で、「すべて予定どおりコトが進むのを前提とし、正しい要求なら押し通せる」という考えは、とても日本的だなーと思った。
わたしはフランスのとなりのドイツに住んでいるが、ドイツにおける約束とは、「現時点ではそれでいいよ」くらいのものでしかない。
状況が変われば、「ああ、それは無理になったんだ」と、さらっとないことにされる。
たとえばビザの申請で、事前に問い合わせて必要書類をすべて用意したのに、「この書類が足りないから受理できない」と言われたことがある。
「事前に『これでいい』って言ったじゃないですか!」と食い下がっても、「でもこの書類も必要だからビザは渡せない」と肩をすくめられるだけ。
せめて一言謝るべきじゃないの?と思うのだが、向こうは「なんで謝らなきゃいけないの? 書類が足りないんだからしょうがないでしょ」と本気で思っているから謝らない。
そういう世界である。
モデルをキャスティングしても、それは「現時点ではOK」の意味で、直前で「やっぱりムリ」なんてことはありうるわけで。
そこでエージェントを責めても、「来ないんだからしょうがない」にしかならないし、モデルにつめよっても「事情が変わったんで」と言われるだけだろう。
エージェントが平謝りして電話をかけまくり、青ざめたモデルが大慌てでやってきて……なんてニッポン的展開にはならないのだ。
納得がいかなくても、切り替えて交渉しなければ損するだけ
では約束を反故にされたときどうするか?
そこで行われるのが、「交渉」だ。
怒っても責めてもどうしようもないので、「じゃあどうする?」という話に切り替える。
ビザの例でいえば、「言われた書類を全部ちゃんと持ってきたんだからビザをよこせ!」と言っても、答えは「ノー」で変わらない。
だから割り切って、「とりあえず今日持ってきた書類を確認してください。必要な手続きもいまお願いします。足りない書類は今週中にメールで送るので、来週追加書類の原本を持ってきたときにビザを受け取れるように、事前に準備しておいてもらえませんか」と提案する。
そうすれば、「オッケー、じゃあ手続きしよう。追加書類待ってるよ」と話が丸く収まるのだ。
こちらはもう一度足を運ぶ必要はあるが、ほぼ確実にビザが取得できる。
向こうも、「一応1か月の臨時ビザを出しておくね。ビザの用意ができたら連絡するよ」なんて融通を利かせてくれる。
海外で暮らし、こういうやりとりに慣れてくると、「予定通りにいかないのは日常茶飯事だから、だれかを責めてもしょうがない」という考えになるのだ。
相手の落ち度を責めても交渉は有利にはならない
「約束はあてにならないから必要に応じて交渉する」ことを前提に、勝さんのパリコレ動画の次の回である、『【パリコレ当日裏側に密着】本番3時間前に絶望的問題が発生しブチギレを超え絶句…』を見てみよう。
本番3時間前でモデルのドタキャンが相次ぎ、ただでさえ人数が足りていないのに、さらにモデルが足りなくなる。
男性スタッフはエージェントに、「なんで昨日ブッキングしてんのにそんななってんの。おかしいやん」と詰め寄り、勝さんは「こうなってるのは私達の責任じゃない」と、ショーの時間を遅らせるよう要求する。
当然、エージェントにキレてもモデルが来るわけではないし、ショーを遅らせることなんてできない。
本番まで時間がなくなり、現地スタッフと思われる人が、「ブランドMの出演者なら着替えてあなたのショーに出ることが可能」だと提案。
しかし、「ただし、ノーと言わないで(紹介したモデルを採用してください)。なぜならそれを続けてたら一向に前に進みません」と続ける。
それに対し勝さんは
「私達はすでに(モデルを)選んでるじゃないですか。選んでて『ノー』って言ってるのはそっちじゃないですか」
「(キャスティングしていたモデルは)なんでできないの? 今(会場に)いるんじゃないですか? 誰かに捕まえて来てもらってくださいよ」
と食い下がる。
日本であれば、「約束したモデルを連れてこい」という主張はまっとうで、強く言えば高確率でその要求を受け入れてもらえるだろう。
