仕事上のさまざまな場面で突如怒りの感情を向けられた時、それが理不尽であればあるほど、こちらも相応のダメージを負う。

 

理由があって怒られるならまだ分かるし、そこから学びも得られる。

ところが、ロジックが破綻している説教や言いがかりにもほどがあるクレーム、どうやったらこんな些細なことでこんなに怒れるのかと思うほど理解不能な怒りは、教訓も何もあったものではなく、ただただ消化不良に陥るのみだ。

 

ただ、真面目な人ほどその不条理とマトモに向き合い、何がいけなかったのだろうと本気で悩んでしまう。

人によっては病んでしまったりする。

 

そこで本稿では、どれほど意味不明な怒りをぶつけられても、ひとまず心を平穏に保てる考え方を紹介する。

ポイントは幾つかあるが、一言に集約すれば「こんな人間になったらおしまいだ」という視点を持つことだ。

 

沸点がカップ麺のオッサン

筆者にとって最も印象深いお叱りの経験は、学生時代のコンビニバイトでのこと。

ある日、カップ麺を購入したおっさんが備え付けのポットでお湯を入れたところ、まだ沸騰し切っていなかったようで、「ぬるいんじゃボケ! お前んとこは客にぬるいラーメンを食わすんか!?」と、とんでもない血相でまくしたてられた。

 

当時は自分も若かったのでそれなりに恐縮したわけだが、よくよく見ればポットに「加熱中、しばらくお待ちください」と張り紙がしてあって、要はそのおじさんの不注意。

それでも店長を呼べという話になり、バイトを終えてから、というかしばらくの間は記憶から離れなかった。

 

こういう無理筋な怒りを向けられると、つい後で思い返しては「でも相手の方が悪いよね」などと反すうしてしまうものだが、実はこれが自分にとってはマイナス行為。

考えれば考えるほど、こちらが正しい。だとしても、思い出せばおのずと自分もネガティブな感情に縛られてしまう。

 

ゆえに、「こんな人間になったらおしまいだ」の一言で片付けて、引きずらないこと。筆者の経験上、これが心の健康のために最もよい方法である。

感情の器が小さく、加えて人間の器も小さい人間は、世の中他に本気で怒らないといけないことがある中、どうでもいいことで激怒する。

つまり、このおじさんのメンタルにとって、沸点はカップ麺

 

これで怒るのなら、職場や家庭でどれほど声を荒げているのかという話だ。

そんな人生に、幸せってあるのだろうかーーと思いを馳せた時、自分も怒りの感情に囚われるのではなく、むしろ憐れみが湧いてくる。

 

所詮は他人、このおっさんを自分がどうこうする義理はなく、ただ己がそうならないようにすればいいだけのことという気づきに至るのである。

 

この人の怒りの価値は、1000円

お客様からのクレームは宝の山、などと言われることがある。

それは一面においては事実なのだが、第一線でクレーム処理をしたことがある方ならば、一種の理想論、もっと言えば現場を知らない人の言うことだと感じるはずだ。

 

世間には残念ながら、500円、1000円の得を拾うために何時間でもゴネる強者もいれば、まるで当たり屋のように因縁をふっかけてくる輩もいる。

加えて言えば、同じ人間であるにもかかわらずまるで異星人と話しているかのように会話が成立しない相手からのクレームだって珍しくない。

そんな電話に2時間、3時間と付き合っても、何も生まれないし全く建設的ではない。

 

だからといってガチャ切りし、相手がSNSでも使って拡散してくれば、結局上から詰められるのは自分自身だ。

筆者も前職時代、さまざまなお怒り電話を受けたものだが、どんなに話の筋が通っていないクレームでも、長々と聞いているとこちらも怒りの感情に包まれがちだ。

 

そしてついに、これは専業クレーマーに違いないと確信できるお方と電話口で対峙する機会があった。

ことの発端は、読者プレゼントでグラドルの写真が印刷されたQUOカードを発送したところ、応募者がすでに引っ越していて、新たにその住所に住み始めたタチの悪い人が受け取ったこと。

 

相手の言い分を要約すると

「嫁に見られて、こんなものを応募していたのかと詰められた。夫婦関係、めちゃくちゃや。どうしてくれんねん」

といったものなのだが、他人宛ての郵便物を勝手に開ける時点でそっちにも責任があるし、そもそも作り話ではという一言に尽きる。

ただ、話しているうちに今すぐ謝りに来い、誠意を見せろといった口調から、何を言っても無駄だろうなと悟った。

 

当時自分が勤めていた出版社は幸い、と言っていいのか分からないが、オーナー社長の意向でこの手のクレームは相手にするなという方針だった。

ゆえに、速攻切って鳴りっぱなしの電話を放置する手もあったのだが、その日は締め切り前で忙しく、煩わしいことはさっさと処理してしまいたいという気持ちが働いていた。

そこで、こんな風に切り出してみた。

 