でも海外では、相手を糾弾してこちらの要求を飲ませようとする日本のやり方は、高確率でうまくいかない。
なぜなら相手は基本的に「しょうがないことだった、自分は悪くない」と思っているから、「悪いと思うならこうしなさい」と言われても受け入れないからだ。
「なんでこっちが折れなきゃならないんだ。開き直りやがって、ちょっとは悪びれたらどうなんだ」という不満は、海外で生活したりビジネスしたりすれば、1回……いや、10回や20回は持つだろう。もしかしたら100回を超えるかもしれない。
でも海外で「納得」を求めること自体が、そもそも無意味なのだ。
説明されたところで、どうせ理解はできないから(むしろ「はぁ?」と余計腹が立つ)。
確実にしたいならカネを積んで契約すべし
ちなみに動画のコメントでは、「海外って約束破られることばっかりなんですか……? どうやってビジネスが成立してるの……?」なんてものも見かけた。
まぁたしかに、そう思うよなぁ。
毎回約束を反故にされたらたまったものじゃないし、毎回交渉も面倒くさい。
でもそれを回避する方法がある。
それが、「契約」だ。
約束は「現時点でOK」くらいの意味だが、契約には責任が生じるので、不履行なら相応の対価を支払わなくてはいけない。
契約したからといってうまくいくとはかぎらないが、少なくとも相手に「契約を果たせ」と迫ることはできる。
だから本気で守らせたければ、「約束」ではなく「契約」する。
しかし日本では、義理を重んじるからか、「約束」と「契約」を混同しがちだ(いい意味で他人を信用しているといえる)。
「あなた採用、明日も来てね」と言えば約束が成立=その人は明日来るだろうし、来るべきだ、と考える。だから、「なぜ来ないんだ」という話になる。
でもこっちでは、「来ない? 契約してカネ払った? 書類は? ないならムリだね、しょうがない。事情が変わったんだろう」で終わり。そして、「じゃあどうする?」という交渉モードに入る。
それが、日本とのちがいだ。
(わかりやすく「契約」と書いたが、メールや手紙で合意を文章として記録しておくだけでも、交渉の結果は大きく変わる)
海外では「約束」は信じず「契約」を重視するほうが確実
そして交渉にも契約にも、ある程度の語学力が必要である。
通訳を雇えば解決はするが、交渉のあいだに人をはさむと時間がかかるし、通訳がどう伝えているか、相手がどんな気持ちなのかを自分で確認できない。
そのうえ、現地の言語なしではまわりの状況を把握できないので、交渉が不利になりがちだ。
だからこそコメント欄で、「英語ができるスタッフがいれば……」と言われたのだろう。
リーダーが必ずしもビジネス英語をマスターしている必要はないが、せめて最終確認やまわりの雰囲気を感じ取れるくらいはできておいたほうがいい。
なんやかんやいって、相手の話を聞き、自分の気持ちを伝えるなら、直接やり取りするのが一番早いから(信頼できるお抱えの通訳がいれば話は別だが)。
というわけで、海外……と主語を大きくしていいのかはわからないが、日本の外でビジネスをするなら、
・口約束は「現時点でOK」くらいの意味でしかない
・約束を反故にされたら、割り切って交渉すべし
・相手を責めてこっちに協力させよう、というのは下策
・自力で状況確認できるよう、現地語(英語)ができる自社スタッフを連れていけ
・確実性を上げたいなら、契約書にサインさせろ
の5つが大事なんじゃないかな、というのが、わたしがドイツで学んだことである。
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【著者プロフィール】
名前:雨宮紫苑
91年生まれ、ドイツ在住のフリーライター。小説執筆&
ハロプロとアニメが好きだけど、
著書:『日本人とドイツ人 比べてみたらどっちもどっち』(新潮新書)
ブログ:『雨宮の迷走ニュース』
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Photo by :Masjid MABA