「誠に申し訳ございません。お宅にお伺いすることはできかねますが、お詫びとしてもう1枚QUOカードをお送りしますので、何卒ご容赦いただけませんでしょうか」

 

そう言うと、しばしの沈黙。

何か考えてるフリをしているのだろうな、と推測できる静けさ、というか無駄な時間。

そうして結局、500円のQUOカードもう1枚(ただし水着グラドルなどが印刷されていないもの)送ることでケリがついたわけだ。

 

中には「こういう対処をするからこの手の輩が減らないんだ」というお叱りもあろうが、自分はその時、分かってしまった。

「この人の怒りの価値は、1000円」

 

500円のQUOカードでこの世の終わりの如く激怒し、もう1枚の500円のQUOカードで怒りが収まる。

そんな安っぽい人間にだけはなりたくないーーそう思えるようになった時、たいがいの理不尽な怒りは一晩寝れば忘れるものとなる。

 

毎日怒鳴り散らすあなたの方が申し訳ない存在では

さて、問題は職場などで日々顔を突き合わさなければいけない方から向けられる怒りや説教である。

どこの職場にもわけのわからない因縁をつけてくる上司や先輩は少なからずいるものだが、たとえ意味不明な怒りであっても、上司部下の関係ではそれなりにしおらしく聞かねばならないのが辛いところだ。

 

こういったものに相対する際、まずは相手の指摘に正当な理由があったり、非を正したりするものなのかを見極める必要がある。
当たり前だが、叱責される原因が自分にあるなら、それはちゃんと受け止めるべきだろう。

そうではなく、明らかにこじつけや論理破綻が見られたり、人格否定にまで踏み込んできたりする説教の場合、これは災害と思ってやり過ごすより他にない。

 

この手のお怒りをくらった時、大事なのは「響かないこと」。

むろん、表向きは真摯に受け止めているフリをして、小言がしっかり効いている雰囲気を醸し出す。

そうしないと、終わらないから。

 

ただ、そのような姿勢を持ちながら、相手の言うことに心の中で一つ一つ反論していけばよい(言うまでもなく口に出してはいけないが)

「何だその顔は!」と言われれば、いやあなたの顔も相当なものですよと心中で言い返す。

「皆に申し訳ないと思わないのか!」なんていう言葉には、どう考えても毎日怒鳴り散らすあなたの方が申し訳ない存在では、と胸の内で問いかける。

 

そして、これらの思いはその場限りのこととして、家に帰ってから一切考えない。

引きずらないことが何よりも大事なのである。

 

だいたいこの手の怒りとは、冷静に考えれば矛盾のカタマリみたいなケースが多い。

例えば、よくオーナー社長が言う言葉に「一人一人が経営意識を持て」というものがあるが、社員からすれば「いやまずお前が持てよ」と思うのが普通である。

 

自らを省みることを忘れた者ほど、己の説教が論理破綻してることに気づかずクドクドと小言をのたまう。

それらの負の感情にまともに取り合うなんて、愚の骨頂だ。

 

顔を真っ赤にして怒り狂う相手を見つめながら、「なんてみじめであわれな生き物……」(by風の谷のナウシカ)と、しみじみ観察する余裕を持つくらいで丁度いいのである。

ただし、繰り返しになるけれども、理不尽な説教はともかく非が自分にある時まで「こんなことを言う人間になったらおしまいだ」という受け止め方をするのは、やめたほうがいい。

 

自分に向けられた怒りの矛先は、理由のあるものなのか、それとも根拠のないものなのか。

それを見極められるようになれば、正しい批判はあなたにとって成長の糧となると同時に、無意味な小言を華麗にスルーできるようになるはずだ。

 

 

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【登壇者紹介】

安達 裕哉(あだち・ゆうや)
ティネクト株式会社 代表取締役/ワークワンダース株式会社 代表取締役CEO
Deloitteにてコンサルティング業務に従事後、監査法人トーマツの中小企業向けコンサル部門立ち上げに参画。大阪・東京支社長を経て、2013年にティネクト株式会社を設立。
ビジネスメディア「Books&Apps」運営。2023年には生成AIコンサルティングの「ワークワンダース株式会社」も設立。
著書『頭のいい人が話す前に考えていること』(ダイヤモンド社)は累計82万部突破。2023年・2024年と2年連続で“日本一売れたビジネス書”に(トーハン/日販調べ)。
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2025/7/14(月) 16:30-18:00

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(2025/6/2更新)

 

 

【プロフィール】

御堂筋あかり

スポーツ新聞記者、出版社勤務を経て現在は中国にて編集・ライターおよび翻訳業を営む。趣味は中国の戦跡巡り。

Twitter :@kanom1949

